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ぼたんの後にクレマチス
この間まで、庭のぼたんがきれいに咲いていましたが、雨が降り続いてぼたんも終わりました。
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なかなか気温も上がってきません。
雨模様がが続いて、それでなくても肌寒い日なのに
また肩をすくめてしまいます。

庭のクレマチスが、今年はたくさんの蕾をつけました。
それでも、この2週間ほど蕾のままで待機状態でした。
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これは5月24日の状態です。もう2週間も蕾のままです。
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5月25日の朝、霧雨の中をもう我慢できんとばかりに開き始めました。
寒さに震えているような感じです。
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5月26日、少し気温があがって一気に咲き始めました。
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今日はほぼ咲きました。
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by m_chiro | 2010-05-29 01:15 | 雑記 | Trackback | Comments(8)
「慢性痛症」という病い
急性痛がなかなか治らず、長引いている痛みをこれまで「慢性痛」と称してきた。
「急性痛」と「慢性痛」は時間的要因で分けられ、3か月あるいは6カ月以上続いている痛みが「慢性痛」とされてきたのであるが、それはコホート後ろ向き調査の結果によって、単純に時間的に区切られているにすぎない。
そうなると治癒が長引いているだけでの話で、痛みの機序にかかわる根拠に基づいたものではない。

では、なぜ長引くのか、これが問題である。要因はいろいろあるだろうが、治療者の立場から言えば、痛みの原因となる機能的因子にアプローチできていなかったと言うことにもなろう。何しろ腰痛の原因でも85%は不明とされているわけであるから、原因因子に辿りつけなかったという治療者サイドの反省も心しておかなければならない。

ところが近年になって「慢性痛症」という概念が出てきたことで、これまでの「慢性痛」に対する認識が一変することになった。
「慢性痛症」は、いわゆる「慢性痛」の概念とは全く違っている。
最近の神経学的研究がこうした「病としての痛み」の存在を明らかにしたのである。

1980年代半ばから、新しい概念が提出されたとされている。
いろいろな種類の病態痛モデルが実験動物につくられ、こうした研究から病態の機序が明らかになった。この慢性痛症の病態は痛みの強さや長期化などの要因で、痛覚系以外の神経系、例えば自律神経系や触神経が痛覚系とリンクされてしまう歪んだ痛みのことである。
従来の痛みの発症機序とは全く違っている。したがって「慢性痛症」は病気としての痛みというわけである。

かつて「慢性痛」とされたものが、新たな概念として「慢性痛症」という病名がつくられ、何となしにややこしい話になった。
ここは従来の「慢性痛」の概念を捨てなければならない。捨てると言っても、時間的要因以外に大した意味を持たない名称なのだから、そんな深刻な話でもない。
それでも急性痛が長引く「慢性痛」は存在するわけで、これには従来の痛みの機序が通用する。
「慢性痛」という言い方に、これまでの概念もイメージも固定されているので、「慢性痛症」の名称はホントに紛らわしい限りである。

さて、最近「慢性痛症」と思われる女性の患者さんがみえた。
数10年も腰痛、背部痛、頚部痛、頭痛と痛みを抱えてきたようであるが、3年前に転倒して骨盤部の亀裂骨折を負い、療養生活に入った。
外傷が癒えて動き始めたのだが、あちこちの痛みに加えてめまい感が出始めた。
動けないので寝ることが多くなって、痛み行動が顕著になった。
寝ていても、布団に背部が触れていることで痛むようになった。車の背もたれでも痛い、と言う。
加えて動悸がするようになり、不眠や頭痛、耳鳴り、耳の閉塞感、手足の痺れ感、など様々な症状に悩まされるようになり、日常の行動はますます制限された。
車の運転もできなくなり、仕事も辞めた。
あらゆる精密な検査を受けたが異常はみつからない。
結局は、心療内科に行きついて精神安定剤等を処方されているが、症状は一向に良くならず、本人は不安を抱えて暮らす羽目になってしまった。そんな状態が3年も続いている。

「慢性痛症」には、こうしたあらゆる症状がでても不思議ではないのである。
痛み系と他の神経系がリンクされ、歪んだ症状が出るとされている。
どの神経系とリンクされるか、また、どこにどのような症状が出るかは予測できない、とされる。
精密な検査でも問題が指摘されるわけではない。

残念なことに、こうした新しい痛みの概念が医療者全般に理解されているとは言えない現状なのだそうだ。
先月、愛知医科大学の熊澤孝朗先生にお話をお伺いする機会があったときに、この事態を大変憂慮されておられた。そして、「慢性痛症」は多方面からの学際的アプローチが必要だと強調されていた。医師にこの対応を求めても難しい局面があるので、コメディカルの人たちの活躍を期待している、とも話されていた。

慢性痛症の治療は、まず患者さんにこの病態を理解してもらうことから始めなければならない。
患者さんが理解しただけでも、病状は好転することがあるとされている。

先の患者さんにも、慢性痛症に関する情報を出来る限り与えた。「はじめて聞いた」と言う。
そういう病態があるということを知って、自分の中に巣くっていた不安も大分消えたようである。
痛み行動から抜けようとする意欲もみられた。
気圧の変化や気温の変化でも痛み系やその他の神経系が作動するので、事前の対応や心の準備が必要であることもアドバイスした。例えば、首にマフラーを巻いて過ごしたり、気温の低下には衣類を一枚多くしたり、そんな対応もするようになった。
突然、動悸に襲われても冷静に対応できるようになって行った。
もちろん可能な限りの身体の機能性の問題を、私の守備範囲のなかで治療した。
1か月ほど経って、2次的な症状が随分と軽減した。それだけでも日常の生活に余裕も出てきたようである。車の運転も出来るようになり、散歩も日課になった。雨の日は、家の階段を昇り降りして体を動かすようになって、痛み行動から積極的に抜け出そうという意欲が現実の生活に反映されるようにもなった。

慢性痛症の患者さんには、どんな症状でも起こり得る。
たとえ痛みや他の症状が出ても、恐れずに動けるお手伝いをしなければならない。
こうした変化をみると、治療者も慢性痛症には視野を広くして幅広く対応することが肝心なのだと実感させられている。
痛みを知ることは、治療者の必須のアイテムでもある。
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by m_chiro | 2010-05-27 22:00 | 痛み考 | Trackback(1) | Comments(1)
膜の話② 「膜の話」はニモD.C.の考え方からはじめよう
膜の話② 「膜の話」はニモD.C.の考え方からはじめよう

先に、「トリガー・ポイント(TP)」と「侵害生成点(NGP)」について触れた。

NGPは訳者によっては、「侵害生成点」や「有害生成ポイント」と訳されている。
いずれにしても、今日的には「トリガー・ポイント」と同義と見ていいのだろう。
同じような概念が、医師とカイロプラクターという異なる領域から、ほぼ時期を同じくして論述されていたわけである。
ところで、この2人の同様の概念に対する臨床的手法にはどのような違いがあるのだろう。

TPに対しては、ストレッチ&コールドスプレー、そしてTP注射が用いられたことはよく知られている。
では、「ニモの手法は?」と言うと、レセプター・トーヌス制御法(Receptor Tonus Control Method;RTCM)と呼ばれている。
どうもNGP(TP)に虚血性の圧迫を行ったようである。
具体的には、NGPに7~10秒間ほどの圧迫を3~4回ほど反復する方法らしい。

随分と単純な手法だと思うのだが、そうした手法そのものよりも核心的な課題が2つある。
ひとつは、NGPつまりTPを同定することにある。どこでも押せばいいという訳ではないので、これが手法の前提としては単純ではない。
もうひとつは圧迫の加減である。器具も使ったとされるが、強すぎても弱すぎてもダメで、その加減にも難しさがある。単純なほど奥は深いのかもしれない。

実は、ニモの手法は局所の刺激を使って、上下の神経系の応答に働き掛けているのである。
このニモの考え方は、カイロプラクティックの中では異質である。
つまりカイロプラクティックの特徴とされる分節的手法ではない。
カイロプラクターが膜系の治療を語る時に、このニモの概念を避けては通れないものがある。
ニモの考え方には、共感できるところが多々ある。
そんなニモの考え方を紹介しながら、膜の治療について考えて行きたいと思う。


参考文献:1.増田裕:ニモ・テクニック.マニピュレーション、18(3):51-55
     2.R.Cooperstein,B.J.Gleberzon(伊藤彰弘監訳):カイロプラク
      ティック・テクニック・システム.
      218-225、エンタプライズ、2005.
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by m_chiro | 2010-05-24 19:41 | 膜の話 | Trackback | Comments(0)
今年の「酒田まつり」はあいにくの霧雨
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1609年(慶長14年)から日枝神社の例祭としてはじまった山王祭りが、一度も欠かすことなく400年も続けられてきました。


1976年の酒田大火の後の復興を機に「酒田まつり」と名称も変わりましたが、今年のお祭りは昨日からの生憎の雨模様です。


それでも本祭りの山車行列には霧雨に変わっていました。

長い冬が終わり、田植えも終えて、東北の本格的な春を喜ぶように多くの人で賑わいます。

19日の前夜祭では巨大山鉾に灯がともりました。
とてもきれいで、ダイナミックです。









本祭りの今日(20日)は、霧雨が降ったり止んだりでした。
行列が始まる前に、酒田のシンボル獅子頭はスタート地点の市役所前に勢揃いです。
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スタート前に市役所前で待機中の大獅子
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「健やかに育て」と子供を大獅子の口に入れてパックン祈願に。
順番待ちで祈願してもらうのもスタート前の光景です。

いよいよスタートです。
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20日の本祭りは午後1時から、酒田のシンボルである大獅子が市役所前をスタート。
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目抜き通りを山鉾と獅子頭に続いて山車行列、市内の小学校の干支(寅)の山車などなどが続きました。
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子供たちの寅の山車は、制作した小学生たちが引きます。
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こんな面白い獅子舞も山車になりました。

祭りは明日(21日)まで続きます。
酒田の春の一大イベントです。一日中、人の波が途絶えません。
親子連れや学生たちが、屋台店が立ち並ぶ通りにあふれていました。
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by m_chiro | 2010-05-21 00:06 | 庄内の記 | Trackback | Comments(0)
今年の黄花君子蘭
気温が乱高下中。
連休明けから、また寒い日が続いている。
この2~3日は気温も10度を下回り、3月上旬の寒さです。
暖房器具は、いまだにフル回転。

仕舞いこんだ冬物を、また引っ張り出して着ています。
長い冬という感じでしょうか。

田植えが終わったと言うのに、低温障害を起こさないかと心配になる。
こんなに寒い日が続く春って、これまであっただろうか?
記憶を辿りますが、浮かんでもきません。

そんな寒空の中、治療室では黄花君子蘭が今年も見事な花をつけました。
今日は満開です。
毎年、患者さんの眼を楽しませてくれています。
植物を通して会話も弾んで、ありがたい存在です。

オレンジ色の君子蘭は、まだ蕾。
黄色の花は早咲きなんですね。

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by m_chiro | 2010-05-13 23:37 | 守屋カイロ・オフィス | Trackback | Comments(0)
「両腕と両大腿部の痛みで動きも緩慢になった」という患者さん
2週間ほど前に60代前半の男性が治療にみえた。

数年前から慢性的な腰痛で、症状に応じて時に整形外科に通院中である。
椎間板ヘルニアと診断され、牽引と鎮痛薬、湿布剤を処方されている。
3月初め頃に、今度は朝起きた時に首の具合が悪くなって、いつもの整形外科医院で診察を受ける。X-rayで首の老化を指摘され、いつもの処方に加えて筋緩和剤が出された。
尿酸値も高いので2年前から内科にも受診中であるが、現在は投薬で尿酸値も抑えられているらしい。
老後のゴルフが何よりの楽しみで、多少の腰痛があってもゴルフを楽しめていたのだが、3月初めに首の痛みを感じてから、ゴルフもできなくなったと嘆く。
2か月も経過したが両腕と両大腿前部の痛みで動作痛があり、動きも緩慢になった。
整形外科医は、「あまり良くならなかったらMRIを撮ろうか」ということだった、と言う。
他の検査はやっていない。MRIの前にやるべきことがありそうなものだが。。。。

確かに、特有の痛み動作がみられる。
深部反射はすべて減弱しているが、病的反射はみられない。
筋活動でαモーターニューロンの信号にイレギュラーがある。そこを安定させても筋活動や痛みが変化することもない。際立った圧痛もみられない。筋の緊張度は低下しているが、他に触診上の関連する異常もない。
安静位では痛まないが、動き始めが特に痛いので立ち上がり動作、寝返り動作、歩行など、どうしても緩慢になっている。動き始めると、どうにか動けるが痛みが無くなるわけでもない。

特に、両腕、両大腿前部と両側性に対称性の痛みを訴えているのも気になる。
経過も悪化傾向である、と言う。
治療後の結果も思った改善が見られないので、生化学検査を勧め神経内科医に紹介することにした。

その患者さんが、検査結果を持って再びみえた。歩行がかなりスムーズである。
大分、楽になった様子である。
さて、生化学検査結果だが、50項目の検査中、19項目にLかHが付いている。
中でも、CRP値が10倍ほど高い。炎症反応である。が、クレアチンキナーゼは低くなっている。2か月も安静にしていたせいだろうか。
ヘモグロビン分画の血糖値も高い。その他、もろもろ血液成分や内臓機能の問題があるが、膠原病を疑わせる数値には問題が無く、神経内科医の診断は「リューマチ性筋炎」だった。

神経内科で処方された薬が効いているようで、動きは改善傾向である。
先ずは神経内科での治療を優先させることにした。
「原因が分かってよかった」と言ってはいたものの、しっかり管理することも肝要である。
そんなことを話していると、「もうビールは止めました」と笑っていた。
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by m_chiro | 2010-05-10 19:14 | 症例 | Trackback | Comments(0)
「ターヘル・アナトミア」は俗称だった
前回記事にした「桜を求めて角館へ③青柳家と「解体新書」に、メールで情報をいただいた。
その中に、次のURLを参考に紹介してくれた。
九州大学附属図書館企画展「東西の古医書に見られる身体」-九州大学の資料から-」
ページの下から3番目の図書のこと。

九州大学医学部と青柳家にあるのは「トーマス・バルトリン・アナトミア」のようである。
青柳家で撮った展示本の写真を見直すと、確かに「トーマス・バルトリン・アナトミア」と表示されている。
小田野直武の挿絵で「解体新書」の原画となったのは、この「トーマス・バルトリン・アナトミア」だった。

そこでもう一度、「解体新書」の原本について調べてみた。
すると、どうも「ターヘル・アナトミア」なる書名の図書は存在しないようである。
どこで混乱したのだろう?

杉田玄白が「蘭学事始」に「ターヘル・アナトミア」と書いた底本は、実際には「クルムスの解剖学書」のようである。
この本はドイツ人のクルムス(1689-1745年)が書いた解剖書で、1732年に出された第2版が数ヶ国語に翻訳されている。
その中にオランダ語訳があり、書名が「Ontleedkundige Tafelen(1734年)」である。
この本を杉田玄白が訳したことになる。書名を「ターヘル・アナトミア」とフリガナしているらしい。「Ontleedkundige Tafelen」はどう読んでも「ターヘル・アナトミア」にはならないが、杉田玄白はそう表記していたのだろう。
こうして「ターヘル・アナトミア」が俗称として流布したようだ。

「解体新書」は基本的には、玄白が「ターヘル・アナトミア」と呼んだ「クルムス解剖書」のオランダ語訳であるが、他にも数冊の洋書が参考にされて「実用的な解剖学書として再構成された本」ということのようである。

『解体新書』は一般に『ターヘル・アナトミア』の翻訳書と言われているが、それ以外にも『トンミュス解体書』『ブランカール解体書』『カスパル解体書』『コイテル解体書』『アンブル外科書解体篇』『ヘスリンキース解体書』『パルヘイン解体書』『バルシトス解体書』『ミスケル解体書』などが参考にされており、表紙は『ワルエルダ解剖書』から採られている。また和漢の説も引かれている。
(ウイキペディア「解体新書」より)


「解体新書」の挿絵もいろいろな解剖書を参考にしたのでしょう。
その挿絵の原本とした一冊「トーマス・バルトリンアナトミア」が、九大図書館と青柳家に展示されている、というわけです。
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これは角館・青柳家に展示されている小田野直武の描いた「解体新書」の表紙。

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左の写真は小田野直武が描いた挿絵の原画で、アダムとイブを現した「ワルエルダ解剖書」の扉絵である。

結局、「解体新書」の翻訳文も誤訳が多いと後に改訂されている。

今でこそ解剖書はどれにしようか迷うくらいあるが、最初に解剖書を制作しようとした人たちの苦労は大変なものがあったようである。





参考文献:ウイキペディア「ターヘル・アナトミア」、「解体新書」
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by m_chiro | 2010-05-09 23:08 | 雑記 | Trackback | Comments(0)
鯉のぼり
5月5日、子供の日

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街で見かけた鯉のぼり。
眺めているうちに、ついつい口ずさんでしまいます。
「こいのぼり」を。

甍(いらか)の波と 雲の波
重なる波の 中空(なかぞら)を
橘(たちばな)かおる 朝風に
高く泳ぐや 鯉のぼり

開ける広き 其の口に
舟をも呑(の)まん 様見えて
ゆたかに振(ふる)う 尾鰭(おひれ)には
物に動ぜぬ姿あり

百瀬(ももせ)の滝を 登りなば
忽(たちま)ち竜に なりぬべき
わが身に似よや 男子(おのこご)と
空に躍るや 鯉のぼり


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近くには菜の花畑が広がって...。

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私の治療室には、手作りのかわいらしい鯉のぼりが送られてきた。
ささやかだが、フエルト作りのうれしい鯉のぼりです。
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by m_chiro | 2010-05-06 00:07 | 庄内の記 | Trackback | Comments(2)
桜を求めて角館へ ③角館・青柳家と「解体新書」
③角館・青柳家と「解体新書」

そもそも角館は、中世に権勢をふるった岩手県雫石の豪族・戸沢氏が南部氏に追われて秋田県に入り、交通の要所であった角館に本城を移したことにはじまる。
やがて、お城を築き、城下町を創り、神社仏閣を勧請した。
そんなわけで角館には、1960年に創られた武家屋敷町、商人町、寺町など多層的な魅力を持った街並みである。
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武家屋敷の中でも、特に「青柳家」はとても興味深く異彩を放っていた。
先ず、門構えは「薬医門」である。この門は公家や上級武士の武家屋敷の正門とされている。その横には、樹齢400年の枝垂れ桜が見事に花を付けている。

母屋は1772年に建てられた「かぎ屋づくり」で、藤沢周平作品「鬼の爪」の映画が青柳家で撮影されている。庭園の見事さ。山役を務めた青柳家の先祖が、奥羽の山野から集めた花木、薬草など600種類もの花木が庭の四季を彩ると言われている。

その青柳家の屋敷内には、さまざまなコレクションの蔵が展示会場として公開されている。
例えば、「武器蔵」。武具や刀、鉄砲など数々の武具が展示され、青柳家が武器役として活躍した時代を偲ばせる。

その他、蓄音機やカメラなど西洋文化の先端技術のコレクターとしても名高かった青柳家のコレクションを集めた「ハイカラ館」、「武家道具館」、「ミュージアム」、「秋田郷土館」など、見所も満載である。
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特に興味深く観たもの、それは「ターヘル・アナトミア」の原本とその翻訳である杉田玄白の「解体新書」初版本の展示であった。
「ターヘル・アナトミア」の原本は九大と青柳家にしかないとされる一品である。
なぜ、秋田の片田舎の青柳家に「ターヘル・アナトミア」の原本があるのか、実に興味深い。
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「ターヘル・アナトミア」の挿絵はレンブラントが描いたが、「解体新書」の挿絵は小田野直武という角館の武士が描いたのである。
この小田野直武という人物は、無名でありながら画才に恵まれ、秋田に来ていた平賀源内に師事したとされる。
青柳家の「解体新書」は、この直武の遺品とされている。
直武は秋田蘭画を築いた人でもあり、31歳の若さで謎の死を遂げている。
小田野直武が描いた絵は残されているが、実像を伝える資料はない。本当にミステリアスな話である。
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青柳家と小田野家は姻戚関係にあり、直武は青柳家の当主と深い親交があったようである。
青柳家の庭園には、その直武の胸像が建てられていた。
青柳家はミステリアスで異彩、探れば探るほどに興味を誘われる。
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この連休、一番の興奮でした。
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by m_chiro | 2010-05-05 23:50 | Trackback | Comments(0)
桜を求めて角館へ ②武家屋敷の枝垂れ桜
② 武家屋敷の枝垂れ桜

角館の桜は、弘前公園、北上展勝地と並んで「みちのく3大桜名所」のひとつである。
その角館の桜は、① 角館・桧木内川堤の桜並木遊歩道で記事にしたソメイヨシノと、武家屋敷通りの枝垂れ桜の2種類の桜を違った風情で楽しめる。

桧木内川堤の桜並木遊歩道の桜は、現天皇陛下のお誕生を記念して植えられたのがはじまりらしい。
それが今では全長2kmにわたり、1万本もの桜並木となっている。1975年に国の名勝指定を受けている。

武家屋敷通りの枝垂れ桜は、その歴史も古く1664年に遡る。
この年、京都の公家が角館・佐竹氏に嫁いできた。
その嫁入り道具の中に3本の枝垂れ桜の苗木が入っていたのだそうだ。
その苗木が今では400本を数えるまでになり、その中の153本の枝垂れ桜は国の天然記念物に指定されていると言う。
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そもそも角館は、中世に権勢をふるった岩手県雫石の豪族・戸沢氏が南部氏に追われて秋田県に入り、交通の要所であった角館に本城を移したことにはじまる。
やがて、お城を築き、城下町を創り、神社仏閣を勧請した。
そんなわけで角館には、1960年に創られた武家屋敷町、商人町、寺町など多層的な魅力を持った街並みである
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by m_chiro | 2010-05-05 22:46 | 雑記 | Trackback | Comments(0)



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