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ロンバーグ・テストで運動失調を評価するために
先日の学会で「臨床の落とし穴」というパネル・デスカッションがあり、パネラーの一人として参加しました。時間が押せ押せで進めた症例提示でしたが、運動失調の症例を紹介させていただきました。
このパネルは、九州カイロプラクティック同友会で実践しているCCR(ケース・カンファレンス・リポート)を採用して進めた企画でした。 最初に、必要最低限度の情報がオープニングで提示されます。 私の提示した情報は次の通りです。 1.初診:平成22年10月7日 2.年齢・性別:63歳(女性) 3.主訴:腰臀部痛と両下肢の重だるさ 4.リスク・ファクター:特に動きによって悪化し、歩き初めなどに不安定感がある。 少し歩くと落ち着いてくる。 先ずは、これだけの情報から除外すべき疾患や病態を最初に推測します。 特に「リスク・ファクター」の書き込みを参考にしますが、この症例では歩き初めの不安定感がキーワードで、そこから除外すべき疾患を想定することになります。 歩き初めの不安定感は運動失調を思わせますので、除外すべき病態として小脳や脳幹の疾患、脊髄性病変、前庭性疾患などが頭をよぎります。 この症例で注目したいのは、「歩き初めの不安定感が、ちょっと歩いているうちに落ち着いて来る」と患者さんが表現していることでした。 主訴からは筋骨格系の障害を思わせますが、敢えて除外すべき疾患があるかを探るわけです。 最初に深部反射を調べました。 私の評価は上肢・下肢共に「+3」でした。高度の亢進です。エッ!ですね。 私はC5レベルより上位の脊髄疾患を疑いました。 そこで「歩き初め」をみてみると「酩酊歩行」です。 数歩ほど歩いていると酩酊状態が落ち着いています。 おもしろいですね。さて何が隠されているのでしょうか。 「酩酊歩行」で、私はすぐに「小脳の病変」を疑ってしまいました。 そこから推測したのが「脊髄小脳変性」でした。 ところが、協調運動をみる「踵-脛テスト」も「指-鼻テスト」も正常(-)です。 協調運動に問題はないのです。 でも「継ぎ足歩行」ではうまく歩けません(+)。 バビンスキーは陰性(-)です。 今度はロンバーグ・テストを行いました。 開眼立位でも既に揺れています。私は最初に推測した脊髄・小脳疾患に捉われていましたので、この時点で、やはり小脳の問題があるのだろう、と推測したわけです。 ところが閉眼立位では、もっと揺れます。 開眼立位で揺れるのは、小脳・脳幹の疾患を疑わなければいけない。 私はここでも小脳に捉われていました。 この症例は除外すべき疾患とみて、神経内科医に紹介したわけです。 紆余曲折がありましたが長くなるので省略しますが、最終的に脊椎外科で確定診断が下されました。 確定診断は「第11胸髄・ダンベル型神経鞘腫」です。 除外したまでは正解でしたが、疾患部位はハズレでした。 天と地ほどの間違いです。 どうしてこのような違いになったのでしょう。 明らかなことは、特定の情報に捉われすぎたことですが、特にロンバーグ・テストの評価については十分な理解が出来ていませんでした。 ロンバーグ・テストは、神経内科医・ロンバーグ医師によって提案されました。 脊髄性運動失調を鑑別するテストです。 ヒトが空間に置いて身体位置を保てるのは、視覚機能と前庭機能によって調整されています。 その身体位置の変化を調節する重要な機能、すなわち視覚を遮断(閉眼)すると身体位置を保てなくなります。 これを脊髄性運動失調と評価したわけです。 したがって開眼立位で正常であることが前提となるテストであったわけですが、時を経て前庭性問題でも同様の運動失調が起こるとされました。そこで現在の臨床の現場では、下表のように評価されるようになりました。 ロンバーグ・テストの評価 ![]() 開眼立位で正常あるいは身体の動揺があったとしても、それが閉眼によって更に身体が大きく動揺あるいは転倒するようなケースでは、「脊髄性運動失調」か「前庭性運動失調」とみることができます。 脊髄性運動失調と前庭性運動失調の鑑別は、その他の徴候や身体所見での違い、最終的には画像診断にゆだねなければなりませんが、開眼での揺れは「前庭性運動失調」の方が大きい動揺があるようです。 また開眼での身体の揺れが閉眼でも同様であれば、それは「小脳性運動失調」とみる、と評価されているようです。 いずれにしろロンバーグ・テストは、単一疾患を特定する決定的な検査とは言えないまでも、運動性失調の原因におおよその目安を付けるには有効な検査と言えるかもしれません。 私が提示した症例で見逃したことは、ロンバーグ・テストの評価を誤ったことに尽きます。 そして、もしかしたら深部反射の評価の精度に問題があったのかもしれません。 +3と+2の評価には、より精査すべき差があったのかもしれない、と今になって思います。 あるいは、亢進傾向の反射はこの患者さんの個性であったのかもしれません。 臨床の落とし穴に嵌まらないためには、特定の情報に捉われないことだと思います。 特定の情報に捉われると、全体を客観的に見ることができなくなります。 この症例でも、病態に対する答えは最初のリスク・ファクターの項目に既に出ていたのです。 それは「歩き初めの不安定感」です。 歩いているうちに安定してくるのは、視覚情報、前庭系の情報、小脳機能が正常であったからでしょう。 立て直す機能が健全であったために、歩いているうちに割合に安定してきたのだと推測できます。 「聴き取り」、「身体所見」しっかりと行うこと。 これが、落とし穴に嵌まらないための大切な心構え、であることを学んだ症例でした。
by m_chiro
| 2013-11-25 08:30
| 「神経学」覚書
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