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2010・謹賀新年
新年明けましておめでとうございます。
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2010年の幕開けは、この冬2度目の大寒波と猛吹雪ではじまりました。
紅白歌合戦が終わって「NHK・ゆく年くる年」の最初の鐘の音は、山形県寒河江市の慈恩寺からの中継でした。

慈恩寺は真言宗と天台宗の兼学の寺として栄え、1618年に山形城主最上氏によって再建された現本堂は桃山時代の様式です。
茅葺きの本堂は土地人たちの手で拭きかえられ、積雪に耐える工夫を重ねながら今なお重厚な佇まいを残しています。映像では、その茅葺き屋根には既に雪が積もっていました。
本堂内では、本尊・弥勒菩薩に新たに作られたブランド米「つや姫」をお供えし、新米にかける農民の祈りと共にその鐘の音をお茶の間に伝えてもらいました。

次に紹介されたのは、奈良の信貴山真言宗の総本山・朝護孫子寺です。
ここの本堂には毘沙門天王があります。1400年前のこと、朝敵であった物部守屋を討伐しようと聖徳太子が生駒山にて戦勝祈願されると、毘沙門天が出現されて必勝の戦法を授けられたと伝えられているのだそうです。
その時は、寅年、寅日、寅の刻であったとか。
そこで信ずべき山,貴ぶべき山として「信貴山」と名付けられ、毘沙門天は寅に縁のある神として信仰されているようです。

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境内には「世界一大福寅」の張り子が作られているようです。
左の写真がその張り子の寅で、まるで本堂をお護りしているようです。

実は、暮れに奈良から信貴山の寅が送られてきました(トップに掲載した写真がそれです)。
またまた、ご縁をいただいたお寺が中継されました。

三寺めは、大分県国東の両子寺からの中継でした。
ここは昨年夏に国東巡りでお参りしました。
「ゆく年くる年」で中継された3つのお寺は、昨年ご縁をいただいたお寺で、その鐘の音を聞きながら新年を迎えたわけです。
佳い年になりそうです!。
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by m_chiro | 2010-01-01 17:13 | Trackback | Comments(4)
国東半島へ① 真木大堂と古代公園
8月1日から、九州カイロプラクティック同友会の夏期合宿が大分県・国東半島「梅園の里」で開催された。
国東半島は「六郷満山・仏の里」として知られている。
盟友の学兄・馬場信年先生に声をかけられ、一緒に国東半島の古刹、名刹、野仏巡りをしながらの夏期合宿に招かれた。

真夏日よりだから帽子必携、ピクニック感覚の軽装で来て、と事前に連絡が入った。
ところが2日は天候が変わって曇り。
ピクニックには暑過ぎず、逆に好運だったかも。

早朝の羽田からの飛行機に不具合が見つかり、急遽、格納庫から別の飛行機を用意するなどのドタバタで、大分到着は予定を1時間も遅れた。
これでは臨機応変にスケジュール調整で臨まなければなるまい。

空港には、馬場先生と同友会メンバーの二人の先生も出迎えてくれていた。
早速、車に乗り込んで馬場先生のガイドで、同行四人の国東巡りスタートである。
一日で国東の全行程を巡ることはできないので、私は特に豊後高田にある「富貴寺」をメーンに予定を組んでいただいた。

さて、その「富貴寺」を目指して出発したわけだが、途中、「真木大堂」に立ち寄る。
真木大堂は宇佐神宮の境外寺院として建てられた国東最大の寺院であったが、700年前に火災のため焼失している。
現在は江戸時代に再建された大堂と収納庫のみとなり、収納庫には藤原時代の九体の仏像が安置されている。どれも国重要文化財である。
木造の大威徳明王像は白牛にまたがり、火焔を背負い、六面・六つの手足を持ち激しい怒りの表情をしている。
大威徳明王像の最高傑作と評される大迫力。
阿弥陀如来像の穏やかさと言い、不動明王も色彩豊かで素晴らしかった。
とても立派で大きな木彫りの仏様に 感動だった。
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(仏様の写真撮影は禁じられていたので、写真集「六郷満山物語」から転載しました。 )

真木大堂の境内周囲には「古代公園」がある。
六郷満山の歴史を象徴する宝塔・五輪塔・板碑など、歴史的重要な石仏群が遊歩道に沿って置かれている。
国東半島一帯に散在していたものだが、石仏保護を兼ねてここに集められ、古代公園として観覧出来るようになっている。
どれも味わい深い野仏で、ホッと心が和む。
それにしても、国東半島になぜこれほどの仏教文化が根付いたのだろう。どれも一級の文化財である。
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苔むした風情がまた味わいがある野仏さんである。
胴体の左端に蝉の抜け殻が止まっていた。
















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面白いデザインの彫刻がみられる庚申塔だった。
















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永い時代にわたって、国東の人々との絆を作ってきたのだろう。
どの姿もやさしい。






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(次につづく)
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by m_chiro | 2009-08-07 13:00 | Trackback | Comments(0)
今や花盛りです
今年も君子蘭が見事に花をつけました。
早速、治療室に持ち込んで飾りました。
黄花の君子蘭です。
一本の花が毎年株を増やし、こんなになりました。
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オレンジの君子蘭も咲いています。
こちらは玄関へ。
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庭には満州芍薬が可憐な花を咲かせています。
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庭のえびね。
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遅い北国の春は、一気にやってきます。
寒さで縮こまっていた植物が、まるで背伸びしたようです。
同時に、松の花粉が舞い、道路も車上も黄色になりました。
沿岸にある防砂林の松の花粉が飛んでくるのです。
これだけは堪りません。
明日から春祭りがはじまり、街並みは祭りの準備で賑わっていました。
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by m_chiro | 2009-05-19 01:03 | Trackback | Comments(4)
謹賀新年2009
あけましておめでとうございます。

本年もよろしくご指導ご鞭撻のほど、お願い申し上げます。
雪のない年越しでしたが、元日の朝は真っ白でした。
でも、水分の多い雪ですから、まもなく溶けてしまうでしょう。
気持ちはとけることなく、成長したいと念じております。
2009年 元旦

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by m_chiro | 2009-01-01 12:04 | Trackback | Comments(3)
みなさま有難うございました。佳いお年をお迎え下さい
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2008年の年の瀬もバタバタしながら慌しく過ぎようとしています。

今年一年間、つたない記事にお付き合い頂き有難うございました。

また、このブログを通じて、いろいろとご指導いただいた皆様、心よりお礼を申し上げます。


来るべき新年には、どんなことが待ち受けているか分かりませんが、先ずは、近々届く予定の加茂先生の処女作を楽しみに待ちたいと思います。

どうぞ、佳いお年をお迎え下さい。
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by m_chiro | 2008-12-31 18:23 | Trackback | Comments(3)
「第11回・日本カイロプラクティック・セミナー」へ出かける
11月8~9日、東京へ。
毎年恒例の「第11回・日本カイロプラクティック・セミナー」の実行委員を頼まれて、ささやかなお手伝いをしてきました。
このセミナーには、九州から北海道まで全国の所属団体の仲間が集う。
今年で11回目である。
2002年に福岡で行われた第4回のセミナーでは、加茂淳先生(加茂整形外科医院)をお招きして基調講演をお願いしたことがあった。

今年の来賓は、脊椎外科専門の整形外科医・穴吹弘毅先生(http://homepage2.nifty.com/anabuki-spine/index.html)である。「私の行う最先端の脊椎疾患に対する治療―保存治療から手術治療までー」の演題である。「腰痛治療革命」の近著がある。「諦めないで!その腰痛、手術なしで治る」のキャッチコピーがついている。
保存療法として使われているのは「マッケンジー体操」で、「椎間板ヘルニアの97%はマッケンジー法で治る」と断言している。

では手術が必要な椎間板ヘルニアとはどんなものか? 
次の3点が手術と保存療法を分ける要点だそうである。
特に外側性ヘルニア(椎間板ヘルニアの10%)は手術に至るケースが多いとしている。

1.腰の後屈エクササイズを行うと、エクササイズを行う前より下肢痛が悪化し、エクササイズ後も痛みや、しびれが続く場合。
2.腰の後屈エクササイズを1~2ヶ月行っても、腰痛が難治性で日常生活が著明に制限され、腰痛のために腰が完全に後屈できない場合。
3.下肢に重度の運動麻痺・膀胱直腸障害がある場合。
レーザー治療の適応となるヘルニアは、後方の靭帯線維を突き破っていない場合に限るのだ、と言い、保険適応がなく高額で(1回50万~80万)、しかも効果は70%だそうです。
これは顕微鏡視下手術の95%成功率に比べても低いとしていました。

実行委員は時々呼び出しを受けて最後まで集中して聞くことができませんでした。
椎間板ヘルニアによるとされる痛み治療に97%を保存療法で対応されている脊椎外科医の存在は心強い限りですが、どこまでもヘルニアに終始しており、その前にある痛みの生理学や機序がどこにも出てこないのが残念でした。印象的な感想です。

その他にも、基礎講座の一環として、このセミナーでは「除外診」に力を入れており、今回は「禁忌症としてのめまいと頭痛について」のレクチャーでした。めまいと頭痛について、除外すべき疾患の鑑別について詳細の教育講座でした。
また、「良性発作性頭位めまい症」については「セモン法」が紹介されていました。
臨床講座については、基礎講座として「検査と治療のポイント」が、応用講座については膜系へのアプローチについて頭蓋療法も含めて紹介されていました。

特別講演として、科学新聞社の斉藤信次社長がカイロ業界との係わりについて触れながら、業界の行く末を見据えて奮起を促す意向を感じさせる講話でした。斎藤社長のお話には、何かと考えさせられることが多々あります。長いことカイロ業界を見続けてきた人の話だけに、示唆されるたり反省させられたりすることが多々あります。
そんな諸々を考えながら、家路に着きました。
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by m_chiro | 2008-11-12 20:20 | Trackback(1) | Comments(5)
「無知の姿勢」を学ぶ
「第10回・日本カイロプラクティック徒手医学会」における基調講演では、富山大学・斉藤清二教授による「物語の医療学-NBMとEBM-」についてのレクチャーを受けた。
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斉藤清二教授には、「はじめての医療面接」「ナラティブ・ベイスト・メディスンの実践」「健康によいとはどういうことか―ナラエビ医学講座』などの著書がある。

NBMは1998年に英国における一般診療医が中心となって提唱された。
これは全人的医療をめざしたもので、学際的な専門領域との広範な交流を特徴としている。
NBM(ナラテイブ ベイスト メディスン)の「ナラティブ」とは、「物語(語り)」と訳されており、ある出来事についての言葉(言語記述)を、何らかの意味を持つと思われる記述を継いでいくことで「意味づける」行為のことである。
医療では、患者さんの何らかの目的を持った行動について、時間配列を持った語りや記述から物語を紡いでいく手法が使われてる。

特に、印象深かったことは「論理実証モードVSナラティブ・モード」についての説明であった。
ある語りや記述について、それが正しいか間違いか、あるいは合理的か非合理か、といった視点から出来事や言葉を評価し、検証し、最終的にひとつの真実に至ろうとするスタンスを「論理的実証モードの思考様式」とするならば、「ナラティブ・モードの思考様式」は「この人はどのような物語を語りたいのか」を深く理解しようとする姿勢で接することだというのである。
つまりは「無知の姿勢」で臨むことなのだろう。
前提として、不確定で複雑しかも偶有性のある事象の多様性を認めた上で、世界をより豊かなものにしようという哲学が伺われる話であった。
NBMは、あくまでもEBMの過剰な科学性を補完するものとしての意義を持つもので、患者さんの「病の体験の語り」を最も重要なものとして尊重していくことにある。

確かに、慢性痛の患者さんは積極的な治療に思った効果が期待できずに悩んでいる。そんな患者さんの「病の語り」を聞いて行くと、痛みそのもの以上に、痛みの為に行動できない苦痛が浮かび上がってくる。
痛みの新しいモデルである「生物・心理・社会モデル」に照らすと、その実態がよく理解できるだろう。
病よりも「人」そのものにより焦点をあてて診ること、言葉かけや個人的な問いかけを通して、「物語の医療」というもう一つの視点を持つことが重要な姿勢であることに気づかされた。
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by m_chiro | 2008-10-23 18:12 | Trackback | Comments(2)
治療は「一期一会」なんですね。
まさに職人気質の治療です。
[9月の雑感]
http://sansetu.exblog.jp/9509725

この記事、感動して読みました。

私も「看板を掲げない治療家、成功報酬の治療費」を理想としていた時代がありました。
「看板を掲げない」は、1年間ほど実践したことがあります。
ところが、看板を外すと廃業したと思われたらしく、ガクンと新患の来院数が減りました。
経済的損失は信念も曲げてしまうようで、私の信念もついには白旗を上げてしまいました。
それに、目印がないということは交通案内にも手間取り、電話での応対が邪魔くさくなります。
やはり看板を掲げるということは、自らの職業意識の宣言でもありますから、それに伴う責任も考えると大事なことなのだと、考えを改めることにしました。
何とも柔な信念でした。

「成功報酬」と言っても、何をもって「成功」というかが問題です。「治った」ということであれば、これにも難しい問題が絡んできます。治療者の「治った」と、患者さんの「治った」が、一致しない場合があるからです。
結局、患者さんの主観次第ということになってしまいますが、では治したのは誰か? となると、これも判断が分かれてしまいます。
本当は、「治った、治らない」は患者さん本人が持つ治癒力に委ねられているわけです。
となれば、「お蔭様でした」と感謝されても、「いえいえ、あなたが頑張られたからですよ」と受け答えするしかなく、「報酬」は宙に浮きかねません。
したがって、「成功報酬」の理念も早々に撤退しました。

治療費が安いか高いかは、相対的な価値判断です。
治療費は刺激量としての対価などではなく、ましてや治った結果に対する代価でもないはずです。
治療家の役割とは、足跡もない雪原を行く旅人のために、道標をつけるような役目なのかもしれません。
あるいは、しっかりと目標地点にたどり着くまでに、情報を与えながら介添えする務めなのかもしれません。また、自立支援する補佐役なのかもしれません。
適切な道先案内をして、そのことで患者さんが治療費以上の安心や喜びを感じてくれれば、その分はバーゲンしたことになるはずである。
そのことを心がけて日々過ごしたいと思っているうわけです。
そうなると、治療は確かに「一期一会」なんですね。
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by m_chiro | 2008-09-19 02:29 | Trackback | Comments(7)
科学とは何か
昨年9月に開催された「日本カイロプラクティック徒手医学会」に関しての投稿原稿を元に、学会誌第9巻を制作した。
編集長として約1年近くも付き合ってきて、やっと印刷製本があがってきた。
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今回の内容で特に感銘深かったのは、東洋大学教授・河本英夫先生の基調講演からの論文・『生命の「科学」と治療的介入』であった。
文中で「科学」について触れ、科学哲学者のカール・ポパーの「反証主義」を引いて説いている。反証主義は、私が日頃お世話になっていsansetu先生のスタンスでもある(「反証主義 雑感」http://sansetu.exblog.jp/tb/8016207)

反証主義とは何か。それは「反証される可能性を持つものこそ科学である」とするポパーの科学哲学論による。ポパー(1902-94)によれば、科学を科学たらしめているのは「検証可能性」ではなく「反証可能性」こそが重要なのだとする考え方である。
河本先生は分かりやすい比喩で次のように書いていた。

例えば「神は全能である」という証明に対して、これを反証しようとした時、反対の「神は全能ではない」を証明しなければならなくなるが、神=全能であれば、なんでもありなので、反証する対象がなく反証不可能である。このように間違いを証明できない言明は、実は科学ではなくむしろ信念である。むしろ間違いを証明できることが科学の基準であり、間違いをつうじて訂正を行い、それにより進歩するものが科学であることになる。

そう考えると、人の身体を扱う世界には、外見上まともに見えながら、実は唯の信念にすぎない説や概念、あるいは意見が少なからずあるようだ。
この学会誌も、学術雑誌のレベルからみれば程遠く稚劣ではある。本格的なRCT(無作為対象試験)などはあがってこない。それでも、治療家が論文にまとめるという慣れない作業に取り組み、自らの臨床的知見を検証あるいは反証しながらまとめている。
投稿者は論文査読委員会からの手厳しい指摘にもめげず、何度書き直して最終原稿に仕上げたことだろう。
こうした活動が10年続いてきた。たった10年と思うかもしれないが、カイロプラクティックの学術活動が10年の一区切りを迎えたことは、この業界の歴史には例を見ないことなのである。

日本のカイロプラクティック事情は、諸外国と大きく違っている。
先ず、制度がない。国が定めた基準がないということは、この国でのカイロプラクティックを社会に対して保障するものがないということでもある。
確かに、個々人がそれぞれに自らの意思で自助努力をしていることだろう。
だが、それは自分の治療室の患者さんに向けて保障するものではあっても、カイロプラクティックそのものが社会に対して保障するものではないからである。
そんな中で、社会や国民に対して担保し得るものを敢えて挙げれば、こうした臨床的知見の検証や反証をまとめた学術活動であり、その記録としての「学会誌」だろうと思う。
稚劣ではあっても、少なからずそこには科学する者の態度表明があると思うからである。

出来上がってきた学会誌を眺めて、つくづくと科学とは何かを思った。

「日本カイロプラクティック徒手医学会誌9巻」の主な目次は下記の通りである。

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by m_chiro | 2008-08-14 08:21 | Trackback | Comments(4)
ワンダイエル扁桃リンパ輪と「細胞内感染」
ワンダイエル扁桃リンパ輪

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哺乳類の咽喉部にはワンダイエル扁桃リンパ輪と呼ばれる白血球造血巣があって、鼻や口から入ってくる病原菌を識別し、これを消化する白血球(マクロファージやインムノグロブリンA)が活性化する免疫機構がつくられています。
(西原克成著「赤ちゃんの生命の決まり」199頁)


我々の口や鼻は外界からの侵入ゲートになっています。
ヒト以外の哺乳類は、鼻で呼吸運動を、食物は口から取り込んでいます。
ところがヒトは(正確には一歳以後のヒト)、鼻呼吸も口呼吸もできる特異性を持っている、と西原先生は書いています。
つまり、他の哺乳動物は鼻でしか呼吸が出来ず、口でしか食べられない、という役割分担がキチンとできているのだそうです。

口で呼吸をし、口で食物を摂るということは、空気中の黴菌や花粉なども、また食物中の黴菌もフリーパスで肺に侵入することにななります。

でも、口からの侵入孔には口蓋扁桃と舌扁桃がバリアを作っているはずなのです。
ところが、口での呼吸が通常的に行われると、これらの扁桃は乾燥して活動を停止せざるを得ない状態に陥ってしまうのです。したがって、バリアであるはずの領域は、感染の発生源に様変わりしてしまいす。

それでも、鼻の咽頭や小咽頭、耳管扁桃などの扁桃域がある、と安心は出来ません。鼻呼吸は使われていないために「用不用の法則」に従って、その活動は著しく低下するか、活動停止状態になる、と西原先生は述べています。また耳管扁桃で感染を起こすと、耳鳴り、めまい、難聴の原因になると警告しています。

こうした感染経路で、常在菌やバクテリア類に感染するのが「細胞内感染」で、西原学説の眼目となる考え方でしょう。

「細胞内感染」なんて初めて聞きましたが、細胞のエネルギー産出システムから考えると面白い仮説です。3000倍位の顕微鏡で血液を観察すると、その状態を見ることができるそうです。

神経は脳と筋肉をリンクするシステムです。筋肉がなければ、神経なんてそんな大した意味を持ちません。そう考えると、筋肉のエネルギー・システムは押さえどころでしょうね。
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by m_chiro | 2007-12-15 00:18 | Trackback | Comments(2)



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