内臓膜と関連症状❶
膜系の治療を考えるとき、いつもイメージするのはへちま構造である。
人体解剖実習で鮮明に印象に残ったことは、膜系の多様で複雑な連続体だった。 それはまぎれもなく「へちま」のイメージに結びついたのである。 へちまの空間や隙間を人体の膜構造とみると、空いたすきま空間には骨や筋肉、血管や神経、そして内臓などの組織が入るところなのだろう。 解剖学者・三木成夫は、その著「生命形態の自然誌Ⅰ」に収められている「解剖学総論草稿」の中で、脊柱について次のように書いている。 脊椎骨とはすでに述べたように、脊索と周囲の諸器官との間の結合組織に起こったひとつの石灰沈着の構造物であることがうかがわれる。したがってそれは、からだの肉付けのために、最初に拵えた〝骨組み”ではなく、あくまでも二次的に、いってみれば固体体制の鋳型から造り出された、それの「負の象徴構造」であることが容易に理解されるであろう。骨のもつかたちには、そのような意味が込められる。 要するに、発生学的には空腸動物などの筋・膜組織の生きものが持つ隙間に石化沈着が起こって骨になるというわけである。 そう考えると、膜系組織は原初の生きものとしての重要な組織形態ということになるのだろう。 やはり「へちま」構造である。 その隙間に「骨」もできた。ということは膜系の緊張や歪みは、その隙間構造の中に存在する骨にも影響を与えることになるのだろう。 膜系組織に存在する受容器を想定すれば、膜系治療への徒手治療の役割は大きい。 この膜系組織を、縦軸系として1.硬膜管、2.大脳鎌。 横軸系として1.小脳テント、2.胸郭膜、3.胸郭膜、4.横隔膜、5.骨盤隔膜。 さらに内臓膜系。 そして筋膜系、に分けて観るようにしている。 あえて内臓膜と書いたが、厳密には「内臓」そのものというより内臓を包み連結する膜系と捉えたいからである。 徒手療法界では「内臓マニピュレーション」と総称されているが、これもどちらかというと「内臓自体」よりも関連する膜系が意識されているのではないかと思える。 先日、腰痛の女性患者がみえた。 慢性的に腰痛を抱えている(整形外科診断名は「椎間板ヘルニア」である)。 そして時に動きに支障がでるほど悩まされることがある。 これといって思い当たることもない。 原因とされる身体的ストレスに心当たりがない、というケースである。 4日ほど前に、朝起きて洗面所で腰に違和感を感じて、それから立ち居振る舞いに右腰臀部に痛みが出るようになった。 立ち座り、靴下を履く動作、歩行など、日常的な動きに支障が起こるようになった。 仰臥位になってもらうと、左下肢が伸展位になることで左腰臀部と鼠径部に痛みが出現する。 したがって股関節の屈曲ー伸展の動きでも同様の痛みが起こる。 当然、歩行でも同様の痛みが起こる。 最初に、硬膜管のリリースを行った(S3、C6)。 次に、蝶形骨―後頭骨―上顎骨連鎖をリリースした。 この時点で、左下肢伸展位が可能になる。 が、股関節の屈伸の動きで、右腰仙部と鼠径部に痛みが起こる。 これだけでも十分痛みが軽減したのであるが、さらに突き詰めてみていく。 そこから膜系の停滞を探ると、2つの部位が窺がえる。 ひとつは、右肋骨横隔洞周辺、もうひとつは右の下腹部である。 横隔膜をリリースしたが、股関節の屈伸には変化がない。 右下腹部の内臓膜はかなり強い緊張がある。 手術の有無を確認すると、7年ほど前に子宮筋腫と左卵巣の摘出手術を受けている。 でも右側は残してあるようだ。 タッチトークでは「小腸間膜」でYesだった。 (解剖図譜に小腸間膜根を赤で表示してみた) 空腸と回腸は全長数mであるが、集まって後腹壁につながる部分では長さ15cmほどの後腹壁とつながる根部となっている。 これを小腸間膜根と呼び、上端は十二指腸と空腸の境界部周辺である。 小腸間膜は腹部後壁に付着するが、根部はL2椎体レベルから右仙腸関節の前方に至る膜根である。 この小腸間膜をリリース方向は、簡単な組み合わせ動態を用いると分かりやすい。 上肢を一側づつ上方に牽引して、患側下肢の屈伸運動をさせながら痛みの消失あるいは軽減する方向を見つけることもできるだろう。 このケースでは、左上肢の2時方向で、左股関節の屈伸運動による痛みが消失した。 そこで左上肢を2時方向に挙上させて(アシスタントがいれば補助してもらえる)、小腸間膜根を2時方向にストレッチをかけてリリースした。 再び股関節屈伸運動で評価すると痛みが出ない。 立ち座り、歩行で確認したが、良好である。 筋骨格系の症状でも、内臓膜系の治療を組み合わせることで劇的な改善が期待できる。 あるいは、膜系の治療には内臓膜のアプローチを考慮した方がいいとも言えるだろう。
by m_chiro
| 2017-11-28 17:21
| 膜系連鎖
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