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体内で炎症性物質を抑える食事を心がけることが大事
コレステロール悪者神話は本当なのか?
この疑問に明確な答えがアメリカCBNテレビで分かりやすく解説されている。

「コレステロールを悪者にする黒幕とは? (日本語字幕付き)」


体内環境を守るために食事の内容は重要な要件である。
痛みの身体的前段階には不飽和脂肪酸(Ω6)の過剰摂取が関与するとされる。
体内で炎症性物質アラキドン酸が作られるからだ。
どうもそれは痛みだけに限らないようだ。

コレステロールは、心・血管性疾患の諸悪の根源として忌み嫌われている。
ところがコレステロールは重要な役目を担っているとする意見もある。
このTV解説も、その立場からコレステロールの役割を述べている。
結論を急げば、コレステロールは血管の炎症を防いでいる、ということになる。

問題なのは血管に炎症をつくることであって、それをガードするために役割を果たしたコレステロールに罪はない。
体内に炎症をもたらす身近な因子は「脂質と糖質」なのだ。
だから動脈硬化の原因も「炎症」であって、コレステロールではない。
その根源である炎症物質の生成を抑えれば、コレステロールが血管を修復する必要もないわけである。
コレステロールは必要に迫られて役割を果たしているだけなんだ。

火事が起これば、消防士がやってくる。
炎症が起きているから、コレステロールがやってきた。

消防士は悪者? コレステロールは悪?

放火犯は火事場の野次馬に紛れ込んでいると言うが、コレステロールは炎症性物質ではない。
だから炎症の現場にあったからと言って、動脈硬化の原因とするのはあまりにも短絡過ぎる。
こうした疾患の真の犯人は、炎症性物質をつくりだしているトランス脂肪酸や精製炭水化物ということになる。

トランス脂肪酸は、アルツハイマー、パーキンソン、ADHDにも関与する可能性が指摘されていた。
自分の体は自分で守る。
そのためにも整合性のある情報に耳目を傾けて置くことが大事だと思う。
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by m_chiro | 2014-02-21 11:33 | 痛み考 | Trackback | Comments(0)
氷の世界と奇跡の始まり
冷え込みの厳しい日が続いている。
全国的に雪の被害もあったようだ。あちこちで例年にない大雪とか。
ところが当地では、例年になく積雪量が少ない。こんな年も珍しい。
雪は少なくても、冷え込みはきつい。
雪のない道路も凍りついて、その上に薄っすらと雪が降るとおちおち歩けない。
足元をすくわれて転んでしまうからだ。
滑って転んで頭を打ったとか、腰を打ったという患者さんも続いた。
庭のバケツの水も凍りついている。
そんな冷え込んだ日に、氷のことを思った。

なぜ、氷は水に浮くのだろう。
あのタイタニック号を沈めた氷山でさえ浮いている。
だから氷は水より軽い。誰でも知っていることだが、それでも、なぜ?、と思う。

水の分子はH2O。簡単な分子式である。
酸素原子2つに、酸素原子が1つくっついている。
物質は液体より個体の密度が大きくなるが、ただ一つ水と氷は例外なのそうだ。

その理由は氷の分子構造にあるようだ。
水は氷になると、酸素原子と水素原子の結合角が正四面体の連結構造をつくるとされる。充填率も32%と低く、方向性を持っているために、隙間の多いスカスカ構造になっていて氷は水に浮く。

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(図は「目で見て操作する「分子の世界」-そのミクロ構造と物性-」より)

なぜ、このような構造になったのか。
それとも偶然がもたらした一致なのか。神の思し召しなのか。
このことが奇跡を生むことになろうとは....。
不思議と言う以外ないが、この不思議は宇宙の特性を知る新たな物理学の知見や視点が必要なのかもしれない。

もしも氷が水よりも重かったら、どうだろう。
気温が氷点下になれば、海水表面の水は凍結する。
もしも氷が密度の濃い充填構造であれば、氷は海底に沈んでいく。
それが反復されれば海は氷の世界になる。
そこに生命が繁殖することはないだろう。
生き延びれるとしたら、せいぜい微生物ぐらいだろう。

ところが氷は水より軽い。
そのために氷が断熱層となって海を覆った。
こうして水が水として存在することを守られたのだ。

だから地球の表面が氷の世界になっても、水はその下で生命を育み繁茂させ続けることができたのだろう。
水の分子構造が特異的であったために起こった奇跡と思う他ない
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by m_chiro | 2014-02-19 17:04 | ホメオダイナミクス | Trackback | Comments(0)
奈良を往く(2.2~2.5) ②
奈良を往く(2.2~2.5)
②元興寺(がんごうじ)、興福寺、新薬師寺へ


奈良町のほぼ中心部に「元興寺(がんごうじ)」がある。
元興寺は、南都七大寺のひとつ。
南都七大寺とは、平城京の南都・奈良周辺にあって朝廷の保護を受けた官寺のこと。756年の所見だそうだ。
興福寺、東大寺、西大寺、薬師寺、元興寺、大安寺、法隆寺の7大官寺のことであるが、歴史的には変遷があり、法隆寺の代わりに唐招提寺を、西大寺の代わりに弘福寺を入れて数える向きもあるらしい。
その元興寺は、古都奈良の文化財として世界遺産に登録されている。
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2月3日は、ちょうど節分の準備で、朝からたくさんの世話方さんや裏方さん達が忙しく動き回っていた。
元興寺は飛鳥時代の法興寺(596年)を前身とする。
その法興寺は日本最古の本格寺院というから、元興寺は仏教の聖地に当たるお寺なのだろう。
そして平城京遷都と共に飛鳥から新都に移転し(718年)、「元興寺」と改まったのである。
当時は6町四方(654m四方形)という広大な境内を有していたようであるが、明治の廃仏毀釈の頃には衰退し無住の時期もあったという。

c0113928_12172090.jpg飛鳥時代の屋根瓦も移転し、今なお元興寺の瓦に使われているのだそうだ。千数百年の空気を感じて、そこに在り続けたことを思うと、その場にいるだけで歴史の重みを感じて凛とさせられる。

元興寺には妖怪伝説があるらしく(「日本霊異記」など)、お化けを意味する児童語「ガゴゼ」「ガゴジ」「ガンゴジ」は元興寺由来らしい。
が、柳田國男はこの説を否定しているのだとか。なんとも奥の深い寺である。

大陸から伝わってきた仏教の受け入れを巡って争いが起きた。
仏教容認派の進歩派である蘇我氏、そして廃仏派である日本古来の神道を尊重すべきとした物部氏、この両氏の政権争いである。
この政争は次の世代にも引き継がれることになった。
最終的に両氏の息子たちである蘇我馬子と物部守屋に引き継がれ、蘇我氏が勝利して仏教を受け入れることになった。よく知られる歴史的場面である。
蛇足ながら、ちなみに私は性が「守屋」であるが物部氏とは関係ない。

こうして正式な仏教寺院が初めて飛鳥の地に建てられることになったわけである。
それが「元興寺」の前身である「法興寺」である(現在は「飛鳥寺」と呼ばれる)。

寺務所で「散華」を買った。
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元興寺の赤鬼、青鬼は「元興寺(ガゴゼ)の鬼」と呼ばれ、杉本健吉画伯の描かれたもの。節分の絵馬の原画でもある。
もうひとつ、地蔵菩薩御影は棟方志功画伯奉納の版画である。
新薬師寺まで歩き「薬師如来と十二神将」を拝観、そこから奈良公園を渡って興福寺まで。興福寺の国宝館で有名な阿修羅像、千手観音像などなどを拝観する。
古都の町家づくりの町並みを散策しながら、文化や美術の香りに酔いしれたひとときであった。
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旅が無事でありますように!
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by m_chiro | 2014-02-11 12:12 | 雑記 | Trackback | Comments(0)
奈良を往く ①志賀直哉・旧邸を訪ねて
奈良を往く(2.2~2.5)
①志賀直哉・旧邸を訪ねて


庄内は1月中旬から周辺の雪が消えていき、とても冬景色とは思えない景観である。
気温も10度になったこともあった。
異常と言えば異常な、東北の1月と思われた。
ならば、と先週は大阪でのセミナーに出かけ、休日を利用して奈良を訪ねた。

奈良の高畑地区にある志賀直哉旧邸まで歩く。
文豪・志賀直哉の復元した旧居は、門からは想像もできない広い庭園と大邸宅だった。
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復元した塀は新しい造りのように感じるが、実際は土塀だったのだろう。
近所のお屋敷に、当時を偲ばせる風情の土塀があった。
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近代的に復元されてはいるが、きっとこんな土塀だったのだろう。

屋敷は435坪ほどあり、総床面積は126坪というから、随分な豪邸である。
なんでも志賀直哉自身が設計し10年間ほど生活した邸宅らしい。
その後は関東に移転したらしく、この邸宅で代表作の「暗夜行路」を執筆したとされる。

どの部屋からも庭が望めるように設計したのだろう。
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私も縁側に腰を下ろして庭を眺めてみた。
きっと志賀直哉も、こうして庭に遊ぶ子供たちの様子を見ていたことだろう。
あるいは小説の構想に思いを馳せていたかもしれない。
そんな文豪の在りし日を思いながら縁側に座っていた。

二階の書斎からも外の景色が見える間取りである。
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座敷の座卓に置いた「干し柿」は、入館受付事務の女性からの頂き物である。
木目も美しいテーブルだった。
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「干し柿、食べますか。この屋敷で取れた柿で作ったんですよ」。
きっと志賀直哉も食べた干し柿に違いない。

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多くの文人たちも、この邸宅に集ったようだ。
なんか、文豪たちの時代にタイムスリップしたような、静かな佇まいと落ち着ける空間で至福の時間を過ごした。
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by m_chiro | 2014-02-10 15:46 | 雑記 | Trackback | Comments(2)



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