「痛み学」NOTE 55. 痛みは決して力学的ではない①
「痛み学・NOTE」は、日々の臨床で痛みと向き合っている医師や日本を代表する研究者の著作あるいはホームページを通して学んだり考えたりしたことを、私の「学習ノート」としてまとめ、書き綴るものです。 痛みは決して力学的ではない ① 組織損傷の生化学的舞台 痛みの伝達経路は3次のニューロンによって引き継がれ、皮質で認知されてはじめて「痛み」となる。 したがって、純粋に力学的・機械的な痛みというものはありえない。 ところが往々にして、痛みを力学的に捉える見方が先行してはいないだろうか。 力学的刺激によって引き起こされた損傷を考えてみよう。 組織損傷が引き起こされると炎症が起こる。これは組織修復のための生理的反応である。 下図のように、組織と血管の細胞から代表的な化学伝達物質(プロスタグランジン、ブラジキニン)が産出される。 組織の細胞膜を損傷すると、細胞内のCa2+濃度が上昇することでタンパク質分解酵素が活性する。 すると、ホスホリパーゼA2(PLA2)が細胞膜を形成しているリン脂質からアラキドン酸を切り出すのである。 アラキドン酸は、COX(シクロオキシゲナーゼ;COX1,COX2)によって代謝されてプロスタグランジンが生成される。 これらの化学伝達物質が炎症反応を促進するのだが、これらは強力な痛覚増強物質でもある。 非ステロイド系消炎鎮痛剤NSAIDsにはCOXを阻害する作用がある。 COXは、アラキドン酸からプロスタグランジンを生成する酵素。 だから、NSAIDsはプロスタグランジンの生成を抑える効果を持つ。 ところが、COX1は胃腸や腎臓、血管内皮細胞に常在して、これらの粘膜を保護する役割を担っている(COX2は炎症に伴いマクロファージ、線維芽細胞、骨膜細胞などに発現する)。 NSAIDsは、そのCOXの役割も阻害するので、消炎作用の代償として胃腸障害などが付いて回るのだ。この長期服用による代償については心して置かなければならないだろう。 さらに強力な消炎効果が必要とされれば、元凶のアラキドン酸の生成を抑える薬物が使われる。 それにはリン脂質からアラキドン酸に変えるホスホリパーゼA2を阻害する必要がある。 その作用を持つのがステロイドである。だが、その投与に対する代償はNSAIDsの非ではない。 このように、痛みは決して力学的ではないのである。
by m_chiro
| 2012-11-13 21:49
| 痛み学NOTE
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