カテゴリ:痛み学NOTE( 77 )
「痛み学」NOTE 66.  慢性痛における筋痛症問題の概念はややこしい❸
「痛み学・NOTE」は、日々の臨床で痛みと向き合っている医師や日本を代表する研究者の著作あるいはホームページを通して学んだり考えたりしたことを、私の「学習ノート」としてまとめ、書き綴るものです。


❸ 筋痛症の背景には中枢性過敏症候がある

筋痛症に関わる概念は病態の領域も曖昧で、それらの概念も整理されているとは言い難いものがある。
多分に混乱しているのだろう。
次ぎ次と新たな概念が専門科目の領域から提示されて、益々複雑にされていく感がある。
筋・筋膜の病態生理がよく分かっていないこともあるだろうし、痛みの修飾作用が多岐にわたることも一因かもしれない。
あるいは「痛み学」が学問領域として自立し教育されていないことや、研究が半ばであることも理由かもしれない。

デカルトは、痛みを刺激の受容から認知まで一つの経路で括った。
そんな感覚の唯物論的解釈が成立するのであれば、ことは簡単だったのだ。
ところが痛みは視床より上位にバトンされ、そこから大脳皮質の広範な領域に投射される。
当然、精神心理や記憶・運動といった問題が複雑に絡んでしまう。
だから、その領域の専門家は、自らの立ち位置で解釈するのだろう。

そのような状況下で、「CareNet」に筋痛症をまとめた記事が掲載されている。
著者はアメリカ国立衛生研究所(NIH:2001~2004)に勤務した経歴を持つ戸田克洋先生(廿日市記念病院リハビリテーション科・日本線維筋痛症学会評議員)で、筋痛症問題といっても線維筋痛症の背景にある問題を整理したものである。
それでも筋痛症問題の背景を概略理解することができる内容になっている。

「正しい線維筋痛症の知識」の普及を目指して! - まず知ろう診療のポイント-」

筋痛症の広範な病態を指摘してあり、ここからも筋痛症の問題が深刻な病態であることを知ることができる。筋痛症の問題には少なからず脳の機能的な問題が関わっていて、背景に中枢性過敏症候群(Central sensitivity syndrome)という疾患の存在があるようだ。

中枢性過敏とはワインドアッド(wind up)現象とされるもので、痛みの感度を増幅させる中枢性の機能にかかわっている。
以前に「下行性疼痛抑制系」について触れたが、中枢性感作はその逆の疼痛増幅系とでも呼べるシステムの存在といえるだろう。
そして、これが神経可塑性の重要な一面を担っているのである。

もっともその始まりは末梢侵害受容器、特にC線維の活性にあるのであって、だからこそ痛みには早い対応が要求されている。
災いの芽は早めに摘めということだが、この病態だけは末梢受容器からの入力がなくなっても維持されるというから厄介である。

だからこそ、背景にある中枢過敏の病態も併せて考慮しなければならないのだろう。
戸田先生の記事によると、慢性筋痛症の背景には少なからず中枢性過敏を示す症候が存在するようだ。
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(「正しい線維筋痛症の知識」の普及を目指して! - まず知ろう診療のポイント-」より)

この図からも一目瞭然のように、かつては心身症や心因性兆候、身体表現性障害とされていた疾患が筋痛症の温床になっている。
その背景の病態を知ると、厄介な筋痛症の複雑な病態の存在を考慮しなければならないのだろう。

ところが不思議なことに、MPS(筋・筋膜性疼痛症候群)の概念はどこにも登場しない。
どう考えてもMPSは、筋痛症問題の広範な背景を占めているように思えるのだが、こうした括り方も問題を複雑にしている理由なのかもしれない。
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by m_chiro | 2014-10-10 22:02 | 痛み学NOTE | Trackback | Comments(0)
「痛み学」NOTE 65.  慢性痛における筋痛症問題の概念はややこしい❷
「痛み学・NOTE」は、日々の臨床で痛みと向き合っている医師や日本を代表する研究者の著作あるいはホームページを通して学んだり考えたりしたことを、私の「学習ノート」としてまとめ、書き綴るものです。


❷FSS(機能性身体症候群)は果たして筋痛症問題を総括できるのだろうか

近年になって、FSS(Functional Somatic Syndrome:機能性身体症候群)という、また新たな概念が提示されている。
ハーバード大学の精神科・Arthur J. Barsky教授が1999年に発表したものだ。
当初は批判的な意見も多く、その拡散には時間を要したのだろう。
見聞きするようになったのは、ここ数年のことである。
「Lancet」誌がFSSのレビューを掲載したのは2007年で(The Lancet Volume 369, Number 9565, 17 March 2007)、FSSは次のように解説されている。

「身体症状の訴え、苦痛、障害の程度が個々の疾患に特異的な構造や機能によって説明できる障害の程度に比べて大きいという特徴を持つ一連の疾患群」


要するに適切な検査を行っても明確な所見がみられない。
だから信頼できる診断の目安がない。
構造的にも特異的病理でも充分な説明ができない身体症状であって、それが慢性的に続いているのだろう。

こうした患者さんは、ともすると「仮病」とみられることがあり、医療の介入がなおざりになることで病態の固定化が進むという厄介な事態になる。
MPS、FM(あるいはFMS)そしてFSSと、それぞれに重複する症状が多々ある。
それらの要素を追うと、ひとつの鍵は筋筋膜にありそうだ。

すべての生き物は、他の脅威から身を守るための何らかの身体的防御あるいは武器を備えている。
例えば、亀甲類には硬い甲羅、ハリネズミなどの針つき毛皮、スカンクの化学兵器などなど、小動物こそ生存のための防御は重装備である。
ところがヒトは丸裸だ。
一見して無防備のようだが、実はこの丸裸にこそ重要な防御システムが隠されている。

しかもハイテク機能である。それは皮膚や筋筋膜に張り巡らされた受容器と脳を繋ぐ全身的情報のネットワーク・システムである。
起源はポリモーダル受容器だろう。
この受容器は再現性が極めて悪い。
そのことはむしろ、生体内外の環境をリアルタイムに伝える情報網であることを証明しているように思える。

知覚が欠落した無痛症という疾患があるが、この患者さんたちには長期の生存を期待することができない。
警告系ネットワークの防御網が機能しないからだ。
ヒトはこうした情報網を高性能にしながら、同時に脳や身体機能、心象風景までも進化させてきたのである。
だからこそ筋筋膜の織り成すネットワーク網は重要な鍵のひとつなのだ。

もうひとつの鍵は、心象に関わるストレスの構造にありそうだ。
FSSの原因も「身体的ストレスの経験」が引き金になっている。
それは器質的な疾患であれ、末梢性刺激による機能障害であれ、初期病状に関わる障害であれ、不安や鬱の心身障害の経験であれ、すべてが身体的ストレスとして経験され認識される。
こうした経験は現行の症状を解釈する段階で、身体イメージが構築され、根拠のない疾患所見を生みだし、それが信念となりやすい。
そして症状が慢性化されるほどに重度になる。
更に機能障害が進行する。
こうなると単独疾患が複合した合併症状となりやすい。

にもかかわらず、医学的検査で証明できる所見がみつからない。
「結果、異常なし」と宣告される。
こうした事態は、FSSの原因仮説から考えても問題を深刻にさせるだけなのだろう。
「機能性身体症候群」の名称は、諸々の事象を包み込んでいるように思えるのだが、それにしても目安の設定が望まれるところである。
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by m_chiro | 2014-09-30 08:38 | 痛み学NOTE | Trackback | Comments(0)
「痛み学」NOTE 64.  慢性痛における筋痛症問題の概念はややこしい❶
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❶ 筋痛症問題に切り込んだMPSの概念

本来、痛みは生理機能的に誘発されるものである。
ところが、その原因を構造・器質に求める時代が長く続いた。
痛みに対する構造的視点が核心的な認識となっていたころ、それを反証する概念のひとつとしてMPS(Myofascial Pain Syndrome:筋筋膜性疼痛症候群)が提示された(1952)。

筋筋膜痛そのものは、ヒポクラテスの時代から記録があるとされる古い疾患名である。
その筋筋膜に関連する障害や関連症状などの一連の症状も含めて、ひとつの症候群として一括りにしたのがMPSである。
筋痛症問題に先鞭をつけたのがMPSの概念ではないだろうか。

特徴的にはトリガーポイント(TrP)の存在が目安で、押圧・触診により他の部位に関連する痛みを誘発する。
当然ではあるが、診断の指標となる臨床検査値は見当たらない。
症状も一様ではなく、全身性に発症する。
MPSを面倒な存在にしているのは、TrP生成の機序がよく分かっていないことだ。
また、圧痛(TeP)が見つかっても必ず関連痛が起こるとは限らない。
TrPの潜在的な筋線維の兆候も想定されているが、その原因も明確ではない。

線維筋痛症(FM:Fibromyalgia:FMS)とも重複するところが多々あるようだが、FMSについては診断基準が発表された(1990)。
それでも釈然としないものがある。
MPSが一側性に発症する特徴があり、FMSは両側性にみられるという違いなどもあるようだが、MPSとFMSの線引きが明確になったようには思えない。
近年の研究は、脳実質(灰白質密度)やシナプスにおける可塑的変化などの調査が行われ、この疾患が痛覚過敏にとどまらない深刻な病態にあることが窺がわれるようになっている。

まだよく分かっていない部分が多くあるからだろうが、それでも徒手療法の臨床ではMPSの概念や手法は有用性も高く効果を上げているようだ。
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by m_chiro | 2014-09-30 08:32 | 痛み学NOTE | Trackback | Comments(0)
「痛み学」NOTE 63. 慢性痛に移行する体内環境 ②
「痛み学・NOTE」は、日々の臨床で痛みと向き合っている医師や日本を代表する研究者の著作あるいはホームページを通して学んだり考えたりしたことを、私の「学習ノート」としてまとめ、書き綴るものです。


63. 慢性痛に移行する体内環境
② 痛みの前駆ステージを見逃せない


こんな患者さんがいた。中年の女性であったが、既往歴を聴くと部位を変えて痛みが続発し、あるいは再発し、10年にも及んでいるのである。
腕、顎関節、肩に首、腰、膝、足首と痛みが移動するように続いて、あげくにRA陽性となった。
抗リューマチ薬が処方されているが、両足底から趾にかけて腫れて痛むため歩行がままならないのだという。なぜ、こんなに部位を変えて痛みが続くのだろう。それが一番気になった。

心理的ステージも見逃せないが、食の嗜好もあなどれない。
そこで、食の偏りや間食の嗜好などを尋ねてみた。
するとアイスクリームと駄菓子が大好きで、冷蔵庫にはアイスを切らしたことがないのだそうだ。
ポテトチップなどのパッケージ菓子も、開封したら食べきってしまうほどに好物だという。
これでは痛み物質の再生工場のような体になるだろう。

延々と食と痛みの関係を説いて改善してもらうことにした。するとどうだろう。
数か月後には別人のように活動的になった。
一日に5,000~1万歩も散歩するようになり、旅行に出かけては15.000歩も歩いたと健脚を誇るようになったのである。こうした改善例はたびたび経験するところでもあろう。

炎症は組織の損傷に端を発するが、実はその炎症も治癒を促す過程にある(NO22-「59.炎症・腫脹にみる合目的活動のダイナミズム」)。
ところが慢性に移行するケースでは、「炎症-治癒のプロセス」が機能しない。
それどころか逆に組織傷害が反復するという悪循環にはまるのである。

「炎症-治癒のプロセス」では、炎症性物質と抗炎症性物質のせめぎ合いによって、炎症の鎮痛と組織修復がもたらされるのだ。
組織が修復できなければ、病理的な変性疾患に移行する。
関節リュウマチもそのひとつであるし、筋骨格系の痛みが慢性化するのにも同様の原理が作用することがある。
要するに「痛みの前駆ステージ」を促進させるような食に留意することも重要なのである。

では、どんな食物が痛みの前駆ステージを促進させるのだろう。
よく知られるところでは、精製された穀類、小麦粉製品、穀物食の肉類と卵、パッケージ食品と加工食品、揚げ物、トランス脂肪酸と含有製品、オイル(コーンオイル、サンフラワーオイル、大豆油、多くのサラダ・ドレッシング製品)などが前炎症性に関与するとされている。

痛みへの「罠」は至る所にある。
魔法のようにすべてを解決できる鎮痛薬などもない。
前炎症段階をもたらす食を改善することは、重要な鎮痛要因のひとつでもあるのだ。

人間は遺伝子的に旧石器時代から狩猟採集食に適応しているのだろう。
代表的な食物は果物・野菜・ナッツ類・じゃがいもなどで、鮮魚や草食あるいは牧草食の家畜肉などがあげられている。
一方、現代食では精製穀類、小麦粉製品やトランス脂肪酸を含む加工食品・パッケージ食品、揚げ物などに代表される前炎症性食品にあふれている。

こうしてみると、抗炎症性食物と前炎症性食物との間には特徴的な傾向がみえるようだ。
ひとつは植物食の摂取不足である。
これはカリウムやマグネシュームの不足を解消するために働く食物である。

もうひとつはΩ6脂肪酸の過剰摂取だろう。
多価不飽和脂肪酸にはΩ6(リノール酸/n-6)とΩ3(αリノール酸/n-3)があり、これらは植物から得られる必須脂肪酸である。
このΩ6とΩ3の摂取割合によって、前炎症と抗炎症のステージが分けられる、とする提言がある(「炎症と痛みに対する栄養学的配慮」David R.Seaman,D.C.)。
その要旨を図にまとめてみた。
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「Ω6:Ω3」の割合は「1:1」が理想とされている。
ところが、現代のアメリカ人の標準では、「20~30:1」以上の割合でΩ6が圧倒的に多量な傾向にあるらしく、この割合は極めて「前炎症段階の食」ということになる。
だからこそ努力目標としての割合を「Ω6:Ω3=4:1」としており、この割合は「前炎症」のステージと「抗炎症」のステージを分けるボーダーラインだという。

要するに望ましい割合というわけだ。が、この望ましい割合を今日の食文化の中で実施するのは、確かに努力がいることだろう。
そう考えると、今日の標準的な食生活というのは、痛みが蔓延して社会問題化している現代の一面を言い得ているのかもしれない。
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by m_chiro | 2014-08-19 12:39 | 痛み学NOTE | Trackback | Comments(0)
「痛み学」NOTE 62.慢性痛に移行する体内環境 ①炎症から神経系の感作へのプロセス
「痛み学・NOTE」は、日々の臨床で痛みと向き合っている医師や日本を代表する研究者の著作あるいはホームページを通して学んだり考えたりしたことを、私の「学習ノート」としてまとめ、書き綴るものです。


62. 慢性痛に移行する体内環境
① 炎症から神経系の感作へのプロセス


いわゆる「慢性痛」とされる病態は一様ではない。
熊澤孝朗先生は「慢性痛症」という用語を当てているが、これとて必ずしも慢性痛の線引きが明確にされている分けではなさそうだ。
そこには単に急性痛が長引いて慢性的に推移している病態も含めているからで、「急性痛が長引いた」ものと、「病的な痛み」が含まれていることになる。

仙波恵美子教授(和歌山県立医科大学)は、「生理的な痛み」「病的な痛み」という表現を使っている。
まとめると、「生理的な痛み」としての急性痛と慢性痛(慢性痛症)があり、そして「病的痛み」としての慢性痛(慢性痛症)があるということだろう。

さて慢性痛症に移行するプロセスには、「神経系の感作」が係わっていることが分かってきた。
「感作」とは、本来はアレルギー反応などに用いられてきた言葉らしい。
そこをイメージすると、神経系感作の厄介さが理解できる。

神経系の感作は末梢からの強い侵害刺激が持続することで、あるいは逆に末梢からの刺激が減弱・消失によってもたらされる。
強い侵害刺激が持続すると炎症反応が起こり、進行性に組織の破壊が進んでいく。

逆に末梢からの刺激が減少・消失すると関節の不動化や固定化が起こり、荷重を避けた行動をとるようになる。つまり動きが制限される。
こうして末梢からの刺激は、更に減少・消失する。
したがって強い侵害刺激の持続でも、あるいは末梢からの刺激の減少や消失でも、いずれも神経系の感作を引き起こす環境がつくられることになる。

これをDysaffarentation(求心性入力の不均衡)の原理に当てはめると分かりやすい。
図示すると、次のようになる。

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強い侵害刺激は、細い神経線維Aδ線維とC線維によって入力伝導される。
一方、筋・腱の紡錘部からの伸張作用にかかわる機械刺激はAα線維が、触圧刺激の伝導はAβ線維の太い線維が受け持っている。

Aδ、C線維による痛覚情報が興奮性に作用すると、圧・動き刺激は減少・消失する。
細い神経と太い神経の入力情報のシーソー現象である。

この不均衡な入力情報が左右の大脳半球の機能低下を引き起こし、結果的に体幹軸の筋活動や神経系の作用にも不均衡がもたらされることになる。
こうして、先ずは神経系に感作をもたらす環境がつくられるのだろう。
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by m_chiro | 2013-06-07 12:37 | 痛み学NOTE | Trackback | Comments(2)
「痛み学」NOTE 61. 炎症徴候が慢性的に続く訳?②
「痛み学・NOTE」は、日々の臨床で痛みと向き合っている医師や日本を代表する研究者の著作あるいはホームページを通して学んだり考えたりしたことを、私の「学習ノート」としてまとめ、書き綴るものです。


61. 炎症徴候が慢性的に続く訳?
② 長引く炎症徴候


腫脹をもたらす元凶はプロスタグランジンによる、と生理学で学んだ。
この患者さんは消炎鎮痛薬(NSAID’s)を服用し続けてきた。プロスタグランジンの生成を抑えるための薬物である。
それなのに腫脹はおさまることなく、2年間も続いたことになる。

そもそもケガや火傷など、肉体的危機を回避するための警告として発痛物質(カリウムイオン、セロトニン、アセチルコリンなど)が作動する。
警告は感覚器から脳へ伝えられるわけだが、警報の大小あるいは強弱で言えば大は小を兼ねる。
そのための増幅物質としてプロスタグランジンが重要な働きをしているのだろう。
だからプロスタグランジンは、常に体内で生成され、緊急時には迅速対応に備えている。
「眠らない物質」とも言えるだろうか。

プロスタグランジン生成の素材は細胞膜であるから、材料には事欠かない。
その上、脂質の摂取も日常的である。
だからと言って、痛みや腫脹の炎症徴候をプロスタグランジンに責任を押し付けるわけにはいかない。
なぜなら、プロスタグランジンは反復的な筋や腱の運動でも生成されているからで、そのことが即ち発痛を起こすとは限らないからである。

また、NSAID’sを事前投与していることで、プロスタグランジンの生成を抑えることができるという研究もある。

2年間も続いた患者さんの炎症徴候が、なぜ簡単な手法で止まったのだろう。
その疑問を読み解くと、痛みや炎症の根本的な問題に合点がいく。
さて、この患者さん「思い当たる損傷の経験はない」と言っていたように、2年間も損傷が続いているわけではないのである。
だから続いている腫脹は、プロスタグランジンに主たる責任がないことは明らかである。その証拠にNSAID’sを服用しても効果がなかった。

したがって、問題は緊急性のAδ線維の受容器興奮にあるのではなく、C線維のポリモーダル受容器にあることがわかる。
腫脹は血管透過性の亢進の問題である。
血管透過性とは、高分子のタンパク質や血球のような比較的大きなものが血管外へ出る動きが高まっていることである。
筋肉などへ走行する小動静脈の血管を拡張し、血管透過性を亢進するのは、ポリモーダル受容器から放出される神経ペプチドなのだ。
要するに、ポリモーダル受容器が興奮状態にある。

侵害刺激は、痛覚受容器を直接興奮させると炎症メディエーターをつくる。
それはブラジキニン、プロスタグランジン、セロトニン、ヒスタミンなどのメデイエーターであるが、おもしろいことに直接ポリモーダル受容器を興奮させる物質は、ブラジキニンだけのようだ。
その他の物質は間接的にポリモーダル受容器の興奮に関わるだけで、直接的作用はほとんどない。
そしてブラジキニンは、低濃度でもポリモーダル受容器を興奮させることが知られている。このことは極めて重要なポイントでもある。

さて、この患者さんは重力に対する圧力勾配・エナルギー勾配が不均衡になり、筋・筋膜組織で対応せざるを得ない状況が続いていたのだろう。当然そこには姿勢制御系の不均衡が係わってくるだろう。それが筋・筋膜への機械的刺激となり、ポリモーダル受容器を侵害していたものと考えられる。この刺激が解除されれば、ポリモーダル受容器の興奮も沈静化する。
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重要なのは、プロスタグランジンではなく、ポリモーダル受容器を侵害し続ける刺激なのだろう。

そのことによってポリモーダル受容器は、効果器としての多面的な作用の側面を発揮すべく活動し続けるのである。


熊澤先生の図からも窺えるように、小動静脈に拡張と透過性亢進に働く。
筋・筋膜にはポリモーダル受容器が存在している。
このポリモーダル受容器の機械的受容器が刺激され続けていることは、慢性的に炎症徴候の下地が消えることはないことになる。

直接的にであろうと、間接的にであろうと、筋・筋膜への対応は痛み治療の鍵でもある。
しかしながら、たとえ長期的な経過を辿ろうとも、末梢受容器が介在している病態は侵害受容性疼痛の延長線上にある。
身体の末梢受容器が炎症徴候として生理的に反応しているわけだ。
そこから厄介な慢性痛症に転化されることをくい止めること、そこに治療家としての重要な役割もある。
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by m_chiro | 2013-05-08 08:59 | 痛み学NOTE | Trackback | Comments(0)
「痛み学」NOTE 60. 炎症徴候が慢性的に続く訳?①
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60. 炎症徴候が慢性的に続く訳?
① ある慢性炎症徴候の症例


これまでみてきたように身体組織に有害な刺激が加わると、まずは警告信号としての痛みが起こり、損傷組織の除去や修復が促される。
この時期の生理反応が炎症で、4徴候(1.疼痛、2.発赤、3.熱感、4.腫脹)が伴う。
この生理反応の機序に関するキーワードは血管反応に起因するもので、血管が拡張し、血流が増加し、血管透過性が亢進することに集約されている。
そして結果的に運動・機能障害が随伴する。

こうした炎症症候は、受傷から10日ほどでその役割を終えるのが一般的な経過とされている。にもかかわらず、慢性的に炎症が続くケースが少なからずある。
とても厄介な病態が作られるわけであるが、そこに介在する機序はやや趣が変わっているようだ。

c0113928_12452841.jpgそこで、最近施療した患者さんの症例から、その慢性炎症の機序を考えてみることにしたい。
ここに紹介する患者さんは中年の婦人である。
かれこれ2年近くも、左足首の炎症徴候に悩まされて来た。
右足首が大きく腫れあがり、距骨も内側に転位していて(外返し)、特に内果周辺の腫脹が顕著である。
発赤と熱感を伴い、ジャンプ徴候の痛みがある。その結果、正常歩行ができず跛行している。運動・機能障害が随伴している慢性的な炎症徴候の患者さんである。

ついに彼女は職を辞す破目になるのだが、職場から解放されても下腿筋群に有痛性痙攣(こむら返り)が頻繁に起き、夜間痛もあり、睡眠も妨げられていた。
結局、退職して足首への過重負荷を軽減させる狙いは、何の解決にもならなかったわけである。

彼女は決して治療を怠ってきたわけではない。
むしろ積極的にいろんな治療を試したあげく、大学病院の整形外科を受診している。
診断は「偏平足」だった。特注の足底板を作ってもらい対応したが、それでも一向に腫れも痛みも終息しなかった。

この症例で、私が注目したことは「有痛性痙攣」が頻発していることだった。
そこで、その筋・筋膜に対応した。
加えて、姿勢制御系におけるリ・プログラミングを行った上で、貯留した足首の腫脹には伸縮性テーピングを用いて補助的にパンピングを促した。

手短に言えばそれだけであったが、その結果は劇的なものだった。
治療1週間後の再診時には腫脹が3分の1に縮小し、歩行や随伴症状も良好になったのである。
この長く続いた炎症徴候の終息に、いったい何がどのように作用したのだろう。
慢性の炎症徴候を考える素材としてみたい。
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by m_chiro | 2013-05-07 12:45 | 痛み学NOTE | Trackback | Comments(0)
「痛み学」NOTE 59. 炎症・腫脹にみる合目的活動のダイナミクス③
「痛み学・NOTE」は、日々の臨床で痛みと向き合っている医師や日本を代表する研究者の著作あるいはホームページを通して学んだり考えたりしたことを、私の「学習ノート」としてまとめ、書き綴るものです。


炎症・腫脹にみる合目的活動のダイナミクス③
③組織修復のダイナミクス


白血球の向かう先は損傷部位であるが、この走行もケモカインが誘導する。
拡散された組織中のケモカインには濃度があり、白血球は濃度の低い方から高い方へと走行し、炎症局所に誘導される。この走行は、濃度勾配に逆らった走行性である。

白血球には好中球(多核)、マクロファージ(単球)、リンパ球などがある。
好中球は「小食細胞」とも呼ばれている多核の細胞で、比較的小さな異物・壊死物に対する食作用を行う。

損傷の比較的早期に、好中球の浸潤が多くみられる。
また、マクロファージは単球であり、比較的大きな異物・壊死物の食作用にかかわる。
そのために「大食細胞」とも呼ばれ、損傷の後期に活躍する。

初期に好中球が前線部隊として出動し、戦後の守りにマクロファージが活躍するという図式だろうか。そしてリンパ球は、免疫機能に関わる抗原情報を提示する役目を担っている。

こうして炎症の現場では、実に戦略的でダイナミックな活動が繰り広げられているのである。
侵害刺激に反応して、DRGではサブスタンスPやCGRPといった神経ペプチドがつくられるが、これらは末梢の受容器(ポリモーダル受容器)に神経と液性の信号伝達のメッセンジャーとして待機するわけだ。しかも持続的に。

熊澤孝朗先生の下の作図は、この神経ペプチドの広範な修復活動の作用を示している。
ポリモーダル受容器は、痛覚系を過剰に興奮させる役割を担うところであり、また修復・鎮痛のポイントでもある。
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炎症や腫脹、痛みにプロスタグランジンが注目されているが、そうした認識を改める必要がありそうだ。
プロスタグランジンなどはポリモーダル受容器を直接興奮させる作用を持たなからで、組織の現場では低濃度のブラジキニンでもポリモーダル受容器を興奮させるとされている。
炎症・腫脹・痛みにかかわる組織内でのダイナミックな活動は、実に複合的で合目的である。
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by m_chiro | 2013-02-15 12:19 | 痛み学NOTE | Trackback(1) | Comments(0)
「痛み学」NOTE 58. 炎症・腫脹にみる合目的活動のダイナミクス②
「痛み学・NOTE」は、日々の臨床で痛みと向き合っている医師や日本を代表する研究者の著作あるいはホームページを通して学んだり考えたりしたことを、私の「学習ノート」としてまとめ、書き綴るものです。


炎症・腫脹にみる合目的活動のダイナミクス②
②白血球の合目的ダイナミクス


この血管の透過性を亢進させるステップは、生体防御という戦略を実行するためのメカニズムを発動させる最初の戦術である。
それもすべて、白血球という強力な戦力を局所に動員して生体を防御し、組織を修復させるために、合目的でダイナミックな活動が展開されるのだ。

さて、血管透過性が高まると、水分が血管から滲出する。血漿成分も組織液へ滲み出ることになる。
したがって腫脹(浮腫)が起こるのだが、このプロセスが実に巧みである。

血漿成分が滲出すると、血管内の血液成分は減少することになり、粘性が増す(濃縮)。
だから血流は緩やかになる。

血流が緩やかになることで、血管の中心を流れている血液成分が血管内皮細胞に集まるようになる。白血球を血管外に誘導するためには、どうしても内皮細胞の周辺に待機させておかなければならないからである。

一方、炎症局所の細胞群からは「ケモカイン」という白血球走行(遊走)因子が分泌され、それを周辺に拡散させる。
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このケモカインが血管に到達すると、血管内皮細胞を刺激することになる。
白血球の働きを誘導するためには、ケモカインが重要な作用を受け持っている。
西部劇に出てくる幌馬車隊を誘導する偵察隊のような働きとして理解しておくと分かりやすいかもしれない。

血管内皮細胞の膜表面には、白血球を内皮細胞に引き寄せる細胞接着因子(セレクチン、インテグリン)があり、ケモカインはこれらの接着因子を活性化させるのである。
細胞接着因子が活性することによって、白血球は内皮細胞に添って走行していく。
そして、内皮細胞の収縮によってつくられた隙間(すきま)から血管外に出る。
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この間隙を抜けるときに、白血球はアメーバーのように形を変えて通り抜ける。

そしてMMPs(タンパク質分解酵素)を分泌し、血管壁細胞の基底膜を部分的に破壊して血管外に出る(浸潤)のである。
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by m_chiro | 2013-02-15 09:12 | 痛み学NOTE | Trackback | Comments(0)
「痛み学」NOTE57.炎症・腫脹にみる合目的活動のダイナミクス①
「痛み学・NOTE」は、日々の臨床で痛みと向き合っている医師や日本を代表する研究者の著作あるいはホームページを通して学んだり考えたりしたことを、私の「学習ノート」としてまとめ、書き綴るものです。

炎症・腫脹にみる合目的活動のダイナミクス①
①血管透過性亢進の仕組み


主に炎症反応に関わる微細血管の血管壁には、下の模式図のように外側に血管壁細胞があり、内腔面には血管内皮細胞で構成されている。
c0113928_0162216.jpg

通常、この血管壁を通過する物質は水と水溶性物質、そして酸素や二酸化炭素などの気化物質に限られている。

当然、血漿タンパク質(免疫グロブリン、フィブリノーゲンなど)や細胞などは通過できない仕組みになっている。

ところが、炎症が起こると事態は一変する。

最初に、炎症性物質であり内因性の発痛物質であるブラジキニン(BK)、プロスタグランジン(PG)、ヒスタミン、セロトニン、サイトカインなどが、血管内皮細胞を刺激する。
すると、刺激を受けた局所の血管内皮細胞は縮む

個々の内皮細胞が収縮すると、隣接した細胞間の接合部に隙間(すきま)ができる。
これが血管透過性の亢進という現象を生みだすのである。

炎症が起こると血管は拡張されるのだが、血管の拡張によって血流量は増加することになる。また、内皮細胞は収縮することで内圧が高まる

こうして血管の透過性が亢進する、という仕組みである。
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by m_chiro | 2013-02-15 00:20 | 痛み学NOTE | Trackback | Comments(0)



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