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「痛み学」・座右の書
c0113928_18114359.jpg2007年末に発刊された「臨床痛み学テキスト」(PAIN:A Textbook for Therapists)は、故・熊澤孝朗先生が監訳された痛み学の教科書である。

それもセラピスト向けに、あまり専門的にならずに肝要な押さえ所を網羅した痛み学のテキストでエンタプライズ社の発行である。その発行元が閉鎖されて、継続出版が出来なくなってしまったようだ。

せっかくの良書をこのまま廃刊に追い込むのは忍び難い、と考えた熊澤先生は新たな出版元として名古屋大学出版会と交渉し、今回のリニュアール出版に漕ぎ付けた。

残念ながら熊澤先生は、この本の完成を見ずしてお亡くなりになってしまったのであるが、先生の思いはこの本に受け継がれている。
リニュアールに向けて翻訳を見直し、書名も「痛み学」としている。表紙の装丁も変え、「臨床のためのテキスト」とある。そのためか臨床家向けに3大巻末付録も付けられている。

新たに書き起こされた「1.痛み治療に用いられる薬物」と、「2.痛み評価表」。例えば、フェイススケール、マクギル疼痛質問票、疼痛生活障害評価尺度、RDQ評価表など20ページにもわたって様々な評価表が添えられていている。
痛みの評価が必須バイタルチェックとされる時代のツールとして、臨床に携わる者には有り難い配慮である。
また、「3.痛みを表現する言葉」にはさまざまな表現が英和対訳語で表にされて、時代と共に変わってきた意味合いを引きながら、それぞれの表現の説明が書かれている。
これも臨床的にはうれしい付録だ。

この本は理学療法士向けに編纂されたものと思われるが、原著序文をゲートコントロール理論の提唱者であるPatrick.D.Wallが書いている。
その書き出しに、「私は、理学療法と作業療法は眠れる巨人であると確信している」とあり、痛みの治療における理学療法の役割に期待を寄せている。
痛みの知覚される部位が必ずしも治療の対象部位とは限らないことが明らかになった昨今、関連痛という観点から痛みの第1現場と第2現場の双方向性に向ける治療の必要が要求されるようになったのである。

Wallは、痛み治療に対する次の4つの変化をあげている。
Ⅰ.関連痛の極めて重大な意義の認識が大切であること。
2.痛みは固定した専用回路ではなく、可塑性と時間的変化を考慮しなければならないこと。
3.痛覚情報は下行性抑制系によって制御されること。
4.脳のイメージングという新しい技法によって変革がもたらされること。


こうなると、痛みを感覚系だけで捉えるのではなく、運動系を利用した治療が求められている流れを知ることができる。

熊澤先生もコメディカルの領域に大変な期待を寄せておられた。その意味で、Wallと同じ考えに立つものと考えるが、熊澤先生はコメディカルのみならず鍼灸やカイロなど、更に幅広い領域に期待を寄せておられた。
この本は、そうした領域の人たちの座右の書とも言えるものだろう。
熊澤先生がお亡くなりになる直前に書かれたと思われる「改訂増補版の刊行にあたって」に、最後の一文を寄せている。その文を、編訳者の山口佳子先生が補っている。
「読者諸氏には、痛みの研究や診察に対する彼の情熱を本書を通じて感じ取っていただき、そのことを臨床や研究に活かしていただきたい。おそらく、それが彼の期待するところであり、彼はいつも皆さんを応援していると思う。(2010年9月)」

と結んでいる。

私もこの本に学びながら、臨床に活かせるよう精進したと思う。
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by m_chiro | 2010-11-29 18:16 | Books | Trackback | Comments(1)
梅酒日本一「子宝」
梅酒文化の振興のために始まった梅酒の全国大会が「天満天神梅酒大会」である。
2010年は、第4回大会で大阪天満宮開催された。
大会を重ねるごとに出品数も多くなって来て、今年は157酒造から242銘柄が出品されたそうだ。
そして、なんと、酒田市の楯の川酒造が出品した大吟醸梅酒「子宝」が優勝した。
地元のものが高い評価を受けることは何とも誇り高いものだ。
そもそも「楯の川酒造」は地元で消費するお酒ばかり造っていた酒蔵である。
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やっと市場にも出回って来たので、1本求めて食前酒として飲んでみた。
確かに美味い! ホントに、ウメッ~酒だ!!
それもそのはず、大吟醸がベースである。

「子宝」梅酒は、大会総評での以下のコメントをもらっている。
「シャンパンのように軽快で爽やかな味わい。トータルバランスが抜群にとれている」

我が家でも梅酒を作っているが、それは焼酎を使ってアルコール分を抑え、氷砂糖ではなく果糖を使っている。
これもそれなりに美味しいのだが、「子宝・大吟醸梅酒」には負けるなぁ~。
価格も大吟醸価格であるから、チビリと食前酒が似つかわしい。

この「天満天神梅酒大会」は福岡天満宮での大会とばかり思っていたが、大阪天満宮のイベントのようだ。
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by m_chiro | 2010-11-24 17:36 | 庄内の記 | Trackback | Comments(0)
猫の雨宿り
街中で、突然、雨がパラついてきたので急ぎ足で駐車場に向かって行ったら、
猫たちの雨宿りに出会った。
野良だろうか? 
揃ってジッと,雨あしを見つめていた。
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「雨だねぇ~、濡れたくないなぁ~!」
「通り雨だ、しばらくしたら、止むだろう」
「もうチョイ、待つとするか」
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「なかなか、止まないニャぁ~」
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「いいかげん、退屈してきたニャン!」

そんな会話が聞こえてきそうでした。
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by m_chiro | 2010-11-21 00:13 | 庄内の記 | Trackback | Comments(6)
マニピュレーションを正しく教育する責任の所在はどこにあるか?
「カイロもどき病」で紹介した患者さんがみえた。
1週間間隔で1か月ほど治療し、随分調子を取り戻した。
頭痛や吐き気も消え、時に首の痛みが残る程度に回復した。食欲も出てきて体重も大分戻したようである。
この患者さん、過剰な頸椎の関節マニピュレーションの被害者である。
ハイパー・モビリティが完治したわけではないが、過剰な刺激の入力が無くなっただけでも良い方向に向かったものと思う。
関節マニピュレーションを行う者は、その原理原則論を踏まえて熟練した操作を行なわなければならない。同時に、その教育の重要性については改めて言うまでもないことである。

さて、最近のカイロプラクティック業界でチョッとした議論が賑わしかった。
WFC(世界カイロプラクティック連合の略称)が承認するカイロプラクター以外の者に、関節や軟部組織のアジャストメントおよびモビリゼーションを教えてはならいらない、という声明が日本のセミナー主催者(科学新聞社)側に行使されたことである。

よく事情が飲み込めないでいた私は、WFCが所属メンバーに紐を付けるというのであれば、止むを得ない話ではないかと思っていた。が、どうも事はそんなに単純ではないようである。何しろ、日本のカイロプラクティックをどうするのか、という基本的な問題含みのようなのだ。

そんな折に、科学新聞社が発行する「カイロジャーナル69号」が届いた。
櫻井京D.C.が、「論壇」というコラムに「日本の多数派を切り捨てWFC声明に沿うのは難しい」と題する論説を述べておられた。
この記事を読んで、鈍重な私にもようやく背景が理解できた。
更に20ページの新聞記事の随所に、日本のカイロプラクティックを考える意見や、世界のカイロ界の動向までもが織り込まれていて面白かった。

WFCとは、世界90ヶ国のカイロプラクティックの業界団体が参加する国際的な非政府組織(NGO)である。そしてカイロプラクティックの団体としては、唯一、NGOとして世界保健機関(WHO)の会合にオブザーバーとしての参加が認められている。
このWFCの目的は、科学的研究、教育、法制化で、各国が情報交換を行いカイロの基準や職業としてのアイデンティティを守ること、としている。
ところでWFCに所属する日本のカイロ団体は「JAC」である。一国から一団体の加盟という制約があるのだ。だから、JACは重い責任を背負っている。
そして、WFCに参加する約90カ国中、カイロプラクティックの法制度化された国は34カ国のようである。

法制度化されていない国では、それまでの間の移行措置としての教育が求められている。そのためにWFC代表団体(日本ではJAC)に特別な権限が明記され、その国におけるカイロ教育プログラムの設定および承認が委ねられている。
その他に、「関節アジャストメント・コース」については「正規のカイロプラクターと学生のみに教えるべきであり、違法行為には、代表団体および関係者が全力で立ち向かうべきである」と声明が出されている。

これって、法制度化された国の話ではないのだろうか。
WFC声明を金科玉条に実施したのは、実はJACだろう。何しろ特別な権限が与えられている。それにしても、なぜ科学新聞社だけがターゲットにされたのだろう。メディアの活動を押さえた方がメッセージ性も強いとでも判断したのだろうか。

で、日本にどのくらいの数のカイロプラクターと称する業者がいるのか。
正確な実数は分からないが1~2万人いるとされている。
この中で、WFCが言うところの「正規のカイロプラクター」は精々5%ほどだろう。少なくともカイロプラクター「である」と称する大多数は、WFCの言う「正規のカイロプラクター」ではないことになっている。

日本のカイロは特殊な発達をした国である。
しかも憲法22条「職業選択の自由」や、最高裁による「医業類似行為は人の健康に害を及ぼすおそれのあるものでなければ禁止処罰の対象とならない」の昭和53年判例に後押しされ、カイロプラクティックの規制など無きに等しい国である。
更には「カイロプラクティック」を施術内容に掲げる「療術師」の歴史と実績もある。
今では「財団法人・療術学会」も設立され、独自の成長を見せている。
療術も苦難の道を開いてきた。戦後アメリカの占領政策に辛酸を舐めさせられてきたのである。もし戦後も療術行為が保障されていたら、カイロプラクティックは日本で別の発展を遂げたかもしれない。
また、マニピュレーションを用いる徒手療法の領域も多々ある。
そんな中で、法制度化された国に向けたと思われる声明を、そのまま日本でも対応させることに何の意味を持つのだろう。

この多数派の人たちが、正しく関節アジャストメント(マニピュレーション)を行うことが出来るように指導する責任が、それを生み出した日本のカイロ業界には当然あるだろう。
冒頭紹介したような不幸な患者を作らないためにも必然の対策だと思う。
JACが日本のカイロ教育を確立しようと願うのであれば、多数派との差別化を図るのではなく全体の底上げを目指すべきであろう。対話を拒むのではなく、同じテーブルについて歩む道筋を求めるべきだろう。解決のアイデアを出し合い、共に進む意思が必要だろう。でなければ、いつまでも溝は埋められない。今の状況を打開することにも窮しかねないように思えてならない。
どうも、そうした動きが見えてこないところが気にかかる。
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by m_chiro | 2010-11-20 13:17 | カイロプラクティック | Trackback | Comments(6)
ある老婦人が作った花瓶
開業当初からご愛顧いただいている患者さんがいる。
私の開業の歴史と共に年を重ね、年齢も老いた。もちろん私も、であるが...。
そんな患者さんの中に、1人暮らしの老婦人がいる。
今年は84歳になったそうだ。
何か身体に異変が起こると、いつも、先ずは私のところに相談にみえる。

今年の初夏の頃だったろうか、その老婦人宅から突然電話が入った。
友人が彼女の家を訪ねたら、めまいで動けない状態になっていて私の治療室へ電話してくれ、と頼まれたのだそうだ。
動けないので往診してもらうわけにはいかないだろうか、尋ねてほしいということだったようだ。

よくよく状況を聞くと、突然、落下発作のように倒れて頭を強打したようである。
嘔吐もしたらしい。
救急車を呼んで、聞き及んでいた主冶医のいる病院に行くように説得した。
幸い頭部には異常がなかったが、出血性の胃潰瘍が見つかって胃腸科外科のある病院に転医させられた。貧血で倒れたようである。

しばらく入院して元気になった。
それでも気弱になって、老い先も長くないだろう、と考えるようになったらしい。
昨日、また突然治療室にみえた。
大きな荷物を抱えて、「私もそんなに長くないだろうから、形見だと思って受け取ってもらいたい」と言う。

荷物を開くと2つの花瓶が出てきた。
14年間、カルチャーセンターの陶芸教室に通って自分が作ったものだと言う。
陶芸をしていたとは初耳で、驚きだった。
デザインも模様も素朴で、なかなか味わい深い作品である。
その場で、家内が庭のローズヒップの赤い実の付いた枝とサザンカの蕾の枝を切って来て、その花瓶に活けた。それを受付のカウンターに飾って写真に収めた。

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老婦人も「よかった~、よかった!」と喜んでくれたが、もう粘土を捏ねる力もなくなったので陶芸もやめたのだそうだ。

老いは、こうして身の回りの活動を縮めて行くのだろう。

藤沢周平が、年と共に身辺を整理していって、最後はいつの間にか跡形もなく消えてしまったような死を迎えたい、というような事を書いていた。

身辺整理はともかく、活動の幅はできるだけ縮めることがないように、せめて「活き活きと生きる」お手伝いをさせてもらおう。

花が差されて生き返った花瓶を見つめながら、そう思った。
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by m_chiro | 2010-11-19 11:52 | 守屋カイロ・オフィス | Trackback | Comments(0)
就寝中に、寝返りで左大腿部に痛みが起こる
昨日みえた男性の患者さんは、1週間前から就寝中の寝返りで左大腿前部の痛みで目覚めるようになった。
通常は、歩行でも、日常の動作でも問題はない。

歩かせてみたが、特別な問題は感じられなかった。
膝や股関節の可動域も、筋力検査でも、四頭筋の触診でも、際立った問題は感じられない。
診察ベッドに仰臥位になり膝の屈伸の自動運動をさせると、屈曲時に四頭筋部に重苦しい違和感が起こる。伸展時には違和感はない。
診察段階での再現性のある違和感は、この膝屈曲動作だけである。
それでも就寝時のような強い痛みではない。

TPの関連かと推測して左腸腰筋を触察すると、1か所ジャンプ兆候の圧痛箇所があった。
筋力テストでもハイパー・トーンの抑制がみられる。
その圧痛点をリリースすると、膝の屈曲運動での違和感も消えた。

何か左腸腰筋にかかる負荷を想定して日常的な動作や姿位を尋ねてみると、「あぐら」から左膝を立てた姿勢で、右手を使った作業をすることが多かったことが分かった。

しばらく仰臥位でインターバルをとって再び左膝屈曲運動をさせてみると、また同じような違和感が生じた。

さて困った。
右手をみると、尺側手根部の関節がハイパー・モビリティである。
その関節部を押さえて安定させ、もう一度、膝屈曲運動を行わせると今度は違和感も消えた。

ちなみに、「神門」を一点圧で押圧して膝屈曲運動をやらせても違和感が生じない。
陰陽交叉などで神門との関わりを調べても、確かな関連性は分からない。
上肢と下肢の連動交叉のようなものだろうか。
こうした関連痛のマニュアルにない関連ポイントは、どうもよく分からない。

学会で吉村恵先生に、膜系の連鎖におけるポリモーダル受容器の情報網の存在についてお尋ねした。明らかではないが存在しないだろう、というご意見だった。

そう言われても、そうした情報網の存在を想定しないと、臨床的には理解できないことが多々ある。
悩ましいが、おもしろい現象である。
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by m_chiro | 2010-11-12 18:12 | 症例 | Trackback(1) | Comments(2)
アヴィセンナ「医学典範」と檜學(ひのき まなび)先生のこと①
10月末に開催された「日本カイロプラクティック・セミナー」で、学兄・馬場信年先生にお目にかかった折に「医学典範」という683頁に及ぶ大部の図書を手渡された。
中世のイスラム医学の聖典のような本で、全訳としては初めての監訳本のようである。
「医学史における系譜をたどる意味でも興味深いので、ぜひ読んで欲しい」と言われた。檜學先生他の共訳である。
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檜學先生は、以前、研究会や学会等に招かれてのご講義を何度か拝聴し、多いに感銘を受けた先生である。コーヒーを飲みながら親しくお話を伺ったこともあった。島根医科大学の学長も務められた立派な先生で、平衡神経学の世界的な権威でもある。

檜學先生の著書にも多くの学びを頂いた。
最初に手にした著書は「めまいの科学―心と身体の平衡―」で、今の私の治療に多くの示唆を受けた。次に読んだのは「医学への夢―私の医学概論―」で、1958年(昭和33年)に岩手医科大学着任から1988年に島根医科大学の学長職に至るまでの30年間に書きためた論説をまとめた著書だった。

挿絵に令夫人の描かれた俳画が使われていて、そこに先生の句が寄せられている。
その令夫人も京大耳鼻咽喉科の教室で檜學先生と研究を共にされたご縁のようであるが、この本には御夫婦の医学に対する思いが詰まっているような著作だった。
とても好きな本で、いろいろと考えさせもした。

改めてその本を開いてみると、4章に「医学を支える思想」を論じていて、その中に「アラビア医学の現代的意味」と題した一文もあった。
平衡神経学にばかり気を取られて、医学の系譜という檜學先生の関連性の視点を、すっかり失念していたようだ。

科学はただ技術の開発に関与しておればよいというものではない。新しい技術の開発は有用性があるにはちがいないが、より重要なことはその技術の土台となる思想を創出することである。医学においてもこの原則は同じである。それ故、医学概論のカリキュラムが新しい医学教育の中でもつ役割の一つは、医学の思想とその思想によって拓かれた技術の是非を見る眼を養い、学習することにある。そして、そのような医学概論でなければ新しい医学教育の中で命脈を保つことは困難であろう。(「序章 21世紀の医学に向けて」より


とても深みを感じる言葉であるが、このような視点で「医学典範」を読み進めて行くうちに、カイロプラクティックの考え方の源流を覗いたように思えてならなかった。

D.D.パーマーがアヴィセンナの「医学典範」に学んだかどうかは知る由もないが、「医学典範」の底を流れる思想は明らかにカイロプラクティックの生命観や自然観に受け継がれているのだろう。
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by m_chiro | 2010-11-11 00:26 | Books | Trackback | Comments(0)
難治性の痛みに、なぜオピオイドは効き難いのだろう?
前回の記事(「鬼平」から中枢性感作を読み解くと….こんな感じだろうか?)で触れたように、脊髄の神経細胞にはオピオイド受容体がある。
その受容体も、エンドルフィン類が作用する「μ(ミュウ)」受容体で、モルヒネの鎮痛作用に最も関連があるとされている。
「μ」とは、モルヒネの頭文字をとって名付けられた名称だそうだ。
要するに、鬼平(オピオイド)が介入できる。

ところが、臨床的には難治性の痛みに対してオピオイドは効きにくいとされている。
なぜ効き難いのだろう?
鬼平の出番には限界があるということだが、それは何故なんだろう?


ひとつ推測できることは、神経細胞が狂賊どもの外道働きで荒らされ、前初期遺伝子のひとつ「c-fos」が発現して細胞の反応が変化したことにもよるのだろう。
「c-fos」はタンパク質を合成し、ニューロンの働きを変えて痛み記憶の痕跡を保持するらしい(「c-fos」が脊髄後角に発現することが報告されたのは1987年のことである)。
こうした状態が長期に続くと、オピオイド受容体も消滅する事態が起こるのだそうだ。
したがって、オピオイドで対応できる段階であれば、痛みを抑えることも可能なのだろう。だから効く場合もある。ここでも、痛みに対する早期対応が原則であることを窺わせる。

更に考えられるのは、難治性疼痛における鎮痛のターゲットがニューロンではなく、グリア細胞に移行する必要が明らかになったことである。

まんまと奪った凶賊のお宝(痛み物質;プロスタングランジン、NO)を積んだ舟(ニューロン)で抑えるのではなく、脊髄(大川~海)へ出た舟の船頭(グリア細胞)を抑えなければならないということだ。
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船頭(グリア細胞)は3人いる。
アストロサイト、オリゴデンドロサイト、ミクログリアである。
グリア細胞と一口に言っても、ニューロンを除く神経系の細胞である。
その中のアストロサイトとオリゴデンドロサイトは神経幹細胞由来で、ミクログリアは造血幹細胞由来である。

オリゴデンドロサイトは、末梢神経のシュワン細胞のような役割で支持構造となる。
アストロサイトは神経伝達物質を吸収再利用し、損傷後の瘢痕形成に果たす役割を担っている。その役割からみて、神経損傷後の治癒過程に関与して慢性痛の発症に関わるようである。

注目すべきはミクログリアで、造血幹細胞由来であることから、その作用も免疫系に特徴があるようだ。これがなかなかの策士なのだ。何しろ妖術を使う忍びの者のような存在である。サイトカインを撒き散らして、神経系の過敏状態を増幅させる。舟(ニューロン)が相当のダメージを負ったら、舟もろとも沈没させかねない。

人間の生活の中でもいろんな場所にビーコン(無線標識)が設置されていて、位置情報などが発射されている。サイトカインは、神経組織の中でその役割を担っている化学的ビーコンである。

例えば、神経組織が微損傷してもサイトカインが放出される。
損傷部位を知らせるためである。そこに血液やリンパの免疫細胞を引き寄せる。感染を防ぎ、修復を急がなければならない。
そこには炎症反応が生じるので痛みは倍増するが、それは修復の過程でもあるのだ。
したがって損傷された神経線維の痛み感度は超過敏になる。

サイトカインを出すのは、ニューロン自体ではなくグリア細胞だとされている。
グリア細胞によって、ニューロンの小さな損傷でさえも広範囲の過敏で激しい痛み信号が作られる。ニューロンの修復のために働いたグリアが、逆に痛みを厄介なものにする。増幅させ長引きかせるのである。

末梢神経の小さな損傷を受け継いで、脊髄が損傷したわけでもないのに脊髄で痛みの感作が増幅するのである。
このことから、痛みを抑えるターゲットはニューロンではなくグリア細胞に移行する必要性が生じているのだ。

だから鬼平(オピオイド)が神経細胞に介入しても、思う結果が得られない。
特に、ミクログリアという船頭が、ニューロンの周辺で暗躍して痛みを増幅し撹乱させているわけだから、鬼平もお手上げになる。
船頭(ミクログリアなど)に対応できる能力を持った新戦力の同心(例えばミクログリアの活動を抑える薬物など)を獲得する必要に迫られているわけである。

さて、こうした病態に徒手療法の治療家は、どのような戦略を立てるべきなのだろう。
(その辺のところは、またの機会に。。。。)

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by m_chiro | 2010-11-06 12:36 | 痛み考 | Trackback | Comments(6)
「鬼平」から中枢性感作を読み解くと….こんな感じだろうか?
鬼平に夢中になって読んでいる時に、ふと閃いた。
盗人の所業を、あの中枢性感作の舞台に当てはめると、同じような仕組みになりそうだ。それも急ぎ働きの外道の所業に似ている。
盗人の不分律は「犯さず、殺さず、余剰金以外は盗まず」だが、外道の盗人はこの法を徹底的に無視する。

熊澤孝朗先生の著作に出てくる下の図は、痛覚過敏のメカニズムを示している。
以前、「神経因性疼痛の機序と舞台」http://mchiro.exblog.jp/tb/12025920の記事にしたものを、「鬼平」の盗人の所業から読み解いてみた。
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後角の神経細胞に痛覚神経終末がシナプスしている。
この神経細胞は、差し詰め「お宝」が納めてある大店という舞台である。
舞台と登場人物を次のように設定してみよう。

標的の大店(脊髄の神経細胞)
蔵(NMDA受容体)
難攻不落の錠前(Mgイオン)
盗賊のお頭(グルタミン酸)
盗賊の手下(サブスタンスP)
引き込み役の進入口(非NMDA受容体)
大店の入り口(NK1受容体)
錠前破りの名人(PKC)
つなぎ;伝令係(G蛋白)
お宝(プロスタグランジン、NO;痛み物質)
お宝の担ぎ役(Caイオン)
外道働き(c-fos:前初期遺伝子)
大川(脊髄)
腕利きの船頭(グリア細胞)
火盗改方(オピオイド:μ受容体)


さて、外道働きの凶賊は、お宝の眠る大店(神経細胞)に狙いを付ける。
引き込み役に女中奉公などを住み込ませて、押仕込みの手はずを整える
お宝が眠る蔵(NMDA受容体)には、頑丈な錠前(Mg)がついている。
ちょっとやそっとでは開かない。

引き込み役は裏口の閂(非NMDA受容体)を開けて、狂賊の手下(サブスタンスP)を招き入れる。
狂賊のお頭一派(グルタミン酸)は、大店の前で舞台が整うのを待ちながら外回りを見張っている。
母屋の入り口(NK1受容体)が開かれ、ここから狂賊の手下の第2部隊(サブスタンスP)が侵入する。

腕利きの錠前破り(PKC)が蔵の錠前(Mg)を外す。
お頭(グルタミン酸)が、ドッと蔵(NMDA受容体)に押し入る。
お宝の担ぎ役(Caイオン)がやってきて、どんどんお宝(プロスタグランジン、NO:最強の痛み物質)を運び出す。

「つなぎ役(G蛋白)」が徹底すした伝令役を果たす。
お宝(NO)は「cGMP(環状グアノリン酸)」を活性させ、更にPKC(プロテインキナーゼC)を強力にする。言ってみれば、盗人の欲を煽るモチベーションのようなものだろうか。
盗み尽くせ!、1人も生かしておくな!、と徹底したお頭の伝令が走る。

結果的に、前初期遺伝子(c-fos)が発現し、さまざまなカスケード反応を続けて細胞の反応を変化させる。C-fosは、他の遺伝子を活性化させる転写因子として働いていて、細胞反応の変化が続けられてしまう。まったく「鬼平」の外道働きのようだ。

さて、根こそぎ持ちだしたお宝を運び出すのがまた一苦労である。
何しろ、街道筋は火盗改めに押さえられている。大川も、船着き場には密偵たちが張り付いている。腕利きの船頭を確保して、大川の藪筋から舟を出し、夜陰に乗じて大川を下り海に出てアジト(脳)に向かわなければならない。

腕利きの船頭は、グリア細胞だ。
これまで脊髄のグリア細胞は支持組織とされてきたが、最近の研究で痛みの可塑性などに重要な働きをしていることが分かってきた。
活性化ミクログリアから産生される過剰量のNOは,神経変性過程でみられる神経障害の重要なメディエーターと考えられているようである。

無理矢理ではあるが、ちょっとは分かりやすくなったかな?

ところで、ここで疑問に思うのは「鬼平」の出番がないことだ。
神経細胞には「オピオイド受容体」があるのだから、オピオイド(火盗改め)で封じ込めそうなものだが、オピオイドが効くとは限らないのはなぜだろう?
(続きは、またあとで)
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by m_chiro | 2010-11-02 16:09 | 痛み考 | Trackback | Comments(8)



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