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空の近況:mikiさんのお母さんへ
久し振りに、「空(くう)」の一時預かりのmikiさんとお母さんに、電話でお話することがありました。
空の話題で楽しい話が出来ました。

Mikiさんは、 「ちばわん」 で、犬猫救済ボランティア活動をしながら、「一時預かり」で里親さんを探しています。
我が家の「空」は、そのmikiお姉さん宅から来ました。
空はとてもおてんば娘で、家人を散々困らせたようです。
その時の様子をmikiさんがブログに書いています。

03.1.20の「サークルごと...」という記事です。
悪ぶりが伺われそうな記事と空の顔写真、女の子なのに相当のやんちゃぶりです。
困らせた分だけ家人の思いも強いようで、mikiさんのお母さんは「空に会いたい」と、いつも言っているとか。

そのお母さん、私のブログに空が登場するのを楽しみにしているらしい。
でも、電話で言われました。
「むずかし系はチョット...」、他の記事は敬遠されているみたいです。
ここは御期待に応えて、空の近況を写真でお母さんのためにお届けします。

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冬場はストーブの前から離れないくせに、外に出ると雪の中を走り回ります。








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ドッグランのある公園には桜があり、花見に出かけたときに撮ったものです。









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日差しが眩しいけど、気持ちいいなぁ~。
東北の遅い春にドッグランで沢山の日光を浴びました。
空、大満足です。











c0113928_1930761.jpgでも、花より匂いが大事のようです。




















c0113928_19312267.jpg私が遅くまで用事をしていても、空は私が床に着くまでこうして側に付いています。
家内は既に寝ているというのに、婦人の鑑のような空です。
この頃は、お転婆ぶりがすっかり影をひそめて、一番のおりこうさんになりました。
歳をとったのかなぁ~?



mikiさんのお母さん、満足いただけだかなぁ~...。
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by m_chiro | 2009-06-25 19:39 | わん・にゃん物語 | Trackback | Comments(13)
低気圧になると、なぜ痛みが出やすくなるのだろう?
ミネアポリス・痛み研究の先生の記事・「2009.06.19 頭の痛い話」に御自身の体験談が書かれていた。

さて話はかわって。現在、ミネアポリスは概ね低気圧の中。どうにも体調がすぐれない。気圧が下がると相対的に生体に加わる圧も低下する。となると例えば血管の緊張も低下する。血管の緊張が低下すれば、血管は拡張する。となると何が起こるのか?そう頭痛が発生するのである。
昨晩、その偏頭痛に襲われた。こうなるともう眠るしかない。そして今朝、何故か腰も痛い。基本的に私は関節、腰に痛みなどなかった。首も痛く湿布のお世話にならざるを得ない。近頃、そういう痛みをよく感じるようになった。しかも低気圧の接近に連動して。

確かに、気圧の変化が起こると、思い当たることもなく体調の悪さや痛みを訴える患者さんから突然の治療予約が入ることが多くなる。

自律神経と痛みは関連も深いようだ。気温が下がる、湿度が高い、気圧の変化など環境因子は人の病態に大きく影響することが分かっているようである。特に、交感神経と痛みの関連はよく指摘される。

自律神経はどのようにして気圧の変化を感知して反応するのだろう。
おそらくは内耳・前庭にある気圧を検出する受容器なのだろう。その情報が中枢に送られ自律神経が反応しているのだろうと思う。
気圧が下がると副交感神経が優位になる。そのときヒスタミンが増えるらしいから、血管を拡張させる。すると偏頭痛が起りやすい。

あるいは血管から周囲の組織に水分が滲み出す。むくみが起る。痛み感覚が更に交感神経を刺激して、末梢の筋肉や関節周辺では血管が収縮する。痛み物質が反応する。
プロスタグランジンE2は、平滑筋を収縮させる作用や末梢血管を拡張させる作用があるようだから、PGE2も関与しているのだろう。

脳では血流が増して頭痛となり、末梢では交感神経の作用で血行が悪くなって筋・関節周辺で痛みをつくる。異常な悪循環の構図ができあがって、自律神経も失調する。
そんなふうに単純に考えてみたのだが、どうなのだろう。

健康と天候の相関については、医科学の分野でも研究・調査の対象になってきたようだ。
2004年には、テルモ株式会社(本社:東京都渋谷区)が「健康と気候に関するアンケート」調査を行っている。立正大学、国土環境株式会社との共同調査で、全国に居住する40~60代の一般生活者及び慢性疾患患者の1168名を調査対象者としている。

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確かに環境因子は無視できないようだ。
Lancet誌は気候変動の健康影響に関する報告まとめ、温暖化などの気候変動が人の健康に及ぼす影響についての問題提起を行っている(同誌2009年5月16日号に掲載)。
今後、このような環境と健康に関する調査が多くなりそうである。
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by m_chiro | 2009-06-23 01:16 | 痛み考 | Trackback(1) | Comments(5)
立位と歩行で右ハムストリング筋に痛みが...
40代の介護士の女性が、2週間ほど前から長時間の立位や歩行で右ハムストリング筋に痛だるさを感じるようになった、と言って来院した。

際立った身体所見は、右腸腰筋の筋力の低下、および右ハムストリング筋に数箇所の圧痛が見られることである。
非代償性の傾斜と捻転がある。おそらく介護労務での身体所作が作っている歪みなのだろう。
ありふれた単純な問題に思えたので、腸腰筋の安定に焦点を絞って治療を行った。
ハムストリング筋にある圧痛は、対側の前腕部に交差する反応点がみられなかったので直接リリースした。治療後に動作痛を確認すると良好である。
在宅での腸腰筋のエクササイズ、仕事での身体所作の注意事項、などを指導して様子をみてもらうことにした。

その女性が2回目の治療にみえた。
治療後の大きな変化はない。変化したことは、具合が悪い時に腸腰筋エクササイズを行うと楽になった、こと。
「でも今日は具合がいい」、と言う。
緩解因子は何かと尋ねたら、「今日は仕事が休みだから」。
では、「休日は全く痛まないのか?」と言えば、「そうでもない」。
台所仕事で長時間立っていると、やはり右ハムストリング筋に痛みが出るそうだ。
やはり、前回同様に右腸腰筋の筋力が低下している。指導事項を行っても変化していないということは、単純に腸腰筋やハムストリング筋の問題ではないのだろう。

と言うことで、視点を変えて再チェックを行った。先ずは腸腰筋を安定させてから、問題点を検証し直す。
すると、横隔膜と後環椎後頭膜への負荷により、安定させた腸腰筋の抑制が起る。
横隔膜は、最大呼吸時に抑制反応が顕著に出る。どうも呼吸の問題がありそうだ。

「ここ1ヶ月ほどの間に、呼吸に関係したことで特に集中したことはなかったか」、尋ねてみた。
最大呼吸で止めるような運動をしているとか、あるいは歌や発声に関係したレッスンを受けているとか、そんなことである。

5月頃から施設の入居者を一堂に集めて、毎日、呼吸運動の指導をするようになったらしい。
「分りやすく指導しなければならないので、特に強調して見せながらやらせている。だから、余計に力が入っていると思う」、とも言う。
「それで休日は調子がいいんだろうか? そう言えば、その呼吸運動の時間の後に余計具合が悪いようだ」。

きっと、無理な呼吸運動が引き金になったのだろう。
腸腰筋は横隔膜を貫いて出るので、両者の機能は相関しあっている。
横隔膜を安定させれば、腸腰筋の安定も持続できるだろう。
というわけで、ターゲットを横隔膜と後環後頭膜に変えた。
横隔膜と後環椎後頭膜をリリースして、再び負荷チェックを行うと腸腰筋の抑制反応も出なくなった。

現段階で良好なので、あとは結果を待とう。
これでも好転しなければ、再々チェックで、また仕切り直しである。
治療は推理ゲームの繰り返しのようなところがある。
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by m_chiro | 2009-06-19 23:03 | 症例 | Trackback | Comments(5)
音に変換された痛みの信号
1990年5月に、米国にあるノースウエスタン・カイロプラクティック大学(Northwestern College of Chiropractic)の50周年記念祭の招待を受けて、ミネソタ州・ミネアポリスに出かけたことがある。
ナショナル大学、パーマー大学と回り、アイオワのモリーン空港から18人乗りの小型プロペラ機でミネアポリスに飛んだ。
50周年のイベント&パーティ会場はラデソン・ホテルだった。
そのパーティは今でも想い出に残っている。
「カントリー・ロード」のヒット曲を持つジョン・デンバーのショータイムがあった。
何よりも街の人たちは開放的で、どこへ行っても気軽に声をかけてくれる明るさがとても気に入って思い出深いものがある。
私のオフィスの待合室に掛けられている絵は、この時にミネアポリスの路上で買った絵である。
猫を素材にした明るく漫画チックな絵で安かった。
そんなこともあって、ミネアポリスには思い入れも深い。

何気なくミネアポリスを検索していたら「ミネアポリス 痛みの研究日記」というブログに行き着いた。
ミネアポリスにある大学で、痛みの基礎研究を行っている日本人の研究者のブログのようだ。
その09.6.11の記事・「初公開!脳神経な日常」に、オシオスコープによる神経興奮の様子の動画が載っていた。
面白いことに、興奮している神経を捕まえて神経の発火を音に変換している。


う~ん、これは痛そう!!

目からの痛み入力が、三叉神経脊髄路核尾側亜核浅層で受けている活動電位の記録だそうだ。
素人目にも、痛みを感じる動画である。
人間の営みはこうした活動電位に支えられているわけだ。
痛みも電気信号だとよく分かる。

こうした「痛みの基礎研究」を異国の地で研究されている日本人の存在もうれしい!
大声援を送らせていただきます。
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by m_chiro | 2009-06-18 23:39 | 痛み考 | Trackback(1) | Comments(8)
中谷幸代「時のしずく」
父の日のプレゼントにと、娘がCDを送ってきました。中谷幸代さんという女性のピアノ曲です。ボランティア活動を通じて親しくしていただき、一緒に活動もしたピアニストのようです。

中谷さんは阪神淡路大震災の罹災者で、家が全壊し下敷きになりました。
その時に、身を守ってくれたのがピアノだったそうです。ピアノが身代わりになり、彼女の命が助かりました。
そのことからピアノへの愛着も一層深くなって、ピアノによる表現者としての道を歩み始めた女性のようです。
コンサートではピアノを弾いたことのないお客様との即興連弾にも人気があるとか。
また、縦笛などとのコラボレーションで即興演奏や、福祉施設での音楽療法、学校などでの講演コンサートなど、個性的な活動をされているようです。

YouTubeに、「ロンドンデリーの歌」を縦笛と中谷さんとの即興コラボ演奏が出ていました。
この曲は「ダニーボーイ」という題名で親しまれたもので、とても好きな歌なので貼り付けます。


「時のしずく」を聴いていると、音楽を聴いているというよりも、その場に馴染んだ音が流れているという感じでしょうか。
日常には色んな音が流れています。車の音、風の音、雨の音、鳥の声、水の音、そんな日常にまるで空気のように馴染んで意識に上がってこない音が、ピアノのメロディとなって流れているような曲です。
即興の曲も、周辺にあるある音を邪魔することなく調和している感じです。
懐かしさ、温かさ、安心感、まどろみ...、そんな旋律がただそこに流れているといった感覚で聴こえています。
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by m_chiro | 2009-06-16 12:25 | 雑記 | Trackback | Comments(6)
痛み治療の原則を考える
「ぎっくり腰は放置でよいのか?」加茂先生のブログに次の記事が引用されている。
「ヘルスウィークにおける「今まで間違っていた“痛みの医学”」講演会

元ニューヨーク医科大学麻酔学教授、現名誉教授・ 渋谷欣一医師が行ったとても重要な講演の要旨である。TKさんが記事を紹介してくれた。
徒手療法でも参考とすべき痛み治療の原則論が語られている。
痛み治療を考えるよ上で、とても良い記事を引用していただいた。

徒手療法においても、痛み治療で最も大切なことは、先ずは痛みを知ることである。
その上で、対象の痛みがどのような分類基準に添うものであるかを見極める必要がある。
したがって除外診断は欠かせない。
除外すべきは3つに絞られるだろう。3つとは、1に感染症、2に外傷(骨折など)、3に癌性疼痛である。これらは徒手療法の守備範囲外にある痛みである。

更に、痛みを2つに大分する必要がある。1つは急性痛とその遷延した慢性痛で、これらは侵害受容性疼痛とみてもよいだろう。
2つめは慢性痛症であるが、これは神経因性疼痛に分類される難治性の痛みである。この2種類の痛みは、その機序も全く違っている。したがって、治療のアプローチもそれぞれの機序に応じて変わる必要もあるだろう。

侵害受容性疼痛の治療において重要な徒手検査の所見は、痛みの再現性(負の再現性)を確認することである。これは治療後の効果の指標にもなる。
一方、慢性痛症における徒手検査は、痛みが消失あるいは軽減されるか(正の再現性)を見極めることが鍵になる。
正の再現性は治療の大きな指針のひとつに成り得るからである。しかしながら慢性痛症に対する決定的な治療法や治療薬は、今のところ提出されていない。

したがって対処すべきことと言えば、慢性痛症に移行する前に徹底的に痛みを取り除くことに尽きるのである。これは痛み治療の原則論である。上記の講演でも渋谷欣一先生が強く訴えられているところである。
だからこそ痛み学の情報を与えることは、痛み治療の重要なポイントにもなる。
患者の意識を徹底した除痛に向けることが出来るからである。

侵害受容性疼痛における治療手技の目的は、痛みの伝達経路を遮断することにある。
その手法を問うものではないが、カイロプラクティックや整体などでは身体の歪みの矯正が目的にされがちになる。それらは治療の指標に成り得ても、目的ではない。
例えば、ぎっくり腰のような急性の代償性の歪みは痛みが去れば修復されることが多々ある。
したがって、歪みの矯正を治療の目的を置くべきではなく、早期の除痛こそが最優先されるべきである。
歪みを作っている筋スパズムや、身体を歪めて補正せざるを得なかった機能障害の部位を取り除くことが徒手治療でも最優先されるべきなのである。
こうしたケースでの歪みは、補正作用の結果なので除痛できれば歪みは自ずと修復されやすいからである。

一方、慢性痛症では痛みの可塑変化を変えることにある。
それには本来の正常な神経回路を再構築するために、学習能に働きかけることが肝要なのだろう。
また、痛み治療の基本は「安静よりも行動」にある。特に慢性痛症に至っては、無効な医療や鎮痛薬への依存から抜け出して、自ら生活の質(QOL)を改善する意欲的な取り組みが要求される。
身体機能の回復と心理的な支援は、こうした慢性痛症の改善の手助けになるものと思われる。
世界の痛み治療は、医療チームの連携によるに学際的集学アプローチに向かっており、その効果も報告されるようになってきた。
このことは慢性痛症が決して一元的なものではなく多元的なものであり、治療は多角的なアプローチであるべきことを示している。包括的なケアが望まれているのである。
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by m_chiro | 2009-06-15 08:43 | 痛み考 | Trackback | Comments(0)
第6回・わんわん大運動会
毎年恒例の「わんわん大運動会」が、最上川の河川敷で行われました。
愛犬家が集まって、犬と飼い主が一緒に遊ぶ運動会をやろうよ、と言う幹事さんの呼びかけで、6年前に第1回目がスタートしたときは、地元のTV局も取材に来て賑々しく始まった運動会でした。

種目は、「だるまさんが転んだ」、「早食い競争」、「しゃもじリレー」など障害物競走ばかりです。
早食い競争は飼い主がソーダの一気飲み、ワンコは餌の早食いがセットになっています。
犬が食べないときは飼い主が代わりに食べてもいい、というルールですが、さすがにそこまでやる飼い主さんは誰もおりません。
犬の運動会というよりは、飼い主が犬と一緒に遊ぶひとときです。
入賞者には景品も出ます。もちろん犬の食べ物ですが...。

第1回目のとき、ほとんどのワンちゃんたちが純血種でしたが、私の空(くう)と桐子だけがMix犬で、その上に捨て犬でした。
そのときはTV局の取材もいわくのある犬に興味をもったらしく、インタビューやら映像にも撮られ、あげく「特別賞」までいただいちゃいました。

その運動会が愛犬家たちの間に広まり、毎年参加するワンちゃんたちも増えて、今年は45匹が運動会に参加しました。犬のサイズ別に分けられて、飼い主さんとのタッグマッチが行われるわけです。
見物犬も外野席のテントで応援でした。
今年、私は用事があって、フルタイムの出場が出来なかったので、私の空と桐子は応援に回りました。
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               応援席の空と桐子です。

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障害物競走の参加犬と飼い主のペアマッチ
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by m_chiro | 2009-06-15 00:18 | わん・にゃん物語 | Trackback | Comments(4)
身体の歪みは必ずしも矯正すべきだとは限らない
解剖学者の故・三木茂夫先生の書き残された論文には、これまで大いに啓発されてきた。
例えば、生の原型について書かれた「宇宙の根源現象」には「らせん」と「リズム」に関する記述がある。
このことを初めて洞察したのはゲーテらしい。

朝顔の茎が支柱にらせんを描いて巻きつく様。杉の古木のらせんの溝(ほとんど左巻き)。
植物の葉がらせん状に次々と飾りつける様。花弁の渦巻き。
発芽の連続写真では芽の先端がらせんを描きながら真直ぐに成長する様。
大動脈壁にみる線維のらせん。無髄神経に見るらせん。
血管に腸管、尿管に卵管、精管に臍の緒など互いに交差したらせんの層線維。
羊の角、マンモスの牙などなど。DNAもらせん構造だ。
これは生き物だけに留まらない。台風の渦、ジェット気流、渦潮に素粒子のスピン運動などなど。

身体を見ても、やはり「らせん現象」としての捻じれや傾斜が観察できる。
大なり小なり捻じれの見られない人は、先ずいない。
急性の痛みを訴える人、例えばぎっくり腰になった人などには、特に顕著に捻じれや傾斜がみられる。
だからといって、捻じれや歪みを特別に問題視することなどない。
問題にすべきは痛みであって、歪みや傾斜ではないからである。
だから、代償された歪みは、痛みが消えれば戻ることが多い。
身体に見る「らせん」の歪みは生き物の原型なのだから、右巻きの「らせん」現象だろうが、左巻きだろうが、すべては代償作用に従っている。

従って、身体の捻じれ現象を抱えている人でも、特別な問題もなく健康に過ごしている人は沢山いる。
では、身体の捻じれ現象は全く問題がないのかと言えば、そうとも言えない。
それは「生の原型」としての代償する捻じれパターンが、壊れているタイプである。
このタイプのらせん現象は、「生の原型」であるべき補正のパターンを作れていない。
非代償性の歪みパターンである。したがって、この「非代償性タイプ」は痛みや不調を引き込みやすい。

そこで何をすべきかと言えば、本来の代償性の「らせんパターン」、補正作用としての「傾斜パターン」に戻してあげればいい。
どこでその補正パターンが崩れたか?
それが分れば、そこを補正パターンに歪めてあげればいい。
ぎっくり腰で傾斜した身体を、なまじ矯正したりすると動けなくなることがある。
これは補正作用を取り除いた行為の結果だからであろう。

長年、人の身体を観察して、この「らせん構造」に築いたドクターがいた。
三木先生が言う「生の原型」と、同じ観察を身体に見つけたわけである。
オステオパシーのゴードン・ジンクD.O.である。
アイオワ州のデモイン・オステオパシー大学で教鞭を取りながら、生涯の大半を筋膜の研究に費やしたとされるドクターである。
そして、健常者の「代償性らせん&傾斜のパターン」と、病的な「非代償性パターン」を分析している。
代償する部位も決まっていることに気づいた。
つまり、後頭骨-環椎-軸椎部位、胸隔膜、横隔膜、骨盤隔膜の4部位に注目している。
補正作用が、どの部位で崩れたかを分析すれば、治療のターゲットを絞り込める。
本来の補正パターンを再現できれば、身体は自ら修正方向に作用する、と言うわけである。

私はこの原理を参考にして、治療に生かしている。
力学的介入はほとんど行わない。刺激の入出力による学習能を利用している。
それでも残された非代償性パターンがあれば、そこで初めて力学的な介入を行っている。

身体の歪みは真直ぐに矯正すればいい、と言うわけでもないのである。
本来が「代償性パターン」で当たり前なのである。
この代償性を壊したら、身体は不調になる。原型に戻せば本来の機能を保ちやすい、と言うことにもなろうか。
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by m_chiro | 2009-06-11 22:37 | 膜系連鎖 | Trackback | Comments(2)
臨床の基本形とは
学会誌の編集作業でてんてこ舞いです。
やっとすべての原稿が揃い、一山越えた感じです。
先日は、招待講演のテープ起こしの原稿を学会誌用にリライトしていました。
演者は、昨年の学会で特別講演をされた富山大学保健管理センターの斉藤清二教授です。
その中で心に留まった話が出ていましたので紹介しておきます。
臨床の基本形とは何か、ということに触れておられました。

斉藤教授の専門は内科学、心身医学、臨床心理学、医学教育学ですが、医療コミュニケーションをキーワードにした「ナラエビ医学」を提唱している先生です。
ナラエビ医学とは聞きなれない言葉ですが、EBMとナラティブ・ベイスト・メディスン(NBM)を合わせた斎藤先生の造語だそうです。

そもそも「臨床」という日本語は、英語のクリニカル(clinical)やクリニック(clinic)とピタリ一致する言葉ではない、とても含蓄がある言葉なのだと斎藤先生は述べていました。臨床の「床」とは「とこ」のことで、所謂「ベッド」ですが、そこには人が横たわっている。
なぜ、横たわっているのかと言えば「苦しんでいる」からです。
つまり「患者さん」ですが、英語で患者さんは「patient」で、この語源は「patience(忍耐)」にあるのだそうです。
だから「とこ」に臥している人は「苦しみに耐えている人」で、医療の初期の段階では「死に逝く人」だったのだろう、と話されていました。
そこに臨床の基本形が見られると言うのです。ちょっと長くなりますが、そのさわりの部分を引用します。

その死に逝く人が苦痛に耐えながら床(とこ)に横たわっている。すると、そんな患者に対して少しでも役に立ちたい、あるいは苦しみをやわらげてあげたい、と望む者が出現する。おそらく最初はごく普通の人、特に専門家ではなくて、いわゆる隣人だったと思います。苦しんでいる人がいれば、その傍にその人に関わる一般の人がいたのだろうと思います。ですから、いわゆる臨床というのは苦しんでいる人、一般的には患者と言われる人と、その苦しみが癒される事を願う者、この二人の関係で成り立つわけです。この相互の間に交流がなければ、そもそも臨床は成り立たない。これが基本的な見方です。

そして、その苦しみをなんとかやわらげようと願う者が、次第に専門化して行って医療者になった。臨床とは苦しむ人が横たわるベッド(床)に臨んで、すぐ傍らにいてアテンド(attend)する。アテンドというのは、実はただ単に居るのではない。アテンション(attention)という「注意深く見守る」という非常に深淵な言葉を含みます。患者さんが何をして欲しいか。どこが苦しいのか。自分がどういう役に立てるか。注意深く見守りながら、すぐに行動できるように待機しているのです。

当然、患者さんを観察することは大事なのですが、もうひとつ大事なことは患者さんと対話をすることです。苦しみが訴えられ、そしてその苦しみが聴き取られるのです。「どこが苦しいですか?」。「私に出来る事は何かありますか?」。「どうして欲しいですか?」。「水が欲しい?」、「じゃぁ、水を汲んできましょう」。「そこをさすって欲しい?」、「そこをさすりましょう」。こうして患者さんと対話しながら、その苦しみを癒そうと努力するのが臨床家なのです。

基本的には、「私にはこういう治療法があるから、あなたにやってあげましょう」ではなく、「あなたのどこが苦しいかに合わせて、私が動きましょう」という受動的な姿勢なのです。ただし、そこには注意深さが必要です。更に、医療者が専門化したということは、技術を持たなくてはならない。もっと言えば能力も持たなくてはならない。したがって、専門能力を持つ者が、患者と対話しつつ患者のニーズに合わせて動いていく。これが臨床の基本形だろうと私は思っています。


臨床の姿勢とはこうした基本形にあるので、専門領域の自己主張にあるのではないのでしょう。
個人が持つ意味や価値を取り扱う姿勢を取り戻すことは、EBM同様に必要なのでしょう。
客観的であることを過度に重視してきた従来の研究は、それがダメと言うことではなく、そこに偏向したしたが故に、個々人が持つ「固有の意味づけ」を十分に扱えてこなかったのかもしれません。
だからこそ、EBMとNBMを統合する在り方が求められなければならないのでしょう。
医療者と患者さんとのコミュニケーションで紡ぐ「物語」の中に、医療の「質」を求める必要があるのだろう、とそんなことを思いながら編集作業をしていました。
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by m_chiro | 2009-06-10 11:53 | 雑記 | Trackback | Comments(5)



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