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痛みは脳の中にある ⑥
痛みは脳の中にある
⑥ どんな痛みの評価が行われているのだろう


個人的な体験である痛みを、さて、どう評価すべきだろう。
出来る限り客観化するために、臨床的にはさまざまな工夫がされているようである。

例えば、「マックギル疼痛質問表(McGill pain questionnaire;MPQ)」がある。
1972年にMelzackが開発提唱したとされる評価法だ。痛みを表現する言葉が102語あげられている。それらが20のカテゴリーに類され、しかもその一語一語が1~5レベルにランク付けされている。最終的に、ランク付けられた点数の合計点で評価される。

数字化することで、より客観化された痛みに近づこうとする試みである。
このMPG、臨床上はあまり一般的ではないようだ。どうも痛みの表現に民族性や国民性で違いがあり、日本人向きではない表現があるのだそうである。

われわれ徒手療法にも馴染みの評価法といえば、VAS(Visual Analogue Scale)と呼ばれる痛みの評価スケールである。
これもより客観化するために、患者さんの主観的な痛みを数字で評価する方法である。
同じようなものにNRS(Numerical Rating Scale)がある。
NRSは痛みの無い状態を「0」とすると、想定できる最大の痛みを「10」としてナンバリングされている。
患者さんは今の自分の痛みが10ランク評価の幾つぐらいかを示す自己申告の評価法である。

ところがVASにはナンバリングはない。
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一本の直線があるだけで、左端を痛みのない状態だとすれば、右端は最大の痛みである。で、自分の痛みは一直線上のどの辺にあるかを示してもらう方法である。そのVASスケールにはナンバリングが裏打ちされていて、患者が示した位置から検者が裏打ちされた数字で表記する方法である。

なんで、こんなややこしいことをするのだろう。
人あるいは地域性や国民性によって好きな番号や忌み嫌う番号があると、その番号に無意識に影響される傾向を除外するためのようである。なるほどと思う。こうしたスケール・ツールの販売を江崎器械さんにお願いしておいた。

子供や老人向けにニコニコマークのフェイス・スケールもある。
このファイスにもナンバリングされているので、やはり痛みは数字によって評価する方法である。
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またQOLやADLから腰痛を評価する「ローランド・モリス機能障害評価法(RDQ: Roland Morris disability questionnaire)」、やオズウエストリー腰痛障害質問表(ODI: Oswestry disability index)もある。これらもやはり統計分析されて数字化される。

その他にも、いくつもある。熊澤孝朗先生監訳の「痛み学」(名古屋大学出版会)には、熊澤先生が巻末付録として「アセスメント・ツール」のサンプルを30ページにわたって紹介している。 これらを参考にして、自分の治療室にあった有用性の評価フォームを作る選択もできる。

医療では、器械による「電流知覚閾値(CPT)」、「疼痛耐性閾値(PTT)」という客観的測定も行われるようになっているようである。客観的測定といっても、電気刺激を実際の痛みに置き換えられているわけで、その人の痛みそのものではない。でも、これらはすべて共有できない痛みに出来るだけ近づこうとする試みでもある。

また、慢性で難治性の痛みには「ドラッグ・チャレンジ」も使われるようである。生食とドラッグ後の1分間と5分間でのVAS記録から、効果的な鎮痛薬を見つける方法である。効果的な薬物が見つかれば、その薬の作用効果から難治性疼痛のメカニズムを想定できる。
「ドラッグ・チャレンジ」は、とても興味深い。効果の期待できない薬を闇雲に投与するよりも、実用性の高い方法であるように思う。

こうした痛みの評価法による結果でも、決して実際の痛みそのものではない。
また、治療者が治療の評価のためだけに行うものでもないだろう。
あくまでも患者さんの痛みのためのものである。
その痛みにできるだけ近づいて、そこから改善していく手立てを考えるものだと思う。
治療方針を決めるために、役に立つ情報を集めて統合することが求められている。
したがって、評価の仕方も一様ではなく、特に慢性痛では評価モデルの工夫も必要になるのだろう
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by m_chiro | 2012-01-28 09:26 | 痛み考 | Trackback | Comments(5)
Don't think! Feeeel!
前回の記事に、タクさんが寄せてくれました



ブルースリーの名言です。
「考えるな、感じるんだ!」

治療での感覚の隠喩のように聞こえてました。
治療家にも、この隠喩がきっと分かるだろうと思います。
記事で触れた「見ないでみる」、「押さないでおす」、こんな感覚を感じてきました

今また、このシーンを何度も見れることに感謝です。


「五感を研ぎ澄ますんだ」

「Don't think! Feeeel!」

「月を指差すのと似たようなもんだ」

「指に集中するんじゃない! その先の栄光が得られんぞ!」


この感覚も、とてもよく理解できます。
いいですね。私には「金言」です。

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by m_chiro | 2012-01-23 22:21 | 守屋カイロ・オフィス | Trackback | Comments(2)
せめてボランティアの役に立てたかな...
この時期は、毎日の除雪作業の影響で腰痛患者が多くなる。
今日の新患さんの腰痛は、除雪作業で痛めたものではなかった。
震災地区へのボランテア活動で重い物を持ち上げようとしてギクッとなったらしい。
そのまま帰宅して4日目を迎えて来院した。週末からまた出かける予定になっているようである。「待っててくれる人たちがいるので、何とか出かけたいのだが......」。
頭の下がる心意気である。

体幹を真っ直ぐに立てて動いている。前屈が辛いようだ。
徒手療法には、身体機能を抑制バランスでみるスキルが数種類ある。
すべて反射機能の変化を捉えながらみていく方法である。

例えば、下肢長差の変化、フェシオエナジュティック、AKのTLやチャレンジ、αニューロンの遅延反応、オステオパスが多用する圧変動や内圧変動などなど。

私もこれらを使い分けしている。急性の痛みを訴える患者さんには、できる限り負荷かからない方法を使う。

このケースでは内圧変動で身体所見を取った。
内圧変動の方法を文章にするのは厄介だが、敢えて言えば「押さないで押す」という感覚だろうか。
「見ないで観る」という表現を使ったこともあるが、「何にそれ?」と言われそうだ。
ブルース・リーが映画の中で「考えるな! 感じるんだ!」と言った言葉にダブルようなもので、感覚を表現するのは難しい。

それはともかくとして、体表から圧を加えるのだが、実は内圧は押しても分かり難い。だから押さないで圧を通す。ところが内圧の変動が起きていると、そこは内部に停滞したポイントあるいは軸性の停滞を感じる。圧が通らずに、そこで止まるのだ。
それが左の肩から胸郭まで続いている。下肢は右の股関節部から右腰仙部にポイントで存在する。
この軸性から、痛めた時の体位が推測できる。重い物を持ち上げようとしたときに、右手で底部を支え、左手で上部を把握して持ち上げたのだろう。

センタリングを行ってから、停滞した内圧変動を解除したが、左の胸郭はかなり厄介だった。患部には触れていないが、それだけで前屈が40度ほどで右腰仙部に痛みを残す程度に回復している。
今度は座位で仙骨ベースを固定して前屈させると、これがOKである。
この右腰仙部の圧縮障害を解除して治療を終えた。

動きや歩行が平常になり、「痛いところを触らないでも治るの?」と頭をかしげながら、「ボランティアにいけそうですね」と俄然行く気になっていた。
ご苦労様です。
まだまだ震災対応は先行きが見えないようです。胸が痛みます。
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by m_chiro | 2012-01-20 12:41 | 守屋カイロ・オフィス | Trackback | Comments(2)
痛みは脳の中にある ⑤痛みが医療に残した課題
痛みは脳の中にある 
⑤痛みが医療に残した課題


医療では、EBM(根拠に基づく医療)にしたがってエビデンスが求められる。
ところが、痛みはあくまでも主観的な感覚である。だから、誰もが同じ痛みを共有することはできない。その上に「痛みの定義」にも示されたように、情動・認知の側面を持つ。このことが痛みの定量化を一層困難にしている。

共有できない痛みが医療に投げかけた課題、それは痛みをどう評価するかというテーマでもある。「痛みの評価」は、医療サイドにとっても安易な問題ではない。足枷になっているのは医療が求める「根拠」にあるようにもみえる。

医療サイドが強調する根拠とは、どのように作られているのだろう。
それは、まぎれもなく「観察」だろう。何を観察するのか。おそらくは「身体」ではない。そう言えば語弊があるかもしれないが、「身体」と言うよりは身体を「画像化」したものだから「身体そのもの」ではない。

それから「数学」である。定量化された、あるいは統計に基づいた数字であろう。この数字が、身体の機能的側面の根拠をつくる。要するに「標準化された身体」である。この標準化された身体は「不変」なものとして存在する。医療者の頭の中に存在し、フォーマットされている。

だから医師は直接「身体」を観察する必要性を、先ずは感じないのだろう。何しろ「標準化された身体」というこの「不変なモノサシ」があれば、観察ができるからだ。この「モノサシ」で測ればいい。何を測るのか。あがってきた画像やデータを測るのである。実際の「身体」は、ここでは不要である。

何しろ実際の身体というやつは個性的である。ひとつとして同じではない。変化に富んでいる。そんなものは測定の邪魔である。標準化されたモノサシの範疇にあればOKだ。モノサシから外れた機能は、モノサシ内に収める対策が講じられる。また器質的な外れは、それが将来的にも重大な問題を残す可能性が予測されれば、外科的に対処される。すべては「不変」な数字や画像が支配している。

我々のような徒手療法家には、「標準化」された普遍的な身体はないと言ってよい。だから、実際の身体に直接あたって「変化」を見ている。「変化」を見るのは、その治療家の感覚だから、厄介なことに同じ結果になるとは限らない。そこが独善的だ、と批判されたりする。我々にとって感覚は不可欠な素質であって、だからこそそこを磨きこまなければならない。

医療とは本来「対面」であったが、今では「対データ」になった。
だから「顔も合わせてくれない」と批判も出る。画像やデータに向いていれば事足りるのだから、直接患者さんをじっくりと観察することもないのだろう。

さて、この根拠を求めようとする医療サイドの性は、痛みというエネルギー系に対しても客観化された証を探すようになる。ところが、エネルギー系は画像に写らないから厄介である。そこで、理屈に合わない根拠もまかり通ることになってしまうのだ。

「痛みの評価」が第5のバイタルチェックとされた今、一体「痛み」をどう評価し測定すればいいのだろう。これは、痛みが医療サイドに残した課題である。
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by m_chiro | 2012-01-16 09:23 | 痛み考 | Trackback | Comments(2)
寒空に「氷の世界」を聞きながら
もう何日も雪が降り続いている。
寒い日は首もすぼむ
道路はアイスバン。
転ばないように気を付けながら、わんこ達と散歩する。
犬たちは雪の中にでんぐり返りで大喜びだ。
温泉にでも浸かっている気だろうか。

今日は久しぶりにお日様が顔をのぞかせた。

駐車場を除雪した雪も両端に山となった。
患者さんも除雪作業での腰痛が多くなる。
夕べも地吹雪で車が立ち往生していた。
側溝に脱輪していた車もあった。
気が滅入る寒空だ。
朝は布団から出るのも億劫になる。

そんな気分には、井上陽水の「氷の世界」を聞く。
なぜか元気になる歌とリズムで、
しばし、氷の世界を楽しもう、という気にさせてくれる。
いいなぁ~、この歌。陽水の声、リズム、テンポ、ハーモニカの音色。
「まいにち、吹雪、吹雪、氷の世界....」

寒くたって、いいじゃないの~!
雪だって、吹雪だって、いいじゃないの~!!
もう、からだも自然に踊り出す曲だ。
(1976年のLiveから)


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by m_chiro | 2012-01-12 18:09 | 庄内の記 | Trackback | Comments(0)
バビンスキー反射を学びなおした
運動系の障害をみるときのルートは3つに分けられる。
ひとつは大脳皮質から脊髄の上位運動ニューロン系、2つめは前角細胞から末梢神経軸索の終末までの下位運動ニューロン系、3つめは筋・筋膜系である。
筋骨格系にかかわる痛みは、85~99%までが「自己限定疾患」とされている。ほとんどが徒手療法でも対応できるわけだが、わずか5%以内とはいえ除外すべきものが紛れ込む。
麻痺の疾患となると、徒手療法では除外鑑別が肝要である。

さて、昨年末に除外した患者さんの確定診断が出てきた。
結果の罹患部位は、私が推測した部位とは違っていた。除外すべき疾患に間違いはなかったのだが、罹患部位を誤ったのは一体どこに落とし穴があったのだろう。

見落とし原因の多くは病歴採取にあるそうだ。
疾患名を知らなかったとするものも多くあるが、「特定の情報に捉われて身体所見のとり方が不十分だった」とするのが10%ほどあるとされている。
どうも、その10%に含まれる「不十分な身体所見」が、罹患部位を誤ったようだ。

毎日が雪で、冷え込む夜に暖を取って、行った神経学的テストを反芻しながら、「ベッドサイドの神経の診かた」(南山堂)でおさらいをした。

バビンスキー徴候は、錘体路障害に対して信頼度の高いテストである。
でも錘体路障害があるからと言って、100%バビンスキー陽性とは限らない。逆に、バビンスキー陽性だからと言って、錘体路が器質的に破壊されているとは限らないということでもある。一過性の現象もあるらしい。母趾が背屈したからと言って、4趾に開扇現象が診られなければ、機能も正常で症候的にも問題ないこともあるようだ。つまり、反射出現の程度と錘体路の障害の程度は並行するものではないし、障害部位を特定するものでもないということである。

私が経験した中で、それは見事に母趾が伸展し4趾が扇形に開いた症例があった。クローヌスも典型的で、腱反射も指で軽く叩いただけで亢進(4+)していた。
そんな陽性結果が画像のように頭に染みついている。
だから、はっきりしないものは(±)と判定してしまう。でも、あやしいと思ったら同類の検査を数種類組み合わせて確認する必要があるのだろう。例えば、チャドック反射やオッペンハイム反射、ゴードン反射などと組み合わせることが必要である。
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深部腱反射の検査もそうだが、患者さんの緊張が解けた状態で行われなければならない。寒いときは足の緊張が解けないので、温かくする配慮も必要のようだ。

基本形は下肢の完全伸展であるが、緊張があるときには股関節や膝関節をやや屈曲すること。刺激はハンマーの柄を使うが、鍵の先端や安全ピン、爪楊枝の頭など、尖ったものが反射も出やすいのだそうだ。
バビンスキー反射は刺激の重積が必要なこともあるので、一回の刺激で止めずに数回繰り返すことが肝要らしい。また母趾まで刺激すると、母趾が底屈することがあることにも注意しなければならない。健側を刺激して障害側の母趾が伸展する「交叉性伸展反射」という現象もあるとか。

一通り検査のフォームを覚えたからといって、正確な検査を導き出せるとは限らないのだ。
この反射は、いわゆる「原始反射」のひとつなのだろう。発育に従って消失するからだ。生後2歳までは陽性にでることが多いが、これは単に錘体路の発育過程にあるというだけの話だ。

バビンスキーの検査で、正常では足底反射が起こる。足底反射の消失は、錘体路障害と考えられるわけである。これとて正常者で足底反射のない例が10%ぐらいはあるらしい。もしも足底筋や末梢神経の障害で、足底筋の麻痺があり伸筋が正常であればバビンスキー反射は錘体路の障害に関係なく陽性となる。

そう学んでくると、急性期の脊髄横断症候などでは「脊髄ショック」によりすべての反射が消失する。下行性の脳の命令がなくなり、脊髄の機能が抑制されるからからだ。これでホッとするわけにはいかない。数日後には反射機能のいくつかが再出現するからで、このときには痙性麻痺が起こる。

「ベッドサイドの神経の診かた」は良書である。版も重ねて現在は17版となっている。あわせて、最近気に入っているのが「神経診察クローズアップ」(メジカルビュー社)である。イラストや図が豊富でビジュアル的に学べるからである
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by m_chiro | 2012-01-10 22:20 | 症例 | Trackback | Comments(2)
明けましておめでとうございます
明けましておめでとうございます。
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昨年は多くの方々にお付き合いいただきました。
また、いろいろな学びもいただきました。
心よりお礼を申し上げます。

天気予報では、1月いっぱい雪マーク続きですが、
お正月の3が日は比較的穏やかな幕開けとなりました。
私はと言えば、年賀状を書いたり、お参りに出かけたり、
後は日帰り温泉につかりながら、のんびりと過ごしました。

今年も拙い記事ではありますが、よろしくお付き合いいただきたく、
お願い申し上げます。


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by m_chiro | 2012-01-04 16:16 | 守屋カイロ・オフィス | Trackback | Comments(2)



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