生命としての原始感覚を取り戻そう
ぶらり本屋を覗いていて、ふと目についた本があった。
「原初生命体としての人間」(野口三千三著、岩波現代文庫・社会80)である。 今、私が特に関心を寄せている原始の生命に関するタイトルだったので、取り出して見た。 著者は野口体操の創始者・野口三千三先生である。野口体操も、野口先生のことも知らなかったわけではないが、特に関心を持って著作に学んだことはなかった。 立ち読みして、とても興味深かったので、買い求めて読んだ。 時間を忘れて、むさぼるように一気に読んだ。 独特の言葉や表現に吸い寄せられるように読みすすむと、自分のからだを原初生命体と感じてしまうほどに、言葉に感覚が込められているようである。しかも身体に対する深い洞察がある。それも半端には理解できない深みである。でも、なぜか感覚的に腑に落ちてしまう。 そもそも「原初生命体」とは「コアセルベート」のことで、未分化な全体、流体的軟体、界面さえも明確でない生き物のことを言う。 先日、マメクジウオが脊椎動物の祖先、つまりヒトの祖先であることがゲノム解読で判明したという記事を読んだ。ヒト遺伝子の9割がナメクジウオにもあったそうだ。ヒトの祖先はホヤからナメクジウオと変わったことになるが、コアセルベートとはそれより前の段階の生命体ということになるだろう。 そんなわけで、ヒトの体は本来柔らかいのだそうだ。 こんな寓話が紹介されている。 台所を這っていたナメクジにギョッとして立ちすくみ、次にはどうしてコイツを処分してしまおうかと考える。すると、ナメクジは次のような言葉を投げかけるのである。 「お前たち人間どもは、俺たちを下等な動物と、さげすみ差別して、理由もなしに殺そうとするが、いったいお前たち人間は、自分の脳の形が、色が、動きが、どんなだか知っているのか。お前の筋肉や内臓の形や色や動きはどうなんだ。俺たちと同じじゃないか。あんまり威張るな、ざまあみろ」 人間は進化した脳である高次の脳を持っていることを誇っているが、その脳ですら、実は末梢からの情報なしには何も生まれない。つまり脳は末梢の奴隷とでもいうべきなのだろう。 情報についての次の記述も興味深い。 私は、情報が物質・エネルギーの属性としてあるのではなく、むしろ、物質もエネルギーも、そのまま情報ではないかと思っている。そして、情報というものが、自分の外側にあって、それが自分に働きかけてくるのではなく、自分がそれを情報と感ずる自分の内側の働きによって、はじめて情報になるのだと実感するのである。 どの頁にも珠玉の意味を感じ取ることが出来る。 他にも、呼吸法や基礎的な運動のあり方など、ヒトとしての感覚の保ち方、動きの実際、身体の観察の仕方などなど、丁寧すぎるくらい解説している。 次の言葉にも、深い意味がある。 意識の存在を忘れよ。そのとき意識は最高の働きをするであろう。 人間はそもそも意識で思うように制御するようには出来ていないのだ。 だからこそ、原初の生き物としての感覚が大事なのだろう。人は進化した高次の脳に振り回されて、本来の自分をも見失っているのではないのだろうか。 原初の生命感覚を取り戻すことが、治療の極意なのかもしれない。 そんなことを感じた本だった。 一般読者のみならず、徒手療法家にもぜひ読んでほしい本である。 そして、いつも側に置きたい本でもある。
by m_chiro
| 2008-06-21 16:00
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