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「センス・オブ・ワンダー」
「センス・オブ・ワンダー:The Sense of Wonder」は、アメリカの海洋生物学者レイチェル・カーソン女史が癌に侵されながら書いた最後の著書である。自然との共存をテーマにして環境汚染を告発した「沈黙の春」に続いて、大ベストセラになった代表作でもある。
60頁ほどの本だが、自然や生命の輝きを詩的な言葉で綴っている。

そもそも「センス・オブ・ワンダー」とは「神秘さや不思議さに目を見はる感性」とのこと。
だからこそ、著書の中で次のように記している。

この感性は、やがて大人になるとやってくる倦怠と幻滅、わたしたちが自然という力の源泉から遠ざかること、つまらない人工的なものに夢中になることなどに対する、かわらぬ解毒剤になるのです。


そのためには、子供の頃から自然に触れ「感じる」ことを体験することが大事なのだと説く。
子供にも、あるいは子供の教育に悩む親に対しても、大事なメッセージを残している本である。
次の言葉にも考えさせられる。

「知る」ことは「感じる」ことの半分も重要ではないと固く信じています。子供たちがであう事実のひとつひとつが、やがて知識や知恵を生み出す種子だとしたら、さまざまな情緒やゆたかな感受性は、この種子をはぐくむ肥沃な土壌です。幼い子どもの時代は、この土壌を耕すときです。美しいものを美しいと感じる感覚、新しいものや未知のものにふれたときの感激、思いやり、憐れみ、讃嘆や愛情などのさまざまな形の感情がひとたびよびさまされると、次はその対象となるものについてもっとよく知りたいと思うようになります。そのようにして見つけだした知識はしっかりと身につきます。


長いので端折りましたが、学ぶことの真髄のように思える言葉だ。

私は昆虫や植物などの生き物に興味があるので、よく生物学者の著作を読む。
中村佳子さん、団まりなさんなどなど、中でも福岡伸一はかせの著作は分かりやすくて面白く読める。

その福岡はかせも「センス・オブ・ワンダー」について、ウーパールーパーなどを例に出して触れていた。
c0113928_1251183.jpgウーパールーパーは、一生をとても可愛らしい屈託のない子どものように終える。
そのウーパールーパーを、ホルモン剤で強制的に大人にしてしまうと、トカゲのような何とも醜い姿になるのだそうだ。
「センス・オブ・ワンダーを探して」という阿川佐和子さんとの対談本の中で話題にしていた。
福岡はかせの本や話は、こんな面白さが満載である。

その本の出版に際しての本屋さんの企画が、ジュンク堂でふたりのトークショーとして行われた。
1時間ほどの対談ですから長いですが面白い。
you-tubeの動画にあったので、紹介しておきます。
興味のある方は時間のある時にでもご覧ください。


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by m_chiro | 2012-05-30 12:14 | Books | Trackback | Comments(2)
桐子、一難去って又一難
昨日は、桐子の抜糸の日だった。
やれやれ、これで犬猫病院通いから解放されると、よろこんで出かけたのだが….。.

網包帯をとり、舐め防止のためのTシャツを切り開いて手術部位を出したら、「あれ!、何だこれは!?」。
手術痕のところにプクッとした膨らみがある。
獣医さんが押さえると中に引っ込んだ。
腹腔の切開部を皮膚上から探ると開いている。
「ヘルニアになっている」。

腹腔の切開部は吸収される糸を使って縫合したのだそうだ。
極まれに、癒合しないうちに早く吸収されてしまうのがあるらしい。
桐子はどうもそんな特異的な体質だったようだ。免疫力が強いのだろうか。

そう言えば、こんな患者さんがいた。
スキーで腓骨骨折をして、病院で鋼線を入れた。
骨折部位が癒合したら、鋼線を引き抜くことになっていた。
その鋼線を引き抜く時期が近づいてきたら、外果のところから今にも皮膚を破ろうとして鋼線が出かけているのである。
結局その患者さんは、早めに鋼線を抜いてもらうことになった。
その患者さんも、非自己を排除しようとする力が強かったのかもしれない。
人体の不思議を強く印象づけられたケースだった。

桐子も再縫合手術が予定されたが、どんな縫合にするか、再考する必要がありそうだ。
網タイプとか、糸を混合して使うとか。厄介なことだ。

それでも、食欲は最初に回復し、散歩の距離も伸びたし、足取りも軽やかになっている。
後は腹腔の縫合部位がしっかりと癒合してくれることなのだが、再縫合手術は来週になるか、再来週の予定である。

当分、桐子に振り回されそうだ。わが家の日曜日は「桐子day」である。
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by m_chiro | 2012-05-28 18:50 | わん・にゃん物語 | Trackback | Comments(0)
皮肉のひとつも言いたくなるなぁ~!
他県から治療にみえた保育士さん。
今年から赤ちゃん担当になって、抱っこにおんぶしての仕事になった。
右膝が痛み出して整形外科に受診すると、お決まりの診断になった。
膝の軟骨が減っているそうで、週一回のヒアルロン酸の注射を続けている。
それでもよくならないから、と治療に見えた方である。

その方に、帰り際「今度は友達を連れてくるのでみてもらえませんか」と聞かれた。
「お友達も膝が痛いの?」と聞き返すと、「いや、田植えの手伝いをして肩のスジが切れたので、手術するんだそうです。
スジが切れたのなら、場合によっては手術も止むを得ない話だ。
が、田植えの手伝いでスジが切れたなんて、一体どんな手伝いだ?

ともかく一度みてほしいと言って、昨日連れて見えた。

ちょうど1年前の農繁期には、腰痛と脚の痺れ感でMRIを撮るハメになった。
結果的に「L5腰椎すべり症」の診断を受け、手術を勧められている。
今はしたくないと断ったら、「今に脚が麻痺をして車椅子生活になるぞ」と言われたそうだ。深部反射も正常なのに、麻痺という予測は「腰椎すべり症」を根拠にしているのだろうか。それに、「今に」って一体いつの話だ?

会社務めであるが、半農なので農繁期になると休日は手伝いをする。
去年、今年と、2年連続で具合が悪くなったのだそうだ。
去年は腰で、今年は左肩が痛みだした。夜も左肩が痛んで目覚める。それで又、整形外科を受診した。

X-rayと超音波検査で「肩のスジが切れているから、手術になる」と診断された。
来週には、MRI検査の予定が組まれたそうだ。

自動運動でも肩関節の可動域は、ほとんど問題ない。
伸展運動だけが最終可動域で、三角筋後部から三頭筋にかけて痛みを訴える。
負荷をかけた動きで、それが顕著になる。それでも、最近は痛みも大分楽になったきているそうだ。
明らかに上腕三頭筋膜のスベリ運動ができていない。そのリリースを行うと、痛みは7割ほど軽減した。伸展可動域を改善するテーピングを行う(上腕骨頭の突出部の皮膚・筋膜を弛緩させる方向に伸縮性テープを貼った)。すると、三頭筋への負荷運動でも良好になった。明らかに筋筋膜痛である。

「本当にスジが切れているって言われたの?」
「はい、超音波検査で言われて、来週MRIです。今、手術は困ると言ったら、スジは再生できないから手術以外ないそうなんです」。

腰はどうなったとも聞かれたようだ。
「今でも痛む時はあるが、脚の痺れは治った」と言ったら、「それなら腰の手術は今でなくてもいい」という話になったようである。

筋筋膜の問題に意識が向いていないと、とんでもない診断に強引に結びつけられてしまう。
それとも別の狙いが働いているんだろうか。
「そのセールストークに学んだ方がいいでしょうか?」と、皮肉のひとつも言いたくなる診たてだなぁ~!
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by m_chiro | 2012-05-27 08:40 | 症例 | Trackback | Comments(6)
ブラッドパッチ承認の明と暗
脳脊髄液減少症 「髄液漏れ」先進医療承認 ブラッドパッチ、健保適用へ一歩

「脳脊髄液減少症」が先進医療として承認されることが決まったようだ。各メディアが報じていた。
本当に髄液漏れで苦しむ患者さんにとっては朗報だろう。

もう一つ、頭蓋療法を行う徒手治療の領域にも明るい兆しとも言えるだろうか。
頭蓋療法では脳脊髄液の循環を促す手法が使われたりする。。ところが脳脊髄液の循環は治療者の感覚に委ねられていて、その役割やメカニズムが明らかになっているとは言えない。

第一に、成書に記載されている脳脊髄液の循環経路そのものが怪しい。
大阪大学名誉教授・解剖学者の橋本一成先生の学説からも、そのことを知ることができる。
以前の記事「再び、第3の循環系「脳脊髄液」について①」でも紹介したが、従来の循環経路では水頭症になるだろうという話でもある。
ウサギやネズミにはクモ膜顆粒は存在しないらしい。実体顕微鏡でも、走査電子顕微鏡でも観察できないのだそうだ。にもかかわらず、アメリカの「脳脊髄液」という大書には「目に見えないクモ膜顆粒から髄液が吸収されていると考えられる」(橋本一成著「解剖学の抜け穴」)とされている。

ところで水頭症の病理では、脳室からクモ膜下腔へ、そしてクモ膜顆粒から静脈洞へ排出されるルートで通過障害がある交通性水頭症として病態分類されている。

クモ膜顆粒は果たして最終的な吸収・排出の部位なのか、実際の循環ルートも明らかになってほしいと願うばかりである。

それだからこそ脳脊髄液の問題に焦点が当たり、関心が集まることで明らかになることがあるのでは、と期待したいのだ。
逆に、根拠がないと証明されることにもなりかねない。それでも、これもまた一歩前進である。

その一方で、この疾患に関する暗部も見え隠れする。
十分な診断基準が確立されているとは思えないからである。
例えば、脳脊髄液減少症による頭痛に「ブラッドパッチ」を行っても、その「軽快率は半数程度」という報告もある(斉藤洋一著「頭痛・疼痛治療の最前線」、2004)。
ブラッドパッチの限界も指摘されているのである。
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例えば、この疾患の頭痛は、立位で悪化し臥位で消失するのが特徴とされている。
と言うことは、症状を追うことで診断が行われているのだろうか。

確定的には「RI脳槽シンチグラフィー」で髄液漏れを確認することになるのだろう(シンチグラフィーの図で明らかなように髄液漏れの痕跡が認められる)。

ブラッドパッチで軽快しなければ外科的に硬膜の破れを塞ぐのだろうが、二者の手法の違いを分ける基準は何だろう。

ブラッドパッチの軽快症例は、本当に「脳脊髄液減少症」なのだろうか。

診断基準の曖昧さは、そのままこの病態のよく分からないところでもあるように思えてくる。
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by m_chiro | 2012-05-25 18:35 | 症例 | Trackback(2) | Comments(4)
桐子の療養生活
愛犬の桐子が子宮蓄膿症を発症し、急遽、子宮卵巣の摘出手術を終えて10日ほど経った。
「エライことになった!! (桐子の大出血)」

しおらしく療養生活に入って、最初に復活したのは食欲だった。
最近では散歩の距離も伸び出し、足取りも軽やかになっている。
有難いことに多くの人からのメールやコメントでご心配いただいた。
なんとも幸せなことである。

写真のように、私が治療室に入ると、ドアの後ろでいつもの控える姿も復活し出した。
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昼時は、居間でベビー籠のハウスで爆睡している。
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どうにか一安心と言ったところだが、抜糸が済むまでは油断できない。

何しろ、缶詰を開けて盗み食いしたり冷凍庫を開けて冷凍食品を盗んだり、何しろ凄腕の盗人なのである。
私がいるときは従順にしているが、出かけると知るや、盗人家業に精を出す不届き物なのだ。

術後は動物病院のゲージで、ヘッドカラーをつけられて、ボーとした表情ながら迷惑気な態度だった。
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それが翌日には「ゲージから出せ」、「ヘッドカラーを外せ」とばかりに吠えまくったらしい。
獣医さんも「うるさくてたまらん」と根を上げる始末だった。

だから、自宅ではヘッドカラーは付けないことにした。
その気になれば、勝手に取り外してしまうだろう。
でも、獣医さんには傷口を舐めさせないようにと、きつく言われている。

思案した挙句、家内の古いTシャツを細工して着せることにした。
ウエストラインは赤いリボンで絞った。舐め防止である。舐めようとしても、注意するとすぐに止める。私の前では従順である。

だが、夜に寝静まると怪しくなる。だから添い寝している。
夜中に2~3度「ダメ」出しをしたこともあった。
ともかく抜糸が済むまで外出もままならない。

19日~21日までは酒田祭りで、本祭りの20日は日曜日である。しかも夏日。
酒田の全人口の1.5倍の人出だったようだ。
やむを得ず家で過ごすことにした。
ご心配いただいた皆さんに、桐子の療養生活をリポートしておきます。
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by m_chiro | 2012-05-22 12:52 | わん・にゃん物語 | Trackback | Comments(0)
さぁ、孟宗汁三昧だぁ~!
鳥海山麓からみえる患者さんから、掘りたての孟宗を沢山いただいた。

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今年は気候の関係で少し時期が遅れたが、今が旬である。
孟宗の繊維質を沢山食べて、身体の解毒もしてしまおう。

今日から酒田祭りも始まるし、しばらく孟宗汁三昧になりそうだ。

早速、夕べは掘りたての柔らかいうちに孟宗汁を作った。
厚揚げにコンニャク、椎茸、極めつけは庄内のブランド肉・平牧の金華豚のバラ肉、それに大吟醸の酒粕も入れたみそ味です。美味しいはずです。
七味を入れて、いや~、大満足でした。
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by m_chiro | 2012-05-19 17:31 | 庄内の記 | Trackback | Comments(2)
「スラスト」も「リコイル」も速度が決め手
マニピュレーションで、運動系に有効に働く刺激の要素って何?

理学検査で筋力テストは頻繁に用いられるが、マニピュレーションが筋力に及ぼす影響は実際のところどうなのだろう。
研究では、マニピュレーションを行った部位の筋活動電位(electromyographic activity)を測定する方法が使われているようである。
カイロプラクティックの中では、徒手筋力テスト(MMT)による変化を調査したものものあるらしい。だが、まともにデザインされた研究は、ひとつもないとされている。
MMTならば我々でもできそうだと思うが、そんなにあまい話ではないようだ。

MMTを使うカイロプラクターは多いが、必ずしも一様の手法で行っているとは限らない。だから結果にバラツキがある。
MMTの熟練度によって、いわゆるアーチファクト(偽りの所見)や、クロストーク(信号の混戦)の問題が絡む。この問題は筋電図記録でも起こりうる問題ではあるのだが...。
より少ないリスクを考慮すれば、胸椎へのスラストによる変化を見た方がよさそうだ。
というわけで、胸椎に対し片側性の後方-前方スラスト(高速低振幅スラスト)を行って調査している(Herzog,Suter)。そのスラストによる筋電図活動を、反対側の傍脊椎筋で観察したのである。

さて、マニピュレーションでの重要な技術的3要素は、1.角度、2.力度、3.速度にあるとされる。
これらの要素をバラバラにして、果たしてどの要素が筋電図活動に影響を与えるのは、どの要素の刺激なのだろう。マニピュレーションとはキャビテーションを含む関節操作のことである。キャビテーションとは、あの「ボキッ」というクリック音(cracking)のことである。

研究では、クリック音は活動電位の誘発に影響しなかった。力の大きさも影響しなかったが、大きな影響が見られたのは唯一「速度」であった。
ということは、筋電図活動に影響を与えるようなマニピュレーションの刺激要素は「速度」ということになる。

速度が重要な刺激要素であるとするなら、それは押す速度だろうが、引く速度だろうろうが、どちらでもいいという話だろう。
ならば、「リコイル」も「スラスト」も、速度という刺激の視点で見れば同じ効果を引き出せる、ということになるはずだ。「押してもダメなら、引いてみろ」とは言うけれど、鍵は「速度」なんだ。
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by m_chiro | 2012-05-18 09:04 | カイロプラクティック | Trackback | Comments(2)
今年も優雅に咲いてくれました
毎年この時期に花をつける君子蘭が、今年もいっぱいの花をつけてくれた。
黄花の君子蘭で、患者さんが「すごいね」「きれい」と喜んでくれる。
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こちらはデンドロビューム。
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昨年、患者さんが「花後の株分けをしたから、来年咲かせて!」と、頂いたものだ。
どんな花が咲くのだろうと楽しみにしていたら真っ白の花で、どちらもとても優雅な姿の花である。

子供の頃は昆虫を捕まえては標本などを作っていたが、今は花に関心を持っている。
庭に鉢を置いてメダカも飼っている。その鉢には水辺に育つ植物を植えている。
水の浄化にもいいからだ。
屋敷にはヤモリの一家も生息しているし、子供が小学生の頃にどこかから連れてきたカエルも毎年出没する。それさえ命を繋いで生息しているのだろう。
生き物が好きである。
そんな生き物を観察していることで、子供の頃のワクワクする感覚を忘れないでいることができるように思う。

今年は気温の変化が激しく、田植えもやっと終盤に差し掛かっている。
治療室では、もう半年もヒーターが使われている。
酒田祭りも近づいたが、なかなか気温が安定してこない。
せめてもと、治療室では花が和みを与えてくれている。
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by m_chiro | 2012-05-17 08:52 | 守屋カイロ・オフィス | Trackback | Comments(0)
エライことになった!! (桐子の大出血)
愛犬・桐子は今年12歳になる。
子犬のときに捨てられて、わが家にきた。甲斐犬のMixで15㎏ほどの中型犬である。
ヒト年齢でいえば60歳そこそこというところだろうか。

昨年半ば頃から老いが目立ちはじめてきたが、声も野太く食欲も旺盛で、散歩も元気にこなしていたのだ。それが1か月ほど前に生理を終えてから、水をカブガブ飲むようになり、お腹をパンパンにしている。
車の座席に飛び乗るのも躊躇するようになり、なんと老いが来たものだと思っていた。

それが数日前から、急に動きが更に緩慢になってきた。散歩のあとに後肢の筋肉に振るえが見られるようになった。やがてそれは安静位でも見られるようになって、私はてっきり脳の運動機能系でもやられたのかと思った。その夜は、桐子に添い寝して一夜を過ごしたのだが、あの食いしん坊が一夜明けたら全く食べなくなった。大好物のササミを煮てあげても、ほんの一口食べただけで拒むようになったのである。

翌日は、私が仕事を終えるのを出迎えようとドア越しでいつものように待っていたのだが、廊下を見ると点々と血痕があるではないか。
なんだ、出血してるぞ!、と慌てている間に、ドバッと大量に出血してしまった。
動揺しながらもタオルで押さえて寝かせたのだが、治まる気配もない。
やむなく、急遽、紙おむつを買い求めて当てたのだが、2~3時間ごとに変えなければならない状態だった。

小水や便にはそんな兆候はないので、きっと子宮出血だろう。
であれば、何だろう?
思いつくのは悪い病名ばかりだった。
翌日になっても治まる気配がなく、出血に混じってオリモノも出ているようだ。
匂いがきつい。もうこれで最後だろう、と覚悟を決めた。

最後の夜になるかもしれないと家内と共に添い寝して、交代でオムツ替えなどしながら看病した。
明けて日曜の朝に友人の獣医に電話で相談したら、病状を聞いて「子宮蓄膿症」だと思う、と言われた。

子宮蓄膿症? そんなのあるの? まったく無知と言うほかない。
そのままでは1週間以内に死ぬぞ! すぐに連れて来てと言うことになり、大急ぎで犬ねこ病院に向かったのである。

子宮蓄膿症とは、大腸菌などの細菌がメス犬の膣から子宮内に侵入して異常繁殖し、炎症がひどくなって化膿するのだが、子宮内に膿がたまるほど悪化する細菌感染症のことだ。この病気になりやすいのは、避妊手術を受けていない中高年齢期のメス犬である。

避妊手術を勧められていたのだが、その意味を十分には理解できていなかったのである。避妊していない犬の子宮癌や子宮蓄膿症のリスクを避けるために摘出するというのであれば、心臓病にならないために心臓を摘出するという論理と同じだろうと思っていた。犬を飼う上で、避妊は飼い主の大事な務めなんだ、と今更ながら実感させられたのである。

腹部エコーで子宮蓄膿症に間違いないだろう、と言うことになった。血液検査の結果も、手術に踏み切る体調のギリギリラインだと言われる。

桐子の場合は、出血と共に膿も大分出たのがせめてもの救いだったようだ。化膿菌の毒素が身体中に回ったら、本当に危なかったかもしれない。膿は白血球の死骸であるから、桐子の子宮で白血球は相当のバトルを繰り返していたのだろう。

そんなわけで点滴に止血剤を射れて、午後一番での手術が行われた。
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取り出された子宮と卵巣、なんと正常の数倍ほどに膨れ上がっている。卵巣は癌化していた。
そう説明された。手術は成功だった。
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術後、麻酔から覚めた桐子は、私の姿を見るや立ち上がってゲージから出ようとする。
桐子はその夜、病院に一泊することになった。初めてのお泊りである。

その翌日の昼頃に、先生から電話があった。
朝食事もとって、散歩もして、普通になっているがうるさくてしょうがない、と言う。
檻から出せとばかりに、わんわん吠えまくっているらしい。
退院予定は午後6時であったが、もう早く引き取りに来て!、と閉口したように言われた。
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家に帰ってきた桐子。
早速、水をたっぷりと飲んでいた。
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シッポもピーンと上がっている。
やれやれである。大騒ぎだった。
今日は、我々もぐっすり眠れるかな....。
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by m_chiro | 2012-05-15 12:58 | わん・にゃん物語 | Trackback | Comments(4)
「痛み学」NOTE54. 何が、何ゆえにルートのポイントを切り替えるのだろう?
54. 何が、何ゆえにルートのポイントを切り替えるのだろう?

“Nociception Is Not a Symptom; Nociception Is Not Pain”

By David Seaman, DC, MS, DABCN

これは前回紹介した論文「Dysaffarenntation」の第一著者であるDavid Seaman D.C.が、“Dynamic Chiropractic”(Vol.24)誌に書いた論説である。
とても重要な見解を述べている。

Seaman,D.C.の指摘によれば、医師(MD)やカイロプラクター(DC)が間違えることのひとつに「侵害受容感覚(Nociception)と痛みを同じと見る」ことであると言う。
だからこそ、臨床家は神経科学の原則を等しく心しておくべきだと言うのである。

侵害受容感覚(Nociception)とは、侵害刺激を受容したときの感覚である。

その感覚が引き起こす可能性がある結果が「痛み」であるが、それはあくまでも結果のひとつに過ぎない。他にも様々な自律神経症状の結果にもなり得るわけで、侵害受容感覚は痛みやその他の症状とイコールではないのである。

要するに、この論説のタイトル「“Nociception Is Not a Symptom; Nociception Is Not Pain”侵害受容感覚は症状ではない;侵害受容感覚は痛みではないということだ。

そのことをよく理解するために、Bernard Feinstein博士の「局所痛と関連痛のパターン」を調べた研究(1954年)を取り上げている。

Feinsteinの実験では、被験者の棘間に高張性生理食塩水の注射を行っている。
この注射(深部侵害刺激)によって痛みを発症するルートはよく知られている(原文の図参照)。
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Aδ線維からの求心性ニューロンは新脊髄視床路、C線維は旧脊髄視床路、これらの前側索系のルートを通って「視床」、「視床下部」に至る。視床からのシナプスから辺縁系に投射されて「痛み」や「苦痛」が生まれることになる。

この実験で重要なことは、高張性生理食塩水の注射ですべての被験者が痛みを経験したわけではない、ということである。

では、痛みを経験しなかった被験者のグループはどうなったのだろう。
彼らは、痛みの代わりに複合した苦しい症状に悩まされたのである。
どんな症状かと言うと、蒼白、発汗、除脈、血圧降下、気が遠くなる感覚、吐き気、失神などである。
Feinsteinは、これを「自律神経随伴症状」と呼んでいる。

同じ侵害刺激が痛覚系や苦しみの情動系のルートを辿るかと思えば、自律神経症状のルートを辿ることもある。

鉄道のレールでも、行先を変えるためにポイントの切り替えがある。

さて、侵害刺激という始発の感覚が、前側索系を経由して痛覚・情動系のルートへ、そこには「局所痛」へ行くルートと「関連痛」に行くルートがある。
あるいは自律神経反応賦活系(内臓症状)のルートもある。

それぞれが、行先のルートを変更するためにポイントが変えられる。
さて、そのポイントの切り替えは、何が、何ゆえに行っているのだろう。

謎解きは容易ではないが、「侵害受容感覚」は「痛み」や「症状」ではないとする区別だけは、しっかり認識しておく必要がありそうだ。

参考文献:「WITH YOU-JSC NEWS‐」Vol60、「侵害受容感覚(Nociception)は症状にあらず:侵害受容感覚は痛みではない」(David Seaman,DC,MS,DABCN、守屋靖大訳)
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by m_chiro | 2012-05-09 18:08 | 痛み学NOTE | Trackback | Comments(2)



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