カテゴリ:ホメオダイナミクス( 2 )
氷の世界と奇跡の始まり
冷え込みの厳しい日が続いている。
全国的に雪の被害もあったようだ。あちこちで例年にない大雪とか。
ところが当地では、例年になく積雪量が少ない。こんな年も珍しい。
雪は少なくても、冷え込みはきつい。
雪のない道路も凍りついて、その上に薄っすらと雪が降るとおちおち歩けない。
足元をすくわれて転んでしまうからだ。
滑って転んで頭を打ったとか、腰を打ったという患者さんも続いた。
庭のバケツの水も凍りついている。
そんな冷え込んだ日に、氷のことを思った。

なぜ、氷は水に浮くのだろう。
あのタイタニック号を沈めた氷山でさえ浮いている。
だから氷は水より軽い。誰でも知っていることだが、それでも、なぜ?、と思う。

水の分子はH2O。簡単な分子式である。
酸素原子2つに、酸素原子が1つくっついている。
物質は液体より個体の密度が大きくなるが、ただ一つ水と氷は例外なのそうだ。

その理由は氷の分子構造にあるようだ。
水は氷になると、酸素原子と水素原子の結合角が正四面体の連結構造をつくるとされる。充填率も32%と低く、方向性を持っているために、隙間の多いスカスカ構造になっていて氷は水に浮く。

c0113928_16591175.jpg

(図は「目で見て操作する「分子の世界」-そのミクロ構造と物性-」より)

なぜ、このような構造になったのか。
それとも偶然がもたらした一致なのか。神の思し召しなのか。
このことが奇跡を生むことになろうとは....。
不思議と言う以外ないが、この不思議は宇宙の特性を知る新たな物理学の知見や視点が必要なのかもしれない。

もしも氷が水よりも重かったら、どうだろう。
気温が氷点下になれば、海水表面の水は凍結する。
もしも氷が密度の濃い充填構造であれば、氷は海底に沈んでいく。
それが反復されれば海は氷の世界になる。
そこに生命が繁殖することはないだろう。
生き延びれるとしたら、せいぜい微生物ぐらいだろう。

ところが氷は水より軽い。
そのために氷が断熱層となって海を覆った。
こうして水が水として存在することを守られたのだ。

だから地球の表面が氷の世界になっても、水はその下で生命を育み繁茂させ続けることができたのだろう。
水の分子構造が特異的であったために起こった奇跡と思う他ない
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by m_chiro | 2014-02-19 17:04 | ホメオダイナミクス | Trackback | Comments(0)
[ホメオダイナミクス] 1.医療と代替療法を分ける確かな境界
ホメオダイナミクス
―われわれが体のためにしていること―


1. 医療と代替療法を分ける確かな境界

われわれの治療室にみえる初診の患者さんの多くには前医がいる。
医療機関を受診してから代替療法を求めるという患者さんが多いということだが、もちろんその逆のケースも多いことだろう。
理由はともかく私が気になっていたこと、それは医療機関で「なんでもありません」あるいは「どこも悪くありません」と医師に言われたという物言いだった。
そのことは即ち「どこにも治療すべき問題はない」という診断が下されたことになる。
いったい医療は何のために存在し、患者さんの愁訴にどう向き合うべきなのだろう、と問いかけてしまう。
そう考えていくと、「患者さんの苦痛、あるいはそこに付随する不安を取り除く」ことにこそ医療の役割があるのではないのか、という思いに至る。

その視点に立てば、患者さんが「痛い」、「辛い」、「具合が悪い」などと訴えて医師に救いを求めているのに、「何でもない」では合点がいかないのも理解できる。
確かに、「どこも悪いところはない」の診断は、患者さんの「不安」を取り除くはずなのだが、そうは思わない人たちもいる。
それも無理からぬことではある。

なんでそうなるのだろう、と思いを巡らせていてハタと気がついた。
言うまでもないことだが、代替療法の治療家には診断する権利がない。
診断行為は医師に限定された権利である。

といっても、少なくとも我々も人の体を診る、あるいは施術する。
そこには当然、「診立て」という行為がつきまとう。
痛みや苦痛を訴える患者さんの障害や問題がどこにあり、それはどのような経過を辿る問題で、どう対応すべきかの判断に迫られるからだ。
だから、「診立て」をせざるを得ない。
それは患者さんにとっても重要なことなのだ。

では、なぜ診断権が与えられていないのだろう? 
それは診断に必要な知識の有無だけの問題ではないようだ。
あくまでも診断に必要な能力の問題といえる。

医学教育における診断の定義は次のようなことらしい。
「病理的所見を確定あるいは推定された単一の疾患名をつける」ことである。
この定義にしたがえば、病理学的評価が基本ということになる。
しかも、その病理的所見を確定しなければならない。
そのために画像所見や剖検、手術所見が必要である。
あるいは推定しなければならない。
そのために生化学的検査がよって炎症、変性、新生物などの有無を推定することも必要とされる。
だから医師以外は診断能力を持たないし、診断権も与えられない、ということになる。

しかしながら、少なくともカイロプラクティックでは病理学的所見を対象に治療をしているわけではない。
むしろ、生理学や機能神経学的な土俵で観察をしている。
だから「診断」の視点が違っている。
「診断」という用語に固執するつもりはないが、偏った視点が焦点になっているのも不幸の基だと思う。
ここは拡大解釈が必要であり、我々は生理機能的視点からの「診断」を主張・確立すべきであろう。
そうすれば、医療と代替療法を分ける確かな境界がより鮮明になると思うし、それはむしろ我々にとって必要なことであり、重要な課題でもあるのだ。

要するに除外すべきものは医療に委ね、適応すべきものは生理機能的に臨床推論していく姿勢が重要なのだ、と自分に言い聞かせたのである。

では、我々はいったい何を診て、患者さんの体のために、何をやっているのか。
それを「ホメオダイナミクス」という視点から書き綴ってみたいと思う。
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by m_chiro | 2013-08-29 12:29 | ホメオダイナミクス | Trackback | Comments(0)



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