「写楽 閉じた国の幻」
多くの研究者や作家が「写楽」の実像に迫るが、今だに謎に満ちた絵師である写楽の謎。何が謎かって、写楽の存在そのものが謎なのである。 何しろ「写楽」の名のもとに刷られた版画絵が残されているだけで、写楽の実像を示す文献が一つも存在しない。 唯一、「写楽斎」という絵師の存在を示す文献があり、これを「写楽」と見立てた説がある。 しかし、「写楽」は一度も「写楽斎」と名乗ってはいない。 「「写楽」の号は「東洲斎」である。「写楽斎」は、「しゃらくさえ~」をもじった江戸時代の洒落だろう。と言うわけで、「写楽斎」なる絵師が写楽だとする説は怪しいとされる。 写楽が活躍したのは僅か10ヶ月で、その間に多くの美術史上に残る絵を数多く残した。大した筆力だったわけだが、その後の消息は消えたまま。2度と江戸に戻ったという記録もない。 元来、浮世絵の役者絵は、スターのポロマイドのようなものであり、静止画である。だから、実物よりも綺麗に描かれている。ところが、写楽の絵は動体のワンカットの描写で、しかも無名の役者まで描いている。美しく描こうとすらしていない。むしろディフォルメを駆使している特徴的で斬新な絵で、これも通常の絵師とは異なる。 江戸の絵師は、無名な絵師を除いてみな春画を描いている。が、写楽は一枚も描いていない。 写楽絵を出版したのは、蔦屋重三郎という人物。 今で言えば最大大手出版社の社長であるが、この写楽絵を出した当時は発禁本が相次いで、しかも「身上半減の刑」を受けていて経済的にピンチの時である。 起死回生の一打として「写楽」絵をだしたわけだが、それも雲母刷りという超豪華本にした。 歌麿級の扱いの出版を、素性のしれない、しかも新人の絵師が何故にこうした超一級の扱いを受けたのか。それも謎である。 しかも、その蔦屋重三郎自身も一切「写楽」の実像には触れていない。 写楽本人が告白もしていなければ、出版の関係者すら沈黙している。 版元が経済的ピンチをかわそうとするなら、春画の出版が苦肉の策になったろうが、素性の知れぬ新人絵師の豪華本を出した。 これで成功したわけだから、蔦屋重三郎という版元はよほどの才覚があったのだろう。 これを自慢してもよさそうなものなのに、写楽本人も蔦屋も何故こうまで頑なに口を閉ざしていたのだろう。 日本の歴史上に名を残した絵師は二千数百人といわれるようだが、その中で素性も分からなければ、記録も残されていない絵師は「写楽」ただ一人である。 当時の絵師の口からも、写楽に関する告白は一言も出てこないという謎。 江戸に存在した形跡すらなく、ただ絵だけが残されているという美術史上の謎でもある。 この謎に挑んだのが作家の島田荘司氏で、684ページの大作に仕上げた。 島田氏自身が美大卒であるから、画家の視点で写楽の謎解きをしたことにも読書意欲をかきたてられて一気に読んだ。 1984年に、版画家の池田満寿夫がNHK取材班と取り組んだ「これが写楽だ」も面白く読んだが、島田荘司氏の本はそれを凌ぐ面白さだった。画家が絵師の謎を追う展開は一味違う。 まして島田氏は浮世絵の研究にも造詣があり、時代考証や文献交渉、絵画の鑑賞眼にも優れていて、小説というより研究論文に仕上げられそうな内容であった。 島田氏の写楽説は、思いもよらぬ、またこれまで誰も想定しなかった人物を写楽としている。可能性のある裏付けを、あらゆる文献を引いて推論しているが、ただ一つ最大の弱点がある。その写楽絵を描いたと想定した人物に、絵を描いていたとする証拠はひとつもないことである。そこが島田氏の推論で、この興味深い説も学術論文には致命的。で、小説として仕上げざるを得なかったのだろう。 それはそれとしても面白かった。 島田氏が、写楽なる人物を更に追って、絵を書いた証拠を掴む仕事をして写楽騒動に幕を引いてくれることを願いたい。そんな先行きを期待させる内容だった。 で、その写楽とやらは一体だれ? この本を読もうとしている人の興醒めになるので、それは内緒にしておこう。 謎解きはおもしろい。 本のタイトルにある「閉じた国の幻」に、島田写楽説のヒントが隠されている、とだけ言っておこう。
by m_chiro
| 2011-06-21 00:55
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