背骨のズレが痛みの原因になるという証拠は存在しない
10月に開催される学会が近づいてきた。また長い編集活動がはじまる。
と言うわけで、PCの周囲に無造作に積み重ねられていた昨年の資料や書類やらを整理した。
乱雑に積み上げられた中から思いがけない本が出てきた。「成人の急性腰痛治療ガイドライン」である。
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この本は、米国連邦政府厚生省ヘルスケア政策・研究局が行った調査をまとめたもので、1995年7月に翻訳出版された。
当時、翻訳に携わったのが7名のカイロプラクティックのドクター(D.C.)達である。
10年以上も前のことであるが、カイロプラクティックの業界ではこのガイドラインの内容をカイロの有効性が認められたと、随分と喧伝されたことを想い出した。そんな業界の風向きを確かめようと求めた本であったが、いつの間にか学会資料の中に紛れ込んだようだ。

この急性腰痛のガイドラインでは、「Bランク」に推奨される治療法として2つあげている。ひとつは、「アスピリンを含む非ステロイド系抗炎症薬(NSAID)は、急性腰痛症患者の治療に許容できる」としている薬理的効果である。ちなみに「Aランク」の確証度に相当するものはない。
もうひとつは「脊椎マニピュレーション」である。「マニピュレーションは神経根症状のない急性腰痛患者に対して発症1ヶ月以内に用いられれば有効である可能性がある」が「Bランク」の確証度とされる治療法としている。その他の理学的療法やエクササイズ、トリガーポイントブロック注射などは「Cランク」である。
どこにもカイロプラクティックの有効性が認められたとする表現などなかった。

一体、「マニピュレーション」とは何か?
このガイドラインでは「短い又は長い梃子の原理を利用し、脊柱に外力を加える手技療法」と定義している。そもそもマニピュレーションは、カイロプラクティックの専売特許ではない。多くの徒手療法の領域で使われている。この定義によるマニピュレーションの使用職域は広いのである。

関節の可動域を3段階に分けるとすると、1.自動的可動域、2.他動的可動域、3.副生理的可動域なる。自動的、他動的可動域だけを利用して行われる手技がモビリゼーションで、副生理的可動域まで踏み込んで「高速・低振幅」で行う手技が「マニピュレーション」である。

ところがカイロプラクティック業界では、マニピュレーションをカイロの独自の手技にすべく考えた。そこで提案されたのが「カイロプラクティック・マニピュレーション」という特異的手法である。何が特異的かと言えば、一つの椎骨に与える刺激の力動(スラスト)の方向(リスティング)を決めて、コンタクトの部位を設定して行う方法を、特異的なマニピュレーション、すなわちカイロプラクティック・マニピュレーションとしたのである。所謂「マニピュレーション」との区別化である。
結果的に、特異的なアジャストメントなど関係なく、一般的なマニピュレーションが推奨されたことになる。マニピュレーションとは、厳密に言えば副生理学的可動域(関節の最終可動域)で高速・低振幅のキャビテーション(ポキッと音がする関節腔液泡の破裂音)を引き起こすアジャストメントのことである。

研究デザインにも疑問が残る。ガイドラインの制作メンバー23名中に、カイロプラクティックとオステオパシーのドクターが各2名合計4名入っている。提出された論文も、カイロ大学の学生を被験者にしたであろうことは想像に難くない。当然、マニピュレーションに好感を持っている者達であろうし、良好な結果が出るのも当然だろう。
もしこれを日本で行ったら、恐らく「鍼灸」や「理学療法」がBランクの確証度になるだろう。

こんな結果を有難がったわけだから、日本のカイロプラクティックの関係者はおめでたかったわけだ。
そもそも背骨のズレ(サブラクセーション)が痛みの原因になるという証拠など存在しないのである。
カイロプラクティックも、研究の進歩と共に徐々に明らかになっている成果に耳を傾け、過去の捉われを捨てて、新たな理論を展開していくことが必要なのだろう。
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by m_chiro | 2008-10-01 23:25 | 痛み考 | Trackback(3) | Comments(2)
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Tracked from 反証的鍼灸手技臨床 at 2008-10-04 20:03
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Commented by sansetu at 2008-10-02 21:02
守屋先生、この記事すごいです。
感動しました。私も頑張らなくては。
Commented by m_chiro at 2008-10-05 23:44 x
sansetu先生、ありがとうございます。
先生は十分頑張ってますよ。
私は12・13日の学会までバタバタしそうです。
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