「私の考えるケア」① ある患者さんとのエピソード
「第10回・日本カイロプラクティック徒手医学会」(10月12日~13日)のメーンテーマは、「ケアの本質―徒手医学からのアプローチ」である。
大会初日(10・12)の最後のプログラムでは、パネルデスカッション・「私の考えるケア」が行われた。
1人の持ち時間7分の口演後に参加者との質疑応答という形で、6人のパネラーの1人として私も出演する羽目になった。
そもそも、こんなハードな問題を日頃考えているわけでもなく、確固たる見解を持っているというわけでもない。そこで、改めて振り返って考えてみることにしたのだが、いろいろな患者さんとの出会いがあり、その時々で考えさせられたエピソードがあって、そんな積み重ねの中に漠然と今のスタンスができているのかなぁ~、と思うしかない。それだけのことのようだ。
つまり、ケアについての確固たる見解など未だ持ち得ていないのだろう。
さて、困ったことになった。考えあぐねた末に、最もよく考えさせられた患者さんとのエピソードを紹介しながら、私が思い至ったことを話すことにした。




その患者さんは、4年ほど前に他県から来院した33歳の独身の女性である。
慢性腰痛のためにあらゆる治療を経験してきた人であったが、30歳のときに鍼治療を受けた。その時に腰にうった一本の鍼がとても痛かったそうだ。

それ以来、鍼を刺されたところが痛み出し、長時間の立位や重いものを持つのが困難になってきた。彼女は本屋さんの店員さんだったが、結局仕事も辞めざるを得なくなり家に引っ込むことになったそうだ。
それ以来、今度はその鍼の痕の痛みを治すためにジプシーを続けて3年経ったという患者さんである。

運動分析をすると制限されている動きがある。
しかし、彼女は全方向の動きで鍼を刺されたところが痛むと訴える。
「ここです。ここ! 針を刺した痕が残っていませんか?」と食い下がる。
「3年前に刺した痕が残っているわけがないでしょう! それより動きの制限されているところを調整してみましょう。それで痛みがどう変化するか見てみましょう」。

数回も治療すると、制限された動きもなくなりスムーズに動けるようになったが、彼女はやはり全方向の動きで痛いと訴える。
変化はないと言う。「鍼を刺した痕がないですか? ここのところなんです」。
鍼をした痕という部位にもズレがある。慢性的になれば、多シナプスになるので漠然とした部位になるのはしょうがないことだろう。

私としては痛みの可塑的な変化が起きている可能性を考えて、運動と行動の認知療法を取り入れてみることにした。
痛みと治療の情報を与えて、在宅でのエクササイズを指導したのだが、結局「痛くて運動は出来なかった」らしい。
では段階的に行おうと、最も簡単な動きのプログラムから始めることにしたのだが、それでも痛くてできない、と言う。
最終的に重力負荷を軽減させて、プールでの運動を指導した。
「痛いからといって家にじっとしているのは良くないよ」と励ましながら進めたつもりだったが、それ以来彼女はプツンと音信不通になった。。

それから4ヶ月も過ぎた頃、突然、彼女からの電話があった。
「健康診断で眼底検査を受けたら、その光が強烈で目を開けれないんです。まぶしくて。診てもらえますか?」と言う治療依頼だった。
窓の明かりもまぶしくてカーテンを閉めて暮らしているのだそうだ。

そんなことよりも、私には腰痛のその後が気になったので「ところで、腰の方はどうなったの?」と聞いたら、「腰は治ったんです」と言う。
「どうして治したの?」と聞いたら、「先生、信じられないでしょう」。

「本人が治ったというんだから信じますよ。どうしたの?」。
「実は近所の接骨院に行ったんです。そしたら見つけてくれたんです。鍼を打ったところを」。
その接骨院の先生は「ここだ、ここ。これが鍼の刺した痕だ。これは少し長くかかるが、うちに最新の電気の器械があるので、毎日これを続ければ1ヶ月くらいで良くなると思うよ」、と言われたらしい。
それで、彼女は毎日電気治療を続けたわけです。
「そしたら、ホントに1ヶ月ほどで治りました」。

この患者さんの時ばかりは、いろいろ考えさせられました。
私には最新の電気の器械はありませんでしたが、身体機能についてはかなりきめ細かく対応したという自負があります。
痛みの可塑性の問題についても情報を与え、運動や行動の認知を促す方法も正攻法で伝えたつもりです。
引っ込みがちな彼女を励ましながら、前に進める方法を伝えてきたつもりでした。
結果的に、私が伝えたものは彼女の痛みに何の変化も与えることが出来ませんでした。

ところが、その接骨院の先生は鍼の痕まで示し、本当に痕を見つけたのか、何か意図するものがあってそう言ったのか、それは私には分かりません。
ともかく、私は「そんなことは、あり得ない」と否定し続け、その接骨院の先生は鍼の痕まで示して彼女の言い分を認めたのです。
そして、彼女の痛みを見事に消したわけです。

このケースには、本当にいろいろなことを考えさせられました。
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by m_chiro | 2008-10-17 20:29 | 雑記 | Trackback | Comments(6)
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Commented by だるま at 2008-10-18 07:49 x
守屋先生

おはようございます。上記の記事、私も、守屋先生と同じ経験が幾度もあります。

そのたびに、患者さんの訴えを受け入れようとするのですが、自分の我が強いためか?訴えを受け入れる事ができないことが、しばし、あります。自分の我から離れることがイマの課題です。

面白いことに、私の体調が悪い時の方が患者さんの訴えを素直に聞き入れることができます。
Commented by junk_2004jp at 2008-10-18 23:50
おもしろいお話ですね。ちょっと拝借いたします。
Commented by m_chiro at 2008-10-19 22:04
だるま先生、「我」ってホントに邪魔ですよね。

>面白いことに、私の体調が悪い時の方が患者さんの訴えを素直に聞き入れることができます。

そうですか。 私も自分の体調との関係に注意してみよう!
Commented by m_chiro at 2008-10-19 22:09
加茂先生、今となってはおもしろい話しですが、当時は本当に色々考えさせられました。
認知機能も奥が深そうです。
先生のご指導が力になっています。いつも感謝です。
Commented by yahapooh at 2008-10-20 08:46 x
守屋先生
本当に考えさせられることでした。通院している患者さんの中にも、このような患者おります。いつも”我”を出してこちらから言ってしまっていることに・・・気づきました。私も是非もっと患者さんの言う事を聞いてみようかなって思いました。先生の鍼を打たれた方はやっぱり、心の中に引っかかりがあったのでしょうか?人間の心は本当に不思議だし、これからもっと勉強してみたいです。これからもご指導ご鞭撻よろしくお願いします。
Commented by m_chiro at 2008-10-23 18:10
yahapooh先生、治療はホントに奥が深いですね。
どこまで行っても、また次のテーマが見つかったり、勉強の連続ですが、
勉強のまま終わってしまいそうです。
こちらこそいろいろ教えてください。
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