カテゴリ:雑記( 153 )
患者の「自助努力」を処方する治療家でありたい
構造的異常を痛みの原因にしない②
日常生活の癖が原因でいつのまにかヘルニアが生じる
ヘルニアがあっても痛くない人は筋痛(スパズム)が起きていないのです。ヘルニアのサイドと痛みのサイドが有意に一致する率が高いのであれば、体の歪みの癖(筋肉の短縮、痛みを避ける体位)と関係している可能性があります。
このあたりは研究してみるべきです。手技療法家のご意見は?


体癖傾向や習慣性姿位は、手技療法家にとってとても重要な研究課題だと思います。

こうした体癖傾向は筋肉を短縮させる、あるいは逆に筋肉の正常な収縮度を失わせることにつながりやすく、それが代償性の運動連鎖や機能連鎖を引き起こすことになると考えます。

そこに何かが引き金になって、スパズムが起こると「痛み」となる。

おそらく、痛みは最終警告なのでしょう。事前の警告が発信されているはずなのに、皮質有意の人間の脳は自分の都合で対応してしまいます。本能的な警告系の受信を無視しているか、気づかないのかもしれません。

ペットの猫や犬の生き様を観察していると、動物は自らさまざまな身体の変化に対応して自助努力をしていることに気づかされます。調子が悪いと、食事をもとらずにじっとうずくまったまま動こうともしません。回復が訪れるのを待っているかのようです。我が家のペットには、庭の土に穴を掘って、その中に身体を入れて休めていた猫もいました。回復するまで3~4日も、そんな暮らしをしていたのです。

ところが、人間は予定や仕事を優先させて、ついつい無理を重ねてしまいます。警告の受信は退化して役に立っていないか、無視されるのでしょう。

子供を叱るときでも、最初はやさしく言って注意します。それでも聞かないと、大きな声で注意します。次には、怒鳴ります。最後は「ゴツン!」です。最終警告です。
同様に、痛みには事前の警告があるものと思うのです。最終警告の「痛み」が発信される前に、その事前にも対応したいものです。

体癖傾向や習慣性姿位に注意してあげることは、患者の自助努力を促す一つの有り方でもあるでしょう。最も、それ以前になぜそのような体癖や習慣が起こるのかが問題とされなければなりませんが...。

ともかく、患者の自助努力を促すために、体癖傾向や習慣的姿位を指摘することは大切なことと考えます。身体の運動学や動態学的分析を行い、筋のトーンをみると推理できます。その推測に基づいて、必要な在宅のストレッチやエクササイズ等などを指導する。

医師が薬を処方するように、「自助努力」を処方する治療家でありたい、と思います。
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by m_chiro | 2007-12-07 11:05 | 雑記 | Trackback | Comments(5)
神経が伝わる仕組み
一次痛と二次痛があって、緊急時の伝導と遅い伝導の二次痛はその速度が全く違う。そんなイメージを作るのに、次のサイトはお勧めである。

また、コンピューター・グラフィックでニューロンの種類や働きが紹介されている。

感覚神経ニューロンと運動神経ニューロンの違いや、有髄神経と無髄神経の伝導速度の違いも動画でイメージできる。

また、伝導系と伝達系の違いを、電気シナプスと化学シナプスでの動画でみることができる。

Aβ有髄神経の伝導速度の早さに比べ、無髄のC線維は遅い伝導であることもイメージできる。

http://www2.edu.ipa.go.jp/gz/a-cg/a-800/a-810/IPA-acg410.htm
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by m_chiro | 2007-12-04 11:40 | 雑記 | Trackback | Comments(0)
勇気とやさしさをもらえる詩
同郷の詩人・吉野弘さんの詩に「生命は」がある。
私はこの詩が大好きで、自信をなくしたり、へこんだり、自分を見失いそうになった時など、よく読み返す。
前に進む勇気を、小さな命へのやさしさを、私はいつもこの詩にもらってきた。
なんど読み返しても、やさしくて、力強くて、ほのぼのとさせられる。
小さなもののけな気さ、ささやかなものの存在感を再認識させられる。
「ありがとう」がこだましてくるような詩だ。

「生命は」    吉野 弘

生命は
自分自身だけでは完結できないように
つくられているらしい
花も
めしべとおしべが揃っているだけでは
不充分で
虫や風が訪れて
めしべとおしべを仲立ちする
生命は
その中に欠如を抱き
それを他者から満たしてもらうのだ
世界は多分
他者の総和
しかし
互いに
欠如を満たすなどとは
知りもせず
知らされもせず
ばらまかれている者同士
無関心でいられる間柄
ときに
うとましく思うことさえも許されている間柄
そのように
世界がゆるやかに構成されているのは
なぜ?

花が咲いている
すぐ近くまで
虻の姿をした他者が
光をまとって飛んできている

私も あるとき
誰かのための虻だったろう

あなたも あるとき
私のための風だったかもしれない

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by m_chiro | 2007-11-25 00:53 | 雑記 | Trackback | Comments(3)



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