ある高校野球選手のヘルニア、実はMPS
野球留学で他県の高校に行った選手が、昨年8月頃から腰痛に悩まされる。
とうとう一ヶ月前頃から左下肢痛と痺れが出て、MRIでの画像診断を受けた。 結果はL4-5間に巨大なヘルニアが、L5-S1間には中程度のヘルニアがあると指摘された。 現在、高校2年生で主力組みだが、春の遠征から外される。 帰省して治療に専念するように指示され、高校から指定された郷里の整形外科医の元で治療することになった。その整形外科医は手術ではなく保存療法を勧め、投薬、牽引と電気治療を毎日行う計画を立てたようである。 昨日、その彼が親と一緒に当院にやってきた。 右腰部から殿部、左下肢後面の痛みと痺れを訴えている。腰も足も、かばうように動いている。 深部反射は正常で、小殿筋に顕著な圧痛がある。 バビンスキーも膝クローヌスも正常である。 腰部の側滑可動と前屈・後屈運動で、痛みが誘発される。仙骨尖が前方での可動固着があり、腰部の固有筋のトーンが低下している(こうした患者の多くは、坐骨で座るのではなく、仙骨尖を支点にしてもたれて座る体癖傾向があるようだ)。胸腰移行部では、下部肋骨に回旋性の固着がある。 神経学的な徴候が診られないこのような患者を、画像診断だけで下肢痛や痺れの原因とする根拠は、見当たらないのである。どう考えてもMPS(筋・筋膜性疼痛症候群)である。 椎間板ヘルニアと痛みの因果関係が認められないこと、MPSによる痛みと痺れであることを、彼に告げて治療を行った。筋活動における始動の遅延をリセットし、圧痛点をリリースした。 今日、彼は2回目の治療にきた。 痺れもほとんど感じなくなり、歩行や動きも「大分楽になった」と言う。確かに昨日のようなかばった動きがなくなっている。 腰部の側滑可動と前屈の動きで、左腰仙部に多少の痛みが残る。 伸展の動きはスムーズにできるようになった。 深部に残る小殿筋のTPをリリースしながら、腰仙関節と骨盤底を調整する。 このように症状が劇的に変化したことは、ヘルニアによる痛みではなく、MPSである何よりの根拠ともなろう。でも、なぜMPSが発症したのか、それが問題として残る。 筋の微小な損傷であれ、過度の筋負荷であれ、彼は野球選手としての日常的な運動を難なくこなしてきたはずである。 私には、筋活動が初動での立ち上がりに遅延することが、大きな要因になっているように思えてならない。 筋の立ち上がりの遅延は、代償として他の筋群に過剰な負荷をかけることになる。 そんな動きの重積が、脳と身体を結ぶ神経システムに情報の変調をもたらすのではないのだろうか。 痛みの部位にダイレクトに対応しなくても、圧痛点やTPをリリースすることができる。このことはTPが情報系の問題として発生することを、強く示唆するものと思える。 彼には、特に左腸腰筋の不安定感がある。これでは投球フォームで左下肢を踏み出したときに膝が割れる。つまり、からだが開く。ボールのリリース・ポイントがまる見えになる。バッターにとっては打ちやすい投手、ということになる。肩甲骨間の支点もぶれている。したがって、ボールのリリースにも無駄が出る。 彼には、痛み治療を早めに切り上げて、投手としての身体機能をつくる方法に取り組んであげたい。
by m_chiro
| 2008-03-11 23:07
| 症例
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