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「万理一空」
琴奨菊が大関に昇進することになり、その伝達式での口上で「万里一空」という四字熟語を引用して返礼したと報じていた。
この言葉は、宮本武蔵の「五輪書」に出てくる一節らしい。

「万里一空の所、書きあらわしがたく候へば、おのずから御工夫なさるべきものなり」。

武蔵が言うには、「万里一空」については書き表すのが難しいから自分で考えなさい、ということのようだ。
そんなわけで、「無我の境地」とか、「どんな理論や道筋も行き着く先は一つ」、「迷うことのない境地」などなど、いろいろ解釈されている。

「五輪書」も、昨今では「オリンピックの本」と思っている若者もいるらしい。そこまでいかなくても、「万里一空」は耳に新しい言葉だった。
私も琴奨菊になったつもりで勝手に解釈すれば、「迷うことなく只ひたすら、ガブリ寄りを極めよう」といったところだろうか。

いろいろ不祥事が重なり、また日本人の強い力士が出てこないこともあってか、相撲人気に陰りがでていた時に明るい話題だった。

相撲と言えば、酒田に在住して活躍する漫画家がいる。
佐藤タカヒロさんという方で、今は「少年チャンピョン」に「バチバチ」という相撲漫画を書いている。それが2年前に単行本になった。
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デビューは、やはり少年チャンピョンに連載した柔道漫画「いっぽん!」で、高校柔道部の活躍を描いた。

相撲をテーマにした「バチバチ」は相撲人気に陰りが出て来た頃からの作品だけに、どんな評価がされるか気になっていた。が、本人は只ひたすら相撲の魅力を一人の青年力士を通して書き続けてきた。
それが、単行本も11巻になった。
自分の求める道を只ひたすら描き続けている姿にも「万里一空」の言葉がダブった。
ひそかにエールを送りたい。
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by m_chiro | 2011-09-29 23:11 | 庄内の記 | Trackback | Comments(0)
すっかり秋の気配に本を読む
心配された台風も、庄内には被害をもたらすには至らず恙無く過ぎた。
大気も肌寒く、気配はすっかり秋空である。
日が暮れるのも早くなった。

降り続いた雨でぬかるんだ田んぼも、このところの秋晴れで落ち着いたようである。
稲刈作業もようやく始まった。
刈り入れ前のセシウムの検査もクリアされて、取り敢えず庄内の農家は胸をなでおろしていることだろう。

我が家の庭にも秋の花が咲き始めた。
黄花のホトトギスが我先にと咲いたので治療室に活けた。
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季節の変わり目になると、体調を崩す人が多くなるようだ。腰痛になる人も多い。
気象と体調の変化は関わりがあるに違いない。
秋の夜長に、今、「時間医学」(大塚邦明著)と「生理時計」(G..Gルース著・団まりな訳)を読んでいる。
これがなかなか面白い。

「時間医学」の背景にあるコンセプトは、「habilitaition」(獲得された能力)を「re」(再生)するというリハビリテーションの概念よりも、「ability」(機能)を「preserve」(保つ)という考えで「prehabilitaition」(プリハビリテーション)という概念にある。

そこには3つの基本スタンスがあるとしている。
1つは、クロノミクスを基本とする(調査データを煮たり焼いたり工夫を凝らして料理する)。
2つめは、「未病」への着眼と介入。
3つめは、地域に即した診断手法の導入。

ヒトが人として存在することの意味を見出そうとする著者の研究者、医師としての姿勢が感じられて嬉しかった。
文化人類学の視点を取り入れた医学観とでも言えるだろうのだろうか。
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by m_chiro | 2011-09-29 08:24 | Books | Trackback | Comments(0)
除外診断を依頼した高齢婦人の頭痛
ある高齢の女性の症例である。
大震災後の3月末頃に右の耳鳴りからはじまって、めまいと吐き気に襲われた。
病院に4日間の入院で良くなったが、今度は4月11日に再び右の耳鳴りからはじまり、「頭が裂けるようなガンガンする頭痛」がはじまった。

頭痛がくる前兆は眼の熱感で、それが頭部全体に及んでガンガンする痛みとなるらしい。
再度、病院で診察を受けたが、X-rayで問題なしとされて鎮痛剤を処方された。
だが、一向に改善しない。お医者さんに訴えても「何歳になったと思ってるんだ!」と言われるだけだ。「年を取ったからと言われても...」と嘆く。

就寝中でも痛みが繰り返し、眠れない。そんな時は夜中でも起き出して、冷蔵庫から氷を出して冷やすのがいいらしい。そんな日が4ヶ月も毎晩のように続いて食欲もない、と言う。

そんな高齢の老婦人が、何とかならないものだろうかと、娘さんに連れられて治療にみえたのは8月初めのことだった。

足腰は衰えて杖を使っている。右膝が変形してから杖を使い始めたようだ。
上肢も下肢も深部反射は出てこない。
頭部に触れると右の頭頂骨と側頭骨が膨張したように膨らんで律動が停滞している。
どうも血管の拡張性頭痛のようだが、先ずはこの頭部の停滞した律動を回復させることをねらってみた。

頭蓋のメカニカルな動きを回復させるために直接可動させる手法ではなく、内部からの律動を誘発させる手法を用いた。
それでも、なかなか思うように律動が起きてこなかった。
やがて頭頂骨と側頭骨が呼吸をはじめたように律動してきたので、触手を後頭骨から後頭底に移動させた。
すると、患者さんの顎がカクカクとクローヌスのように動き始めた。

あれっ!、と思って下顎反射を検査すると、上・下肢の深部反射とは相対的にやや亢進気味である。
発症の経過からみて「橋」の障害を疑った。とは言え、マニュアル神経学検査では、あのバビンスキー兆候でさえ一過性の現象が認められることもあり、陽性反応の兆候は総合的な判断が大切である。

もう少し様子を見ようと、下顎の動きが起きないポイントまで触手を移動して、更に後頭骨の律動を誘導した。
すると、今度は身震いするように身体を震わせる。では、仙骨から誘導してみようと、仰臥位のまま仙骨に手掌を滑り込ませて待つことにした。それでも身震いが連続して起こる。

この現象が起きない部位を使って、何とか頭蓋からの律動を促した。
治療後は頭痛も随分軽くなったと喜んでくれたのだが、さて、下顎反射の相対的な亢進状態が気になって、除外診断をお願いすることにした。神経内科医に紹介したのである。

治療の翌日、患者さんから電話があり「夕べは頭も痛まずにぐっすり眠れたので、このまま治療を続けてもらえませんか」とのこと。
治療を続けるのはかまわないけど、気になるところをはっきりさせたいので診てもらうように、と再度お願いしておいた。

その神経内科の先生も、MRIを通常の倍の時間をかけて撮り、丁寧に読影してくれたようである。
結果、年齢相応の変性はあるが病的な所見は見当たらない、ということであった。
やれやれ、である。

その1週間後に、また治療にみえた。氷を使わなくてもよいほど楽になった、と言う。
下顎反射が出なくなっている。顎がカクカクと動き出すのも消えた。
あれは一体何だったのだろう。

以来、週に1回の割合で治療を続けて5回治療を行なった。
治療を重ねるごとに痛みが薄れ、範囲も狭まり、身震いも起きなくなった。
「ご飯がこんなに美味しかったのか」と、つくづく思えるようになったらしい。

先日は、畑にも出かけるようになったと、お彼岸用に仕立てた立派な花を頂戴した。
重篤な問題が除外されて、順調に回復できたことが何よりだった。
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by m_chiro | 2011-09-25 00:02 | 症例 | Trackback | Comments(0)
「津軽のふるさと」を聴きながら...
強い台風15号が本州に上陸して、日本列島を縦断する勢いである。
雨雲は日本全土を覆っている。
私の地域でも2日前から間断なく雨が降る続いている。

台風が四国沖に接近すると共に、九州、近畿、東海地域にまで暴風雨が襲った。
被害は更に甚大になる気配である。
150万人を超す住民に避難勧告も出たようだ。
今夜から明日にかけて関東から東北・北海道にかけて北上する、とTVが報じていた。

東北大震災の後は、多量の雨が日本を襲う。何という年だろう。

東北も収穫の季節を控えている。稲刈がまだだというのに...。
TVニュースは、青森のリンゴ園でも既に水に漬かり収穫に影響がでている、と報じていた。
山形県もリンゴの生産が盛んである。
天変地異とはいえ、不幸が重なり、日本が更に大きなダメージをこうむる。
心配なことだ。

「リンゴ」で思い出した。
昭和28年に発売された美空ひばりの「「津軽のふるさと」という歌。大好きな歌である。
昭和27年公開の映画「リンゴ園の少女」に主演した時の、米山正夫作詞・作曲の美空ひばりの挿入歌だそうだ。敗戦後の日本の復興に元気を贈った歌のひとつだろう。

昨日の記事で砂川直子さんのリサイタルの紹介をしていた時に、彼女が歌ったらどんな感じになるのだろうと思いながら、You-Tubeでひばりさんの歌を聴いいてみた。

砂川直子さんの好きな歌謡曲に「川の流れのように」があって、良くくちずさむらしい。
きっと、「津軽のふるさと」も素敵に唄うのだろうなぁ~...。

りんごのふるさとは 北国の果て
うらうらと 山肌に 抱かれて 夢を見た
あの頃の思い出 ああ、今いずこに
りんごのふるさとは 北国の果て

りんごのふるさとは 雪国の果て
晴れた日は 晴れた日は
船がゆく 日本海
海の色は碧く ああ、夢は遠く
りんごのふるさとは 雪国の果て

ああ 津軽の海よ山よ
いつの日もなつかし 津軽のふるさと





いい声で、胸に響く。情感もあり、とても少女の歌声とは思えない。
さすがに天才歌姫である。

この動画に2ヶ月前のコメントが寄せられていた。

戦後の廃墟の中から、生き生き飛び立ったひばり(^^ゞ
今度の復興でも、新しいひばりが、こつ然と生まれること期待。


私もそう思う。

いろんな歌手がカバーした歌も出ていた。
その中で、松山千春のカバーは出色ものでした。
是非、お聴きください。


ああ、砂川直子さんの歌で「津軽のふるさと」を聴いてみたい!
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by m_chiro | 2011-09-21 17:18 | 雑記 | Trackback | Comments(4)
楽しみだなぁ~(^^♪)、砂川直子さんのソプラノリサイタル
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大好きな砂川直子さんの酒田でのリサイタルが決まって、ポスターが届きました。

早速、治療室の掲示板に案内しました。

酒田法人会・創立30周年記念のイベントとして企画されたリサイタルです。

幸運にも入場無料。酒田法人会から市民へのビッグなプレゼントです。
会場は酒田市の「希望ホール」で、11月11日(金)の公演です。

砂川直子さんは、東京・イタリア、長崎などなど、今年も日本のあちこちでご活躍でした。
歌姫はご多忙で、お疲れモードでも、私はただただ楽しみなだけ!

何しろ、彼女のリサイタルに出かけたのは、もう2年前のことになってしまいました。
再び、砂川直子さんの歌を聴きに行く

ですから11月は、今から“超楽しみ”です。

今回は市民のためのリサイタルなので、オペラの楽曲だけではなく聞きなれた歌も聴けそうです。
「赤とんぼ」、「この道」、「タイム・セイ・グッバイ」、「夜明けの歌」などがプログラムに入っているようです。

酒田市民のみなさん、
11月11日は、みんなで砂川直子さんの魅惑の歌声を聴きに行きましょう~!


きっと、幸せな気分にひたれます。

心に響きます。豊かな心が膨らみます。


楽しみだなぁ~(^^♪)

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by m_chiro | 2011-09-20 22:14 | 庄内の記 | Trackback | Comments(0)
「痛み学」NOTE47. トリガーポイントはどのようにして作られるのか①
「痛み学・NOTE」は、日々の臨床で痛みと向き合っている医師や日本を代表する研究者の著作あるいはホームページを通して学んだり考えたりしたことを、私の「学習ノート」としてまとめ、書き綴るものです。

トリガーポイントはどのようにして作られるのか
① トリガーポイントの現象


トリガーポイントの発生を理解するためには、筋収縮のメカニズムを理解しておくと分かりやすい。という訳で前回は、その機序を簡単におさえておいた。
痛み学」NOTE43~46. 筋肉はどのようにして縮むのか①~④

筋の収縮といっても、それは運動生理学的に正常な仕組みである。
当然、トリガーポイントにみられる収縮の状態とは違う。

筋の収縮は、単一の筋肉とその拮抗あるいいは共同する作用による筋との関わりで起こるので、その作用は広範囲の筋肉に及ぶことになる。
ところがトリガーポイントは筋肉の局所的な現象である。

したがって一口に「筋の収縮」と言っても、生理的に正常なものではなく少し異なる現象である。
トリガーポイントにみられるような収縮現象を、英語では「contraction knot」と表現するようだ。

要するに筋線維の一部が拘縮した上に「knot」という「結び目」状態、あるいは2本以上の線維が絡み合った「結紮」状態をさしている。

触診すれば、それが帯状に認められることから「索状硬結」とも表現される。
筋線維の塊となった硬結である。
その帯状の硬結の中に過敏な圧痛部位があれば、それは活性された硬結である。

その硬結を刺激(圧縮・短縮や受動的なストレッチなど)すると、そこから離れた部位に関連痛を起こすことがある。その硬結がトリガーポイントである。
この関連痛は、患者が日常的に自覚する痛みとして再現されるものだ。

押圧すると飛び上がるような痛みがあり、これをジャンプ・サインという。
かと言って、トリガーポイント自体を肉眼で捉えることはできない。
触診刺激では局所単収縮反応や鳥肌、発汗などの交感神経反射の現象をみることがあるが、これとて必ずしもトリガーポイントの異常所見と決めつけるわけにはいかないだろう。

局所単収縮反応は鍼の刺入時にも起こるらしいし、筋膜や骨膜の刺激でも起こる。
だからトリガーポイントや筋肉における特異的な反応とは言えないのだろう。
もちろん、画像診断、病理検査、血液検査での異常所見もみられない。
だから厄介でもある。触診で確認するしかないのだ。

トリガーポイントを内包する筋筋膜が、持続的あるいは過剰に動かされることで、筋の緊張度が亢進することも誘因になる。
あるいは寒冷の急激な変化や加熱など、また心理的緊張状態など情緒的な苦痛などもきっかけになるとされている。
これらは血管収縮による反射性の筋痛である。

また、活性トリガーポイントがもたらす症状は痛みだけではない。
しびれ感、感覚鈍麻のような感覚の異常もみられる。もちろん運動は制限される。
自発痛もあり、痛みのため筋力も低下する。
視覚や前庭(三半規管)、位置感覚の乱れも生み出すと、J.G.Travellは「トリガーポイント・マニュアル」の中で述べている。

筋の中央部に出来たトリガーポイントをセントラル・トリガーポイントと呼ぶそうだが、トリガーポイントは筋の中央部にのみ存在するわけではない。
骨の付着部周辺やや筋腱移行部にもよく見られるからでである。
が、これらはセントラル・トリガーポイントによってコントロールされている、とTravellは記載している。

ということは、筋腹にできたセントラル・トリガポイントがキーとなる責任トリガーポイントであり、そこから離れた関節やその周辺の組織に関連痛を起こすというのが、あくまでも典型的なパターンなのだろう。
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by m_chiro | 2011-09-15 22:47 | 痛み学NOTE | Trackback | Comments(4)
勝手に...、「愛と悲しみのフリーダ」
このブログに、時々コメントや文献などの情報を寄せてくれるタクさん。
どんな方なのか詳細は存じ上げないのですが、慢性疼痛を抱える患者さんです。
何よりも、多才な能力をお持ちのようで驚きです。
我々などタジタジの痛み学の知識を披瀝されたかと思えば、今度は何と...。
いやぁ~、ビックリの才能です。

先日の記事「痛みは脳の中にある①フリーダの痛み」にフリーダ・カロの「折れた背骨」の絵を紹介したところ、それに触発されて旋律の浮かぶにまかせて作曲されたのだそうです。
その曲をプレゼントされたのですが、一人で聴くには余りにも贅沢。
もったいないので、ここに紹介します。

題名はまだ付けていないのだそうですが、勝手に仮題をつけました。
一応、「愛と悲しみのフリーダ」としておきます。
「ある事にインスパイアされて、悲しい痛みとか、人生を曲にしてみました。相変わらず、適当で下手ですが...」とタクさんからの謙遜のコメントが寄せてあります。動画では、楽器の上に「触診マニュアル」の専門書が乗っていて、いかにもタクさんらしいマニアックな一途さが...。

私には音楽の出来・不出来は分かりませんが、深く心に沁みてジーンときました。
痛みと闘いながらも、愛に生きた彼女の人生まで彷彿とするような曲でした。
フリーダの涙が五線譜の上に落ちて、旋律が出来上がったようなイメージで聴きました。

もう一度、「折れた背骨(1944)」の絵と、もう一枚「希望の樹(1946)」の2枚を貼り付けておきます。
「希望の樹」の絵は、ニューヨークで大手術した後の絵です。
これで痛みから解放されると楽観していたフリーダは、メキシコに帰ると再びもっと強い痛みに絶え間なく襲われるようになり、ひどく落ち込んでしまったようです。日記には、手術にあたった外科医たちを「外科医の下衆野郎どもが腕をふるって作った傷」と手術痕について語っています。

「希望の樹」は陰陽2元論を取り入れた構成で、右側には月夜の中で内心の希望に満ちたフリーダが描かれています。手には「希望の樹は強い」と書かれた旗を持ち、コルセットを外して手に持って...。月夜の中のただひとつの希望、光明でしょうか。
左側には、痛みから解放されるどころか逆に悪化した上に、大きな手術痕を残した現実のフリーダが描かれています。
希望と絶望、太陽と月、心と身体の陰陽を現しています。
手術で救われるという願望論がフリーダを支配していたのでしょう。
彼女の希望と絶望が同居しているような絵です。
慢性痛症の患者さんの心象を象徴しているような絵に思えます。

フリーダ・カロは47才の生涯で200点の絵を描きました。
絶筆となったのは「スイカ(1954)」の絵ですが、
そのスイカの赤い果肉に「ビバ・ラ・ビダ(人生万歳)」の言葉を添えました。
痛みと闘いながら、あるいは生と死の境をさまよいながらも力強く生き、「人生を愛する心」に確かに辿りついたのでしょう。

絵を眺めながら、お聴きください。
フリーダの人生と重なって、心が揺さぶられます。



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by m_chiro | 2011-09-06 20:57 | 痛み考 | Trackback | Comments(8)
痛みは脳の中にある②
② ありのままを、そのまま受け入れることからはじめたい

まったく個人的な体験、とされる「痛み」。
誰もが同じ痛みとして共有することはできない、とされる「痛み」。
このことは痛みの患者さんにとっても、また治療する側にとっても、双方に重たい問題を突きつけている。

「自分の痛みを分かってもらえない」、あるいは「原因を特定してもらえない」という患者さんの苦しみには、計り知れないものがあるだろう。これが痛みを蔓延させる一因となり、痛み治療に対する不満となって現れる。痛みを抱える患者さんは、きちんと対応してくれる医者を求めてさまよう。その心情は察するに余りある。

一方、治療する側にも迷いがある。共有できない痛みをどう評価し測定するかさえ、医療の間で共有されているとは言い難いからだ。治療家も、ともすると自分の概念を患者さんに押し付ける。あるいは、その概念の中に押し込んでしまいがちになる。

2004年のことである。ある女性の患者さんとの出会いがあった。2008年に、その体験を記事にした。(「私の考えるケア」① ある患者さんとのエピソード)

その患者さんは、4年ほど前に他県から来院した33歳の独身の女性である。慢性腰痛のためにあらゆる治療を経験してきた人であったが、30歳のときに鍼治療を受けた。その時に腰にうった一本の鍼がとても痛かったそうだ。

それ以来、鍼を刺されたところが痛み出し、長時間の立位や重いものを持つのが困難になってきた。彼女は本屋さんの店員さんだったが、結局仕事も辞めざるを得なくなり家に引っ込むことになったそうだ。それ以来、今度はその鍼の痕の痛みを治すためにジプシーを続けて3年経ったという患者さんである。

運動分析をすると制限されている動きがある。しかし、彼女は全方向の動きで鍼を刺されたところが痛むと訴える。「ここです。ここ! 針を刺した痕が残っていませんか?」と食い下がる。

「3年前に刺した痕が残っているわけがないでしょう! それより動きの制限されているところを調整してみましょう。それで痛みがどう変化するか見てみましょう」。

数回も治療すると、制限された動きもなくなりスムーズに動けるようになったが、彼女はやはり全方向の動きで痛いと訴える。変化はないと言う。「鍼を刺した痕がないですか? ここのところなんです」。

鍼をした痕という部位にもズレがある。慢性的になれば、多シナプスになるので漠然とした部位になるのはしょうがないことだろう。私としては痛みの可塑的な変化が起きている可能性を考えて、運動と行動の認知療法を取り入れてみることにした。

痛みと治療の情報を与えて、在宅でのエクササイズを指導したのだが、結局「痛くて運動は出来なかった」らしい。では段階的に行おうと、最も簡単な動きのプログラムから始めることにしたのだが、それでも痛くてできない、と言う。最終的に重力負荷を軽減させて、プールでの運動を指導した。

「痛いからといって家にじっとしているのは良くないよ」と励ましながら進めたつもりだったが、それ以来彼女はプツンと音信不通になった。。

それから4ヶ月も過ぎた頃、突然、彼女からの電話があった。「健康診断で眼底検査を受けたら、その光が強烈で目を開けられないんです。まぶしくて。診てもらえますか?」と言う治療依頼だった。窓の明かりもまぶしくてカーテンを閉めて暮らしているのだそうだ。

そんなことよりも、私には腰痛のその後が気になったので「ところで、腰の方はどうなったの?」と聞いたら、「腰は治ったんです」と言う。

「どうして治したの?」と聞いたら、「先生、信じられないでしょう」。

「本人が治ったと言うんだから信じますよ。どうしたの?」。

「実は近所の接骨院に行ったんです。そしたら見つけてくれたんです。鍼を打ったところを」。その接骨院の先生は「ここだ、ここ。これが鍼の刺した痕だ。これは少し長くかかるが、うちに最新の電気の器械があるので、毎日これを続ければ1ヶ月くらいで良くなると思うよ」、と言われたらしい。それで、彼女は毎日電気治療を続けた。
「そしたら、ホントに1ヶ月ほどで治りました」。

この患者さんの時ばかりは、いろいろ考えさせられた。私には最新の電気の治療器器はないが、身体機能についてはかなりきめ細かく対応したという自負はある。痛みの可塑性の問題についても情報を与え、運動や行動の認知を促す方法も正攻法で伝えたつもりだった。引っ込みがちな彼女を励ましながら、前に進める方法を伝えのである。結果的に、私が伝えたものは彼女の痛みに何の変化も与えることができなかった。ところが、その接骨院の先生は鍼の痕まで示したようだ。本当に痕を見つけたのか、何か意図するものがあってそう言ったのか、それは私には分からない。

ともかく、私は「そんなことは、あり得ない」と否定し続け、その接骨院の先生は鍼の痕まで示して彼女の言い分を認めたのである。そして、彼女の痛みを見事に消したのである。

私は、その患者さんとのエピソードを通して、「痛みを評価するための心得」を学んだ。
それは、患者さんの訴えは「すべて患者さんにとっての事実」として受け入れよう、というスタンスだった。
「そんなことは有り得ない」、「正しくない」、「間違いだ」などと、一切の評価をすることなく、「そのまま受け入れる」姿勢である。
患者さんは自分の状況や病状を一番よく知っているはずなのだ。
先ずは、その事実をそのまま受け入れよう。
「痛い」と言われれば痛いのだ。
痛みを評価するための第一歩は、そのまま受け入れることからはじめよう。
そう、強く思った。
患者さんの事実を否定しても何も生まれない。
「受け入れる」ことの大切さを思い知らされたのである。
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by m_chiro | 2011-09-06 01:02 | 痛み考 | Trackback | Comments(11)
痛みは脳の中にある①
1.同じ痛みを共有することは誰にもできない
①フリーダ・カロの痛み


人の一生の間には、運命的な出来事が少なからずあるようだ。メキシコの女流画家フリーダ・カーロ(1907-1954)も、そんな出来事に翻弄されたひとりだった。彼女は決して世界的画壇におけるメジャーな画家として生涯を終えたわけではない。脚光を浴びたのは死後20年近く経ってからで、1970年代に登場したドイツのフェミニストたちが世界に紹介したのである。以後、根強いフアン層に支持され、今ではカリスマ的人気の画家になっている。彼女の半生は、サルマ・ハエアック主演で2002年に映画化されている。この作品はアカデミー賞の主演女優賞をはじめ、多くの部門にノミネートされた。

フリーダ・カロは6歳のときに小児麻痺に罹患している。そのために9ヶ月もの間、ベッドに寝たきりになった。その後は右足が萎縮し、「棒足フリーダ」とからかわれる羽目になったが、それでもめげずに気丈に生きた。リハビリを兼ねたスポーツも、男の子顔負けの運動量で頑張り通している。その甲斐あって足も曲がるようになったが、右足は痩せたままだった。

医者をめざして勉学に励んでいた青春時代の直中に、悲劇が再びフリーダを襲う。学校帰りに乗っていたバスが路面電車と衝突したのである。彼女は瀕死の重傷を負った(1925年9月17日)。フリーダ18歳の時のことだった。その時の状況が日記に記されている。

「バスはソチミルコ発の路面電車に衝突した。路面電車は、道のかどでバスを押しつぶした。奇妙な衝撃だった。激しくはなく、鈍くて緩慢で、みなに傷を負わせた。(略)衝撃で私は前のほうに投げ出され、剣が雄牛を刺すように、手すりが私を貫いた。ある男性が、私がひどく出血していることに気づいて、私をかかえあげてビリヤード台に寝かせてくれた。私はそこで、赤十字が到着するのを待った。私は処女を失った(注:バスの手すりが腹部と膣を貫通していたことをさす)。腰が砕け、排尿ができなくなった。一番ひどかったのは、脊柱だった」

この事故で、フリーダの背骨は3ヶ所折れ、鎖骨と第3・第4肋骨も折れ、左肩が脱臼し、骨盤が3ヶ所折れ腹部と膣に穴があき、右足は11ヶ所骨折し右足首も脱臼していたのだ。壮絶な負傷である。手術を受けたものの、医師からは助からないかもしれないとされた命だった。それでもフリーダは襲い来る痛みに耐え続けた。きっと並外れた生命力もあったのだろう。彼女は奇跡的に一命をとりとめたのである。

この事故による負傷の状態を長々と引用したのは、フリーダの痛みを感じて欲しかったからである。さて、どこまで彼女の痛みを感じ取ることができたことだろう。

一命をとりとめたものの、入院生活を余儀なくされたフリーダは退屈しのぎに絵を描き始める。独学で描きはじめた絵だったが、後に結婚することになるメキシコの画壇の巨匠・ディエゴ・リベラにその才能を認められて、フリーダの画家としての人生が開花することになる。身体の痛みや不調と戦いながらも、彼女は自分の人生を奔放に生きた。そして47歳で亡くなるまでに、多くの絵を残している。

「書は見るもの、絵は読むもの」らしい。でも、見ているだけで爽やかない気分にさせられる絵もある。横尾忠則氏に言わせると、こうした絵は「美術」で、読み解く絵は「芸術」なのだそうだ。フリーダ・カロの絵は、彼女の精神的内面を読ませる芸術作品ということになるのだろうか。

フリーダの作品には自画像が多くある。病床にあっても、鏡に映った自分の姿を描くことができたからだろう。その中に「折れた背骨」と題する一枚の絵がある。奇妙な絵だが、彼女の人生と重ねるとフリーダのさまざまな苦悩が表現されているようである。「折れた背骨」は、フリーダ・カロの自画像なのである。この絵は痛みの研究者たちによっても、よく引用される。痛みの側面が実によく表現しているからだろう。

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その絵を見ると、顔は平然としていながら目には涙が浮かんでいる。身体のあちこちには釘が打ち込まれ、背骨は折れて継ぎ接ぎである。しかも、革製の装具で固定されている。随分と痛々しい。そう思える絵だが、描かれた顔の表情には微塵もそんな苦痛は窺えない。

でも、どこかしら寂然とした表情である。フリーダ・カロの生前の写真を見ても、痛みに苦しめられた様子など微塵も感じられない。しかし、実際は痛みとの闘いの生涯でもあった。

死ぬまでの間、整形用の胸部までのコルセットと鎮痛薬を手放すことができなかったようだ。むき出しにされた折れた背骨、背景の荒涼とした土地、何度も繰り返された手術、死の前年には右足の切断手術を余儀なくされての義足での生活、などなど。

こうしてフリーダの痛み思わせる出来事を書き連ねることはできる。ても、フリーダが感じて過ごした痛みを、同じ痛みとして共有することは誰にもできないのだ。

痛みが「不快な個人的体験」とされる意味が、「折れた背骨」の自画像から窺うことができる。

人の思いは、書くことも聴くこともできる。だから聴覚や視覚は共有できる。
ところが、この痛々しさを同じ対象として共有することは誰にもできない。
「折れた背骨」の絵は、痛みとはそういうものだ、語っているようである。
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by m_chiro | 2011-09-01 00:34 | 痛み考 | Trackback | Comments(4)



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