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エヘヘな気分
先週はPCが度々フリーズしたり、画面が何の前触れもなく突然シャットダウンしたり、随分悩まされまた。
最近たまに起こったことだったのだが、それが頻繁になったのである。

「一度、コンセントも抜いて完全に休ませて、本体カバーを外してゴミなどの大掃除をした方がいい」。

そうアドバイスされたので、週末に実行してみた。

ゴミなど無いだろうと思っていたのだが、カバーを外して見るとファンのところに綿ぼこりがいっぱい詰まっていた。
そういえば、購入してから一度も掃除をしてあげなかったなぁ~。

きれいに掃除をして、PCの完全休暇に充てた。

あれから3日ほど経ったが、今のところすこぶる快調である。
心なしか音も静かのような。。。。

エヘヘな気分です。

ちなみに写真は、おやつをもらった後の空のエヘヘ顔。ま、こんな気分でしょうか。
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「おやつ、おいしかったなぁ~、エヘヘ」
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by m_chiro | 2010-06-30 14:24 | 雑記 | Trackback | Comments(2)
膜の話④ ニモの考え「異常な受容は異常な動きを生む」
多くのカイロプラクターが、伝統的な手法である「脊椎ミスアライメント」の矯正に主力を注いできた。身体的不調の根源的な原因を分節レベルに求めてきたからである。
今でも、この概念は大筋で変わっていない。

ところが、20世紀半ば頃に活躍したニモというカイロプラクターは、脊椎ミスアライメントを根源的な原因とは考えなかった。
そもそも、なぜ関節面に位置的なずれが起こるのか?
それは、決して骨が勝手にその位置を変えたのではないからで、「骨がそこにあるのは筋と靭帯がそこに置いたからである」と主張し続けたのである。

骨を制御しているのは骨自身ではない。その骨に関わる筋を制御する網様体賦活系が担っている。したがって、網様体賦活系(RAS)が受容器からの異常な入力に支配され続けている結果だと、ニモは考えた。

「異常な神経学的入力は、異常な出力を生む」ことになる。
重要なことは、出力にあるのではなく異常な入力にあると考えたニモは、身体の歪みを分節性の問題に求めるべきではなく、網様体への異常な入力を解除する方法を提案したのだった。

D.D.パーマーは、この根源的な問題を「神経のトーン」に求めた。神経の緊張の過不足こそ根源的な問題だとした。その意味では、D.D.とニモの考えは似ている。
違いは、DDが脊椎レベルへの刺激で治療したのに対し、ニモは末梢の受容器の刺激にこだわった。

しかし、DDが目指したものは分節レベルの調整にあったのではなかった。如何に脳に対して改善する刺激を送るか、その刺激入力のポイントを椎骨という神経経路の中間に置いたのだろう。だからこそ、DDの最初の患者であるリラードの聴力を回復させることができたのだろう。

視点を変えると治療法の目的が全く変わってしまう。ここは押さえどころであり、留意しておきたいところだろう。

ニモの言動は「カイロプラクティック批判」と取られ、そのテクニックは「カイロプラクティック治療ではない」とされ、反カイロプラクティックの矢面に立たされた。
しかし、ニモの目指したものは、D.D.の主張した「神経の過不足」に焦点を当てた本来のカイロの概念を踏襲したものと思われる。それでも、ニモの概念はカイロプラクティックの主流からは外されてきたのである。

ニモは次の言葉を残している。

「カイロプラクティックは、神経系の機能の正常な全体性を妨害する人体内の異常な病巣を突き止め除去することに関わる科学であり技術である」。

「これは反射システムではなく直接の働きかけであり、いわゆる反射をすべて完全に一掃するものである」。
(「カイロプラクティック・テクニック・システム」より)
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by m_chiro | 2010-06-29 00:29 | 膜の話 | Trackback | Comments(0)
プリンセス・ダイアナが咲いた
昨日の休日の朝のことである。
わんこ達を連れて散歩をしていると、途中から空模様があやしくなってきた。
雨になりそうだ、と思いながら自宅前まで帰ったて来たところで、ポツリ・ポツリと落ちてきた。
玄関の戸を開けようとしたところで、まるでスコールのような大粒の雨がドッと一気に降り出した。
屋根に当たる雨音が、けたたましく叩きつけている。
すんでのところで、ずぶ濡れになるところだった。
やれやれ、あぶなかった。
ところが、ひとしきり降った後でカラッとあがった。

c0113928_18502278.jpg庭の植物に被害はなかっただろうか?

そう思うほど強い大粒の雨だった。

庭にに出ると、ポストに絡まるように植えていたクレマチスが咲いていた。

青いクレマチスの咲き始めから1カ月ほど遅れて咲いたのだが、雨に濡れた後の可憐な姿がいじらしかったので写真におさめた。

白いクレマチスと「プリンセス・ダイアナ」という2種類のクレマチスを、ポストに絡めるように植えておいたのだが、一本にからまって上下に咲き分かれた。

「プリンセス・ダイアナ」という名前の花をみて、どんな花が咲くのだろうと興味本位に苗を植えておいたのである。


随分小さな可憐な花で、開ききらないチューリップのような形で咲いている。
雨上がりのダイアナも、なかなかいい!
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by m_chiro | 2010-06-21 18:53 | 雑記 | Trackback | Comments(0)
「頸が痛くて回せない」患者さんの頭位
ソファーに横になって長時間TVを観ていたという婦人が、翌朝起きたら頸が痛くて回せないと言って治療にみえた。
診ると、右への回旋運動には支障がないが、左回旋は20度ほどで痛みによる制限がある。
左頸部から肩にかけての痛みを訴える。確かに左の僧帽筋が緊張している。
肩甲骨も内旋位に固着されている。

単純な筋痛でカウンター・ストレイン等を用いてリリースした。
それでも左回旋による頚反射が残っているので、それもリリースして変化を見てみた。
座位で40度ほど問題なく回旋が可能になったが、それ以上の動きでは頸の下部に痛みが起こる。

どうも回旋の動きで頭位の変化が強調されるようだ。
眼球運動を見ると左外側上方への動きに問題がみられる。
眼球運動を調整すると頭位も安定し、左回旋運動も問題なく出来るようになった。

発症の経緯を思えば頭位の変化に早く気付くべきであった。
頭位は眼球運動にも依存しているので、頭位の変化と眼球運動のチェックは欠かせないポイントである。

ヒトの視覚情報系は、脳の中でとても重要な感覚系を担ってる。
姿勢保持や頭位の決定に眼球運動が関与していることは神経学的にも明らかである。

犬の目とヒトの目は大体同じように出来ているらしいが、その能力はかなり違うように思う。
犬と暮らしてみて、そう思う。

構造的には瞳孔の大きさがまるで違う。何しろ眼底検眼鏡の要領で犬の瞳孔にまじかに接近すると、網膜の血管を肉眼で観察できるから、レンズで言えば絞り全開のようなものである。
そうなるとピントを合わせる深度が浅い分、遠くがボケるわけだから犬の見ている映像はフィルターでもかかった状態なのだろう。
それでも視界はヒトよりも随分と広いようで、私がかなり後方に立っても見えているようである。私の存在が視界から消えると、はじめて頭を動かして見る。

ところが、犬の重要な情報系は視覚ではなく嗅覚にあって、視覚は確認作業として使われることが多いとされている。
でも、動体視力はすこぶるいい。だから狩猟犬が務まるわけだが、それも人間が選択的に種を保存し育ててきた経緯と関係があるのかもしれない。

ヒトは木の上に生息していた時代に食べ物を見分けるための色彩を獲得し、眼球を良く動かして頭位と連動させてきた進化の歴史が関係しているのだろうか。

頭位が変化することで、その変化を保持する頸部の筋群の平衡が乱れ、痛みや運動機能に影響が起こっても不思議ではない。
頸の障害や姿勢保持あるいは頭位の関係に影響を与える眼球の動きは、とても興味深い臨床的指標のように思う。
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by m_chiro | 2010-06-16 00:10 | 症例 | Trackback | Comments(3)
「脚の痛みが背中へ来た」.???
4日前に、MPS(筋・筋膜性疼痛症候群)と思われる左下肢痛で、「歩くのが辛い」と言ってみえた婦人がいた。
治療後に歩行を確認させると、全然問題なく歩けると喜んで帰られた。

今朝、その婦人が「何とか診てもらえないか」と電話があり、夕方においでいただいた。
とても辛そうで、そのうえに運転も不安で、御主人が連れてみえた。

脚の痛みが続いているのかと思ったら、「あれから脚はまったく大丈夫だったが、脚の痛みが今度は背中へ来た」と言う。

要領の得ない話をまとめると、治療にみえた2日後から背中の胸郭下部が特に苦しくなって、今朝は左の肩背部が痛んで首も回らないのだそうだ。
手の指も痛くなった、と言う。
見ると「ヘバーデン結節」がある。今まで痛んだこともなく、リューマチ検査で陽性になったこともない。

何も思い当たることもない。特に無理もしていない。
そう言いながら、「脚の痛みが背中へ来た」と繰り返す。

話を聞いていても要領が得ないので、触診しようとして首に触れたら「アレッ!」と感じた。
「ちょっと熱がある?」。
「いや、ないと思う」。
計ってみたら37.8度ある。

風邪やインフルエンザなどの熱による全身性感染症でも、よく筋肉痛が起こる。
マクロファージがウイルスを取り込んで、インターロイキンという内因性の発痛物質を出すことが知られている。
それが一方では視床下部に、もう一方では筋肉に運ばれて、プロスタグランジンE2の産生を促し発熱する。
このプロスタグランジンE2の作用で酵素が細胞外に遊離され、筋肉のタンパク質を分解する時に、発痛物質が作られて筋肉痛が起こるのである。
ちょうど熱の出始めと重なって、筋肉痛が起きたのだろう。
食欲はどうかと聞いたら、味覚も感じなくなって美味しくない、と言う。

かかりつけの内科医について訪ねると、私のところから20~30分かかりそうな地域だった。
今からでも診察時間に間に合うだろう。
この時間帯だから、更に熱が上がるにちがいない。
そんなわけで家庭医のところに向かわせた。

その後、御主人からの電話で「今帰宅してお薬を飲んで寝ました」と報告があった。

治療は、一期一会で向かわないとの教訓だった。
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by m_chiro | 2010-06-12 01:48 | 症例 | Trackback | Comments(0)
ヘルマン・ヘッセ「庭仕事の愉しみ」から
このところ好天気が続いている。今日も初夏の陽気で気持ちがいい。
ようやく半袖で過ごせるようになった。
治療室の前の小さな花壇には、バラの花が満開になった。
いい香りが、そこいら中に漂っている。

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ここ十数年ほど、余暇に花などを育てている。
いわゆる庭仕事を愉しむようになった。
庭と言っても、我が家の庭は「猫のひたい」である。
だから、ささやかな庭仕事である。

若い頃は、土いじりは手が荒れる、と一切やらなかった。
手の感覚が鈍ると思った。
治療家の道を歩んでからは、大好きな野球もやめた。
突き指などしたら困るし、何よりも掌の皮が厚くなるからである。
手の感覚が鈍ることは極力避けて来たし、大事にもしてきた。
それが庭仕事をするようになったのには、きっかけがあった。

きっかけというのは、ドイツの文豪・ヘルマン・ヘッセの「庭仕事の愉しみ」という本を読んだことだった。
何とも言われぬ強い憧れを感じたのである。
人も自然の中の一分子として、そこに「生き死に」までもが調和されて織り込まれているのを感じた。

この本には、ヘッセの珠玉の詩と水彩画、庭仕事に精を出すヘッセの写真などを散りばめながら庭仕事への思いが綴づられている。
午前中に創作をし、午後には庭仕事という日々の中で、育てた花を水彩画に描き、その花に詩を寄せ、「庭仕事は瞑想だ」とヘッセが語っていた。
例えば、こんな詩が寄せられている。

 「満開の花」
桃の木が満開だ
どの花も実になるわけではない
青空と流れる雲の下で
花たちはやわらかにバラ色の泡と輝く

桃の花のように想念がわいてくる
日ごとに幾百となく
咲くにまかせよ 開くにまかせよ
実りを問うな!

遊びも 童心も 過剰な花も
みんななくてはならぬものだ
さもないとこの世は小さすぎ
人生になんの楽しみもないだろう


ヘッセの足元にも及ぶわけではないが、庭仕事を愉しみながら真似ごとでもしたいものである。自分が育てた花を絵に描きとめることが出来たら、もっと楽しいだろうなぁ~。
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by m_chiro | 2010-06-10 00:44 | 雑記 | Trackback | Comments(2)
膜の話③ ニモの疑問
ニモ(Raymond L. Nimmo,D.C.)は初期のカイロプラクターであるが、その考え方は当時とても斬新だったと思う。
そのニモのテクニックや考え方も、カイロプラクティックにどれだけ浸透したかは疑問符がつく。
むしろ他領域のボディワークに多く取り入れたようにも思うが、どれだけ正確に伝えられたか、それも疑問である。
何しろテクニックの形は押圧であるから、誰にでも簡単に真似のできるものなのだが、ニモの狙いを確実に実行しているかは分からない。
それでも、ニモの概念はトラベルのトリガー・ポイントに内包されて広がって行った。

ニモの経歴を辿ると、カイロプラクティックのテクニックに対する疑問を繰り返しながら辿りついたものであることとが分かる。

ニモは1926年にパーマー・カイロ大学を卒業している。
開業してBJパーマーの「上部頸椎テクニック」を使っていたようである。
これはホールインワン・テクニック(HIO)とも呼ばれ、全ての身体的問題を上部頸椎の変位に還元している手法である。
ニモの最初の疑問は、「姿勢がよいのに痛みに苦しめられる人がいる。逆に姿勢が悪いのに痛まない人がいる」、「収縮させたわけでもないのに、緊張した筋肉の人がいるのはなぜだろう」、「なぜ緊張した筋が作られるのだろう」、というものだった。

次に、ニモはローガン・ベーシックを学んだ。ローガン・テクニックは、端的に言えば極めて軽微なタッチ仙結節靭帯周囲に触れて身体の律動を促すものである。
だが、何十キロもの重い物を持ち上げたり、体重が90kgもあるような人が歩いたり走ったりするのに、軽微なタッチが身体にどのような恩恵をもたらすのか? ここでもニモの疑問はぬぐえなかった。
それにローガンは、ヒーリングの教室に学んで、その原理を借用していたことも疑問を大きくしたのだろう。
更に、いろいろな技法にかかわりながらも疑問は消えないままだった。

最終的には、筋膜リリースの「マッキントシュ・システム」に学んだことで、ニモの手法が完成されて行く。
そして、カイロ大学の卒業から25年以上経って(1954年)、レセプター・トーヌス制御法(RCTM)がニモの治療法になったのである。

ニモの概念には独特の用語が使われたようであるが、概念的に同じ一般的な用語がある時は自らの用語を惜しげもなく放棄したようである。

ニモが行き着いたのは「トリガー・ポイント」と同様の概念だった。
それは、筋・筋膜あるいは靭帯には痛みの神経メカニズムが働く配置があるというものであった。
そのポイントこそ、中枢神経系に押し寄せてバランスを覆す有害なインパルスを生成する部位だとしたのである。

カイロプラクティックが「関節面のミスアライメント」を盛んに主張していた時に、ニモは筋・筋膜の末梢と中枢を結ぶ異常な焦点に注目した。そして、「ザ・レセプター」という雑誌を発行して主張し続けたのであるから、まさにカイロプラクターとしては異端だった。

参考文献:R.Cooperstein,B.J.Gleberzon(伊藤彰弘監訳):カイロプラクティック・テクニック・システム.218-225、エンタプライズ、2005.
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by m_chiro | 2010-06-09 00:05 | 膜の話 | Trackback | Comments(0)
初めてのマンゴスチン
患者さんが「お裾わけ」と言って、初めて見た果物を持参してくれた。
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「何という果物?」と聞くと、「メモしてきた」と言ってポケットからメモを取り出して教えてくれた。
「マンゴスチン」という名前だそうだ。
見た目は、まるで焼き物の置物のようで鉱物質な印象です。

ご本人も初めての果物で、送られては来たものの、まだ試食もしていないのだそうだ。
「どうして食べるのかも分からない」と言うので、早速、検索してみた。
いろいろ書かれていた。便利なものである。

この果物、東南アジア原産で栽培適地は限定されているようだ。
「果物の女王」と言われているそうである。
ちなみに果物の王様は「ドリアン」だそうだ。
ドリアンも私は未だ食したことがない。

「マンゴスチン」の皮は、厚めで硬く殻のようだ。
この皮は抗がん剤として薬用に用いられたりされるらしい。
そんな記述があった。
コレステロールを下げる作用とか、抗酸化さようもあると書かれていたが、
真偽のほどは分からない。

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ともかく乳白色の果肉は、中にそれぞれ1個ずつ大きめの種子を持ち、とても上品な甘さだった。

発芽能力を持つ種子は、その中の1個だけなんだそうである。

日本では2004年に生での輸入が解禁になった果物で、アメリカでの輸入解禁は2008年だというから、近年になってお目にかかるようになった果物のようである。
世界はどんどん狭くなって行くようだ。
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by m_chiro | 2010-06-05 01:15 | 雑記 | Trackback | Comments(0)



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