「痛み学」NOTE32. 「訳あり筋」が痛むわけ③
「痛み学・NOTE」は、日々の臨床で痛みと向き合っている医師や日本を代表する研究者の著作あるいはホームページを通して学んだり考えたりしたことを、私の「学習ノート」としてまとめ、書き綴るものです。
「訳あり筋」が痛むわけ③ 酸欠で痛むわけ ATP産出の経路には、酸素を利用する系(好気性解糖)と利用しない系(嫌気性解糖)とがある。 自動車で譬えると、最初のエンジンの駆動に使われるエネルギーは、筋肉中に僅かに存在するATPで、約1秒程度の瞬発力に使われる量である。 この筋肉中のATPが消費されると、次にはやはり筋肉中にあるクレアチンリン酸(CP)からATPを産生することになる。 このときの瞬発力は10秒前後のフルパワーとなるが、これらは酸素を必要としないエネルギー産出系である。 クレアチンリン酸(CP)は筋肉中にATPの5倍の量が有るとされている。つまりATPの貯蔵物質がクレアチンリン酸である。 例えば、瞬発力を使った競技には100m走ダッシュ、相撲、野球のピッチングやバッテング、テニス、ジャンプなどなどがある。いずれも数秒の短い時間の間に消費される。こうした運動のエネルギー系は酸素を利用しない解糖系で賄うことができる。筋肉の収縮力・瞬発力は強いが持続性はない。つまりは、限界のあるATP産出系に依存しているのだ。 筋肉内に貯蓄されたクレアチンリン酸(CP)が使い尽くされてしまうと、今度はグリコーゲン(糖質)を分解してATPを合成するのだが、この経路でも酸素を使わない。 こうした素早い解糖系では酸素を使わないでATPを産出する。 グリコーゲンが乳酸に分解される過程で3分子のATPが作られる。かつて、この乳酸が筋肉を収縮するとする「乳酸学説」が主流だった。この学説は1919年にノーベル生理医学賞を受賞した。ところが、後に乳酸は筋肉の収縮に直接関与しないことが判明した。「乳酸学説」が破綻したのである。 その後に、筋肉を収縮させる直接の物質はATPだということになった。 実際には、筋肉の収縮や弛緩に関与するのはATP濃度によるとされている。 ATP濃度が増加すると収縮した筋肉が弛緩するからで、そこに働くのが「エネルギーリン酸結合」を触媒する「クレアチンキナーゼ」や「アデニル酸キナーゼ」ということになる。 解糖過程でピルビン酸を経て乳酸が蓄積されると、その乳酸から解離した水素イオンがタンパク質と結合する。それまでくっついていた陰イオンは、タンパク質から離れて細胞膜を通過して細胞外に流れ出す。カリウム・イオンも流出して細胞外液の濃度が上がる。 通常は、ナトリウム/カリウム・ポンプによってナトリウムを排出しカリウム・イオンを取り込む。この細胞内外のバランスを保つためにATPのエネルギーが使われる。 ここからミトコンドリアに入って、酸素を利用したクエン酸回路(TCA回路)から電子伝達系で多くのATPを合成するようになるのだが、筋肉に酸素の欠乏が起こると、この経路の活動に支障が起こる。ATPの産生が減少する。 さて、酸欠によるATP産生不足が起こるとカリウム・イオンを取り込めない。 ますます細胞外液のカリウム・イオン濃度が上昇する。 この細胞外のカリウム・イオンは神経線維を興奮させることになる。 また、局所の酸素欠乏はアシドーシスを招く。すると血漿プレカリクレインが活性され、ブラジキニンがつくられる。ブラジキニンを分解するキニナーゼⅠが阻害されると、ブラジキニンは蓄積する一方になる。 これが筋肉の痛覚線維を刺激する。 こうして虚血による訳あり筋は、痛みを発症することになる。
by m_chiro
| 2010-02-19 22:45
| 痛み学NOTE
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