日本の知力 「体動かす 脳が育つ」
読売新聞連載の「日本の知力」第2部第3回「体動かす 脳が育つ」は、身体性の喪失した時代にカンフル剤のような意義を持つ内容だった。
 
同志社大学が行っている赤ちゃんの発達と運動の関係を調べる実験の紹介にはじまる。
ハイハイ前の赤ちゃんが電動自動車で身体の移動を体験すると、階段や段差のある場所を恐がるようになるそうだ。要は、主体的に身体を動かすことで、赤ちゃんは「床」や「空間」を自分のものとしていくという。

「自分でコントロールできるようになった世界が、すなわち自分の世界になる」とは、同大・内山伊知郎教授の結論である。

最近の認知発達学では、赤ちゃんは母国語の判別や他人の心情を察する能力を備えている、としている。
ヒトの聴覚が発達しはじめるのは、6ヶ月の胎児からだとされている。
羊水の中に浮かんだ状態では聴力も未発達なわけだが、水の音を頭蓋骨に振動させて伝わってくる音を聞き分けるらしい。
1ヘルツは1秒間に1回空気が振動するわけで、音速は1秒間340メートル。
それを身長で割ると、身体を共振させる周波数の音になる。
6ヶ月の胎児は30cmほどとされているので、役1,133ヘルツということになる。
日本語の周波数は世界的にも低い部類で1,250~1,500ヘルツ。
聴覚が発達し始める頃から、母国語の周波数に馴染んでいることになる。
まして母親の声は特に良く共振するだろうから、親和性も高くなるはずで、やはり母親は偉大なのだ。

東京女子医大の小西行郎教授は、発達障害の子に共通する特徴として、動作バランスの悪さをあげている。認知や言語の障害、コミュニケーション障害は動作バランスと繋がっているのではないかと仮説している。身体性が確立されることで、環境に働きかけ社会的能力も育つのだろう。

動くことは考えることの一部で、体こそが脳を作るのだ。
体がなければ外界を認識することもできず、体なしでは知性も育たない、と結んでいる。

保育実践家を名乗る斉藤公子氏が、インタビューに答えていた。
子供は大人が何かを教え込む存在ではない。体を使って遊ぶことで、初めて自分の意思が生まれる。これが全ての土台になるのだ、と強調していた。
身体性が失われ、ただ脳化していく状況に警鐘を鳴らしている。
そのインタビューの全文を紹介しておこう。

識者に効く「裸足の遊び 人生の土台」 斉藤公子(保育実践家)

「足の親指を鍛えるのが育児の原点」と話す斉藤公子さん。動きにくいオムツを外してパンツに代え、赤ちゃんを庭に出すと、まずハイハイで目指すのが水遊び場、次が泥遊び場と決まっている。裸足で、体中を使い指先を使い、全身に血がめぐる。おなかが減り、疲れ、よく食べ、よく眠る。これが本来の姿。



子供が「ただいま」と帰ってくれば、すぐに外で近所の子供と遊べるようにして欲しい。頭より体、勉強よりぞうきんがけ。人間としての土台は、足の親指で大地をけって山を上ること。私が幼い頃斜面を滑ってパンツが切れても母は笑っていた。今は洗濯機に入れるだけなのに、子供の服が汚れるのを嫌がる親がいる。今の子供が不幸なことをわかってない。

「3歳では遅すぎる」などという英才教育の勧めにあせった親が競い合う現状は残念に思う。例え試験にうかっても、大人になれば人だが、ゆっくりと十分に遊び、暴れた子供は、結局は伸びる。

勉強よりも、良い絵本を読み聞かせ、正義感あふれる、感受性豊かな子供にするほうが大事でしょう。うちの保育園では文字も数字も教えない方針だった。足の指先までしっかり動かせるようになった子供こそが、文字学習に入る準備ができたというしるしだから。

赤ちゃんはまず舌で世界をなめ回し、魚のように背骨をくゆらせ、両生類のように腹ばいでハイハイし、やがて人として2本足で立つ。もちろん私はこうしたことを長年の経験と観察から学んだだけ。

でも学者たちが「幼児期の体の刺激が重要」「個体発生は系統発生を繰り返す(胎児が母親の胎内でまるで生物の進化をたどるように育っていく)」と話すのを聞き、間違いではなかったんだと心強く感じた。

私は子供たちの機が熟するまで水彩画は描かせない。ところがある年、熱心な保母さんが子供たちに早々に絵の具を与えてしまった。子供たちの絵は貧弱で、やがて描かなくなった。その先生は困ってしまった。私は「ではあなたたちが庭にすごい山を作って、子供たちに掘らせて」と課題を与えた。

一人ずつスコップを与えられた子供たちは、喜々として山の周囲から穴を掘り始めた。雨と食事の日以外はひたすら穴掘り。当たり前だけど泥だらけ。子供が帰ってくると親は「犬小屋で寝なさい」「風呂が沸くまで上がってこないで」と怒ったけど、「斉藤がやらせたのなら」と我慢して見守ってくれた。

3ヵ月後。ついに穴が貫通し、みんなで穴の中をくぐってみた。それから「遊びきった」子供たちに絵を描かせたら、何と豊かで生き生きした絵に変わったことか。

子供は、大人が何かを教え込む存在ではない。体を使って遊ぶことで、初めて自分の意思が生まれる。自主性を尊重しなければ子供は開花しない。土台がない場所に、何も積み上げることは出来ないのです。

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by m_chiro | 2008-02-25 23:26 | 雑記 | Trackback | Comments(3)
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Commented at 2008-02-26 08:31
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by アダピー・タケウマ at 2008-03-03 18:58 x
小学校の特殊学級を担当している方が治療にお見えになっていますが、そのクラスは一時間目は毎日体育だそうです。体育をして身体を動かしてからのほうが、勉強に集中できるといっておられました。
Commented by m_chiro at 2008-03-04 23:44
竹馬さん。身体性はいよいよ大事ですね。

神経系のプログラムをしっかり確立できる治療を心がけたいという思いを強くします。
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