「ツボに訊け! 鍼灸の底力(寄金丈嗣 著)」
http://sansetu.exblog.jp/9867953/ 「鍼灸師は患者さんが読むより前に、すぐに買って読んでおきましょう。」 sansetu先生がブログで推薦されていた本です。 ということで、鍼灸師ではないけれど面白くて一気読みでした。 鍼灸の歴史から、東洋医学の考え方、業界事情から鍼灸院の選び方に至るまで、鍼灸治療の良きガイドブックのようです。 時には鋭い突っ込みもあり、わかりやすく説得力のある論理展開で、読者を引きつける著者の力量を感じさせる本でした。 「バーチャル鍼灸体験」の章は、門外漢にとっては興味深深ものでした。 「鍼灸のことなんて知らない」女性のライターによる患者体験記という体裁ですが、これがまた面白い。 3つの典型的なタイプの鍼灸院を取材したリポートで、一見の初診の患者として出向いて治療を受けるという設定になっている。先方にはその報せはないので、余計にリアルな臨床現場を覗いた気分で読める。 こうした患者目線で、自分の治療院も取材シュミレーションしてみると、案外思いもよらない気づきがあるのではないだろうか。 カイロプラクティックはたかが百数十年の歴史であるが、日本のカイロプラクターの混迷ぶりは先行きの暗さを象徴するような実態です。著者の次の言葉は、そんなボンヤリした頭に一撃を喰らったようなインパクトで胸に沁みました。 いい加減に鍼灸界は安易なイデオロギーの押し付けや、借り物の西洋科学のよろいを纏ったり、神がかり的・オカルト的な臨床家にありがちな、安っぽい怪しげな雰囲気を払拭し、「人の身体で人の身体へ」という原点に立ち返るべきであろうと思います。 次の一節もしびれます。 入力と出力が常に同時にある。感じるものがあればそれに応じ、臨機応変にツボ一穴に身体総てを動員して立ち向かっているのが鍼灸師です。それはインプロビゼーションの世界であり、二度とおなじことはあり得ないのです。 治療はインプロビゼーション、つまり反応系における即興だという。一期一会の妙を重んじる特徴的技術が、人の手を通して生き延びてきたところに「伝統」があるのだ、と言います。こうした卓見が、ページのあちこちに散りばめられていて読後の爽快感は何とも言われませんでした。 鍼灸師に限らず、すべての治療家に是非一読を薦めたい本です。 治療の領域を問わず、共通した身体感や治療に関する普遍的な方向性をきっと学べることでしょう。 #
by m_chiro
| 2008-12-22 16:50
| Books
いつもお世話になっているsansetu先生の記事に、興味深い情報が紹介されていました。 「松本義光先生の教え」 http://sansetu.exblog.jp/10033579/ sansetu先生の身体観を読んでいると、私も同じ方向を見ているのではないかと思うことがしばしばあり、それがどんな共通項の上に築かれているのだろうと気にかけておりました。 前掲の記事を読んで、松本善光先生の考え方を知りました。 Sannsetu先生が触発されたとする松本善光先生の考えを読むと、方法は違っても近い方向に視点が向いていることを知ることができて腑に落ちたような気がします。 私が誤待った解釈をしていなければの話ですが...。 脳は、運動の制御をその役割にしています。すべては筋肉に出力されますが、その筋制御は下位脳での反射的な信号に依存しています。つまり不随意の筋制御です。 ここでの信号系に異常なタイムラグが生じると(私がブログで「筋運動における始動の遅れ」と表現していること)、その遅延のままに上位脳に伝達されます。 このフィードフォワードの情報伝達にしたがって、出力として表現される筋活動はその遅延された筋の始動の上に表出することになります。 このタイムラグを修正する方法として、松本先生やsansetu先生は意識的な動きの制御を学習させて(フィードバック)、そこから不随意のタイムラグも修正しようという試みではないかと思います。 それは両先生が述べておられるように、これはなかなか難しい修練が必要なのでしょう。 私は、下位脳での信号系のタイムラグを直接リセットすることで、その情報の信号を上位脳に伝える方法を使っているわけです。 二軸運動を研究している京都大学の小田伸午教授は、ヒトの身体運動における左右差には典型的な特性があると述べていました。それは左前方と右後方でのクロスされた筋活動の弱さが見られるとするものです。この特性の現れは簡単に調べることができます。 この交差された弱化は身体の捻じれ現象を作りやすく、これが警告系の起源とされるナメクジウオの「うずまき反射」に共通の警告反射のように思えます。 ところが、事はそれほど単純なものではないようです。ヒトは、こうした基本的な弱さを代償しながら複雑な協調運動を行うわけですから、実際にはさまざまな筋活動として表出されることになります。 これをトレーニングで修正する方法が模索されているのでしょう。 この方法を仮にフィードバック・トレーニングと呼ぶとしたら、私が行っている方法はフィードフォワード学習とでも言えるだろうか。 つまり下位脳での信号系をリセットして、ヒト本来の信号系として上位脳に学習させる方法ということになります。 実際には何を診ているのかというと、下図の除皮質に特有な持続性頚反射の原型のシグナルを参考にしています。 左から3例の図は除皮質の例で、右端は除脳固縮の図です。 除脳動物の頭部を身体に対して相対的に動かすと、固縮のパターンが変化します。 もし頭を一側に向けると、同側の四肢は一層硬く伸展され、反対側の四肢はやわらかくなる、というものです。 図は病的な反射(持続性頚反射)ですが、正常なヒトにもこの原型のシグナルが働いています。スポーツなどでも、よくこの反射の原型が使われているわけです。 この原型のシグナルが発信されないと、不随意の筋活動の始動は遅延してしまいます。 遅延して発信されている信号が上位に伝達されて、代償された筋活動として表現されることになるわけです。 そのタイムラグの状態を、行動の筋である腸腰筋群でみつけます。左右どちらに顔を向けても、腸腰筋群に初動の等尺性の収縮信号(持続性頚反射の原始的な信号系)が正常に発信されるか、あるいは遅延しているか、をみています。 つまり信号系がONか、あるいはOFFかをみるわけですが、これは随意運動における筋のパワーを見ているわけではありません。 随意運動における不随意性の根源が、この下位脳(脳幹)からの信号系のタイムラグによるものだと考えているわけです。 こうした反射的な信号系が安定した状態から、sansetu先生の言われる日常動作の改善は「無理痛」の解決方法として重要になってくるのでしょう。 それには適切な指導者がまた不可欠なのです。 #
by m_chiro
| 2008-12-17 20:51
| BASE論考
この本、講談社の現代新書から2007年5月に発刊されました。 発行と共に話題になり、数々の賞を受賞した話題の本です。 遅ればせながら読んでみました。 著者は、分子生物学者の福岡伸一氏。 巧みな文章力に引き込まれて、まるで小説を読んでいるような感覚で一気に読めました。 タイトルはハードな内容を思わせるが、内容は科学者の日常を、それぞれの研究テーマを追いながら紹介したもので、分子生物学の紹介としてはとても良い案内書のように思いました。特に門外漢の私にとっては、DNAの発見をめぐる科学者たちの裏面史を面白く読みました。 ところで、本題の生物と無生物を分けるものは何か。 詳しくは言及されていませんでしたが、結局は「生命」の有無ということになるのでしょうか。 では、その生命とは何か? 20世紀の科学が到達した一つの結論が「自己複製を行うシステム」とすると、ウイルスは生物か、と著者は問います。 ウイルスは栄養を摂らない。呼吸もしない。二酸化炭素も出さない。老廃物も出さない。つまりは、代謝を行わない。その上、ウイルスを混じり物がないまで純化精製して特殊な条件で濃縮すると「結晶化」するのだ。。 そうなると、ウイルスは鉱物に似た「まぎれもない物質」ということになる。ところが、ウイルスには単なる物質と一線を画す特性があり、それが「自己複製能力」を持つということで、このことからすればウイルスも近年の生命の定義に叶うことになります。 ところが著者は、分子生物学の視点に立って「動的平衡」こそが「生命」であるとみているようです。 新たな概念とは言えない「動的平衡」という生命観ではありますが、治療的介入を日常的に行っている私には、著者の次の言葉がとても印象に残りました。 生命という名の動的な平衡は、それ自体、いずれの瞬間でも危ういまでのバランスをとりつつ、同時に時間軸の上を一方向にたどりながら折りたたまれている。それが動的な平衡の謂いである。それは決して逆戻りのできない営みだり、同時に、どの瞬間でもすでに完成された仕組みなのである。 #
by m_chiro
| 2008-12-13 18:48
| Books
劇的な変化ではあるけれど②
農家の婦人が慢性的な右腰下肢痛で治療にみえた。 無理を承知で農作業に精を出している。痛みも常時同じというわけではなく波がある。 農閑期になると楽になるのだが、それでも右大腿外側部に握り拳ほどの広さで違和感と冷感は常に消えることがない、という症状を訴えていた。 触診すると、確かに右腸脛靭帯の上三分の一のところに冷たさを感じる。そこが常に重苦しく感じるのだそうだ。 右腸脛靭帯は左側と比べても過緊張していて、一本のベルト状態であることを触知できる。ストレス軸も右側にできていて、左腸腰筋は筋始動が遅れている。右脳への情報伝達系の信号が遅延するのだろう。左脳からの信号系が優位になり、右半身が主導して動作せざるを得ない状態と思われる。その信号系をリセットした。 右腸脛靭帯の緊張はかなり強いので、遠隔を使わずに直接リリースした。 上手くいったようで、違和感も消えて運動分析でも問題なくなった。 この患者さんを診ていて、とても気になったことがあった。顔面の正中ラインがジグザグに歪んでいるのである。 そのことを告げずに、治療の最後に頭蓋と顔面頭蓋の調整を行った。 可動のリズムと打診を頼りに、ほんの軽いタッチで反応点を同調させる方法で調整した(この方法をシンパシティック・タッチと呼ぶことにしている)。治療にもよく反応し、こんなにも変化するんだなぁ~、と思うほど顔面の正中ラインが随分と真直ぐになった。 この患者さん、3日後にまたみえた。 何度も「この間と同じ治療をして欲しい!」とリクエストしてくる。 どうも劇的に変化したらしい。 腰下肢痛だけではなく、25年間も全く感じなかった匂いが戻った、と信じられないといった口調で興奮している。 治療した日に、夕食の準備でご飯の炊ける匂いがして気がついたのだそうだ。 それまで25年間どんな匂いも感じなくなっていたらしい。 当初は耳鼻科の治療を続けたが一向に変化がなく、もう諦めて治療もしていなかったようである。 初診時に、匂いのことは申告されていなかったので、私は意図を持って治療したわけではない。したがって、劇的な変化と言われても何が功を奏したのか、これといった確証があるわけでもない。 思い当たることと言えば、顔面頭蓋の前頭洞と上顎洞周囲のジグザグになった歪みを調整したことだろうか。思いがけない副産物に過ぎない。 嗅覚は味覚同様、内臓感覚に分類されている。匂いのある物質は約40万種にもおよぶとされる。嗅覚も味覚も化学受容器だが、嗅覚は遠隔受容器である。しかも伝導路は視床で中継されない上に、新皮質に投射路をもたない。とても原始性を残している面白い感覚である。 嗅覚理論もさまざまである。最も新しい理論は、1982年に栗原堅三博士の提唱した「脂質膜吸着説」というものである。 匂い物質の分子が嗅細胞膜の脂質二重層の間隙に吸着されると、膜構造の変化が生じて膜電位が変化し、嗅神経に活動電位が発生する。 人工的な匂いセンサーはこの理論に基づいて開発されているのだそうだが、そうなると顔面頭蓋を調整したことで、嗅部(嗅神経領域)の受容器部分である篩板の周囲に変化が起こり、受容器の閾値が低下したのだろうか。 嗅覚は面白い感覚である。 余談だが。生命科学者のライアル・ワトソンが、「匂いの記憶」という著作で「ヤコブソン器官」について詳細に論じている。この本を読むと、ヒトの不思議さにあらためて驚かされる。いつか機会を得て紹介することにしたい。 #
by m_chiro
| 2008-12-05 00:03
| 症例
初産で元気な赤ちゃんを産んだママさん。
退院後の育児で腰痛になった。 とうとう、寝返りもベッドから起き上がることもできなくなり、てんやわんやの大騒ぎになったようだ。 動けないと言うので、時間明けの夜に往診することにした。 子育ては普段とは違う動きが多くなる。 特に、背筋群には伸張性の負荷がかかり続ける。 出産という大仕事の直後だけに、母体には心理的にも相当な負担がかかるのだろう。 筋活動が極度に抑制されている。 身体と脳の入出力系の信号が不都合になったのだろう。 何しろ寝返りも出来ないので、その信号系を調整した。 どうにかベッドに座れるようになり、笑顔を取り戻してくれたので、身体の使い方を指導した。 数回続けて往診し、その後は再びママさんの役割を全うできるようになった。 この秋口に、そんな患者さんがあった。 その新米ママさん、今度は、職場復帰したらしい。 お家から、「ウインター・ローズ」というポインセチアが届いた。 見事な花です。 本当にバラの花のように見えます。 治療室がパッと華やいで賑やかになりました。 女性の患者さんたちが、「わぁ~ きれい」と声を上げて喜んで見ていました。 ありがとうございました。 管理が難しい花のようですが、あなたの育児に負けないように大事に育てます。 #
by m_chiro
| 2008-12-03 19:37
| 雑記
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