神経根症のゴールド・スタンダード・サインと言うけれど
疾病の確定診断となる徴候をゴールド・スタンダード・サインという。
例えば、癌腫では画像所見や病理検査所見であろうし、胃潰瘍などは内視鏡による確認がそれに当たる。高血圧症には血圧計による時間軸的観察ということになる。
では、神経根症のゴールド・スタンダード・テストとは何だろう。

例えば、腰下肢痛の患者さんが単純レントゲン像だけで神経根症とされることが間々ある。
それはどうも胡散臭い。では、CTやMRI、ミエログラフィー(脊髄造影)などの画像所見が確実かと言えば、それも怪しい。MRI像で椎間板ヘルニアとされる無症候性の異常所見が現実に多々存在するからである。そんなわけで、腰下肢痛を画像所見だけで神経根症と確定する重要度は極めて低い。

では、神経根症のゴールド・スタンダードに値する徴候とは何だろう。
一般的には、以下のように解説されている。
症状は、痛みや痺れ、筋肉の萎縮、筋肉の痙攣等とされる(圧迫を受けている神経根の末梢神経支配領域に限局した症状)。
神経学的所見としては、左右のいずれかに限局して筋力低下や筋萎縮、知覚鈍麻、腱反射の低下、消失がある。


一週間前に40代の婦人が左腰下肢痛を訴えて来院した。痛み始めて既に一ヶ月が過ぎている。かかりつけの内科医に坐骨神経痛と言われる。鎮痛剤と坐薬を処方され、安静にしておくように指示される。接骨院でも電気治療とマッサージを数回受けた。
右腰臀部から下腿外側にかけて痛みと痺れているような重だるさ、下肢の冷感と痛みが日増しに強くなり、夜間、痛みで度々目覚めるようになる。坐薬は欠かさず使っている。食欲もなくなり、この一ヶ月余りで体重も4kg減った。踵歩行が右で不全である。左腰背部、殿部、大腿後面、下腿などの痛みを訴える筋群のトーンは低下している。
右膝蓋腱反射減弱。踵歩行左不全。左長拇指伸筋の筋力低下。SLR60度(±)。ケンプス・テスト(+)。画像所見はないが、成書では神経根症の兆候とされている。


この患者さん、痛みで踵歩行がままならず、左長母趾伸筋に筋力の顕著な低下がみられる。これはL5神経根レベルの徴候とされるが、下腿に痛みを持つ患者は、痛みのために筋力が低下することがあり、神経学的兆候とは言えない。踵歩行の不全も同様である。だいたい痛みのある患者の筋力検査にどんな意義があるのだろう。

下肢伸展挙上テスト(SLR)では、60度ほどで下肢と腰部の痛みが強くなるがロックされる状態ではない。これも筋の伸張度とそれに伴って動く仙腸関節および椎間関節の可動状態をみるもので、重要度は低い。

右膝蓋骨腱反射は減弱している。深部反射は上位から反射系への入力によって反射が抑制されることがある。従って、意識が痛む足に向いている時には減弱や消失が見られることもあり、この重要度も低い。腱反射とは、実際は筋紡錘反射であり、痛みで筋のトーンも低下しているようであれば、反射に消失や減弱がみられるのも至極当然であろう。

整形学テストのケンプス・テスト〈+〉。ケンプス・テストは体幹を伸展させる検査で椎間板ヘルニアなど、神経根症の検査とされているが果たしてそうだろうか。可動負荷のテストは関節や筋性の負荷をみるもので、そこに痛みが伴えば軟部組織に焦点をあてるべきだろう。
腰下肢、腹部の冷えも、左右差が顕著であるが、足背動脈は触れる。
顕著なTPは左腓骨と左大転子周辺に集中している。

私のチェック項目に従って、警告信号系システムによる筋活動の遅延信号をリセットし、TPをメリディアン・ラインと同調させてリリースした(筋のトーンが低下している患者さんには、特に直接TPを押圧する手法は避けている)。この患者さんのTPは胆嚢ラインと膀胱ラインに発生しており、そのメリディアン・ラインでの同調を行った。
TPがリリースされると、母趾伸筋の筋力低下も反射もその場で改善することがよくある。

最初の治療から5日後に2回目の治療に来院する。とてもよく治療に反応したようで、初回の治療の翌日の夕方から歩行で痛みがなくなり、夜間痛も消えた。明日から仕事に出る、と言うほど改善した。踵歩行正常。左長母趾伸筋の筋力も正常になる。SLR左右差なく改善。膝蓋腱反射(-)。寝返りで左大転子周辺に多少の痛みが残る程度になった。

この変化からみても、一般的に神経根症の徴候と言われるゴールド・スタンダード・サインは、極めて怪しいサインだと思わざるを得ない。
では、神経根症のゴールド・スタンダード・サインとは何か。重要度の高いものは患者さんが訴える症状と神経学的徴候ということになるが、その決定的な徴候とは「麻痺」に他ならない。そこではじめて画像所見が意味を持つ。
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by m_chiro | 2008-02-06 20:42 | 痛み考 | Trackback | Comments(6)
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Commented by bancyou1965 at 2008-02-06 22:12
よく理解できました。有難う御座いました。とても、先生の治療レベルの足元にも達していないことも・・・・日々精進します。
Commented by m_chiro at 2008-02-07 18:28 x
banchyou先生、何をおっしゃいますか! 私は試行錯誤の連続です。
人はみな違いますから、同じ方法論が共通に使えればいいのですけど。
身体をみるということは、悩まされることも多いですが、うまく反応を引き出せたときの喜びもひとしおですね。それだから続けられるのかもしれません。
Commented by タイガー at 2008-02-07 21:03 x
TPのリリースの方法に、興味しんしんです。実際にどの様に行なうのか?先生のセミナーがとっても楽しみです。痛みに対する新コンセプトに手技療法家は、おどろくこととおもいます。一医会でのデモンストレーションをおねがいします。
Commented by アダピータケウマ at 2008-02-08 16:56 x
トリガーポイントのリリースにおいて経絡の考えを取り入れているのは、とても興味深く感じました。今回のケースでは左足の第5指辺りとTPとを同調させて行なったのでしょうか。左踵歩行ができないということなので、左ひ骨周辺のTPは前脛骨筋のTPということなのですか。
Commented by m_chiro at 2008-02-08 21:20 x
タイガーさん、これって新しいのかなぁ? 鍼灸師なら日常的にやっていることなのでは? 私は鍼灸師ではないので、手技で応用したようなものです。
ピーちゃんは、鍼灸大学で川喜田教授の指導を受けたのでしょうから、逆に聴きたいようなものです。
TPは前脛骨筋ではなく、腓骨下方の前方と後方にありました。これが一強力でした。ただぶん腓骨筋群でしょう。踵歩行不全や長母指伸展筋の低下は、痛みがずっと続いていために力が入らなかっただけだと思います。
Commented at 2008-02-08 23:14
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