「日本の知力」を読んで、無意識の底力を思った
読売新聞が1月3日から連載した「日本の知力」を興味深く読んだ。
4日の第二回目は「封印された驚異の才」と題して、サヴァンという特異な能力を持つ知的障害者のことが書かれていた。

並外れた計算能力(記憶?)を持つ33歳の愛知県の男性。
4歳でピアノをはじめ、演奏会前夜にCDで一度聴いただけの交響曲を弾くという6歳の男の子。
映画「レインマン」では、ダスティン・ホフマンが演じた驚異の記憶力を持つサヴァンが印象に残っている。この映画のモデルになった人は、9000冊の本を写真のように記憶しているサヴァンだ。
下記のサイトから、東京上空から俯瞰した大パノラマの絵を見てほしい。
スティーブン・ウィルトシャー(33歳)が、2005年にサインペンで描きあげた縦1メートル、横10メートルの東京シティである。
30分ほど眺めた東京都を、記憶を頼りに1週間で描いたものだそうだ。
正確な記憶に驚愕し、見事な筆致に感動することだろう。

http://www.stephenwiltshire.co.uk/Tokyo_Panorama_by_Stephen_Wiltshire.aspx

ヒトは誰でも、こうした能力を潜在的に持っているのだが普段は封じ込めているのだ、と脳科学のアラン・スナダー教授がコメントしている。
進化心理学のニコラス・ハンフリー教授は、進化の過程で人類はサヴァンのような能力を積極的に放棄した、と語っている。
自分の脳力をふりかえると、ホントかいな? と頚を傾げたくもなる。

養老孟司先生も語る。
サヴァンの脳は「異質な部位の連合ができないだけ」で特別なことではないとしながら、「我々は自分の脳のことを意識のもとですべて把握しているわけではない」のだと言う。

ヒトは意識を中心にして人工物を作り続けてきた。
それだからこそ、養老先生は文明や都市を「脳化社会」と位置づける。
そこでは「脳も体の一部に過ぎず、無意識が人間の行動を左右している、という重要な事実が忘れ去られてしまった」と、脳化社会を断じている。

確かに、古来から日本人は「無意識」を色々な場面で重要視してきたことは間違いない。
「心をどこにも置くな」は剣の極意。
力が抜けて脱力した状態は、一見無防備なようで実は隙がない。
そういえば、ブルース・リーも映画の中で、「考えるな! 感じるのだ!」と言っていた。
禅では「自我を捨てろ」と説く。
人間の知性を考えるときは、身体性を無視してはならないし、無意識も考慮しなければならない。知性には、総合的な視点が大切なようだ。
その全文を紹介しておこう。

日本の知力 第一部最前線で考える②
(平成20年1月4日・読売新聞の1面と2面)
「封印された驚異の才」
「野良犬がウイスキー飲んだ。ふらふらしてどうなる? 13億6747万3723.75。まむしは猛毒? 2億7349万4744…」。男性(33歳)がとりとめのない話を間断なくしながらボードを数字で埋めていく。彼が「大きい数」と呼ぶ9から11ケタの数と、大好きな「0.0625」との掛け算だ。
 愛知県内の授産施設で働くこの男性を30年近くみてきた神野秀雄・愛知教育大教授(障害心理学)は、人並みはずれたこの計算能力の正体を「記憶」と見る。3~9ケタと1ケタの掛け算も1~2秒で即答でき、「計算にしては反応時間が短すぎるから」だ。




記憶だとしても驚異的だ。「9ケタ×1ケタ」の問題は約90億通り。神野さんは「人間がこんなに記憶できると言い切る自信はない」。男性の口からその奥義が説明されることはない。
 「こんな才能は25年の臨床経験で1人だけ」。次良丸睦子・聖徳大教授(発達心理学)は1999年、6歳の男児に出会った。4歳でピアノを始め、幼児向けの「アイネクライネ・ナハトムジーク」を一度聞いただけで弾きこなした。
 3週間前の演奏会。幼児向けの楽譜に見向きもせず、母親が前夜にCDで聴かせた大人向けのバージョンを弾き、周囲を唖然とさせた。

 サヴァン…電光石火計算、再現演奏など狭い分野で特異な才能を発揮する人々をこう呼ぶ。これらの才能は孤立しており、創造性の発露は見られないのが普通だ。対人関係が苦手で、自閉症などと診断されるケースが多い。
 サヴァンが広く知られるようになったきっかけは、驚異的な能力を持つサヴァン男性をダスティン・ホフマンが演じた88年の米映画「レインマン」だ。モデルの男性は9000冊もの本を写真のように忠実に記憶している。
 サヴァンは知的障害が「あるにもかかわらず」ではなく、「あるからこそ」能力を発揮する。アラン・スナイダー豪シドニー大教授(脳科学)は「人はみな同様の能力を潜在的に持つが、普段は封じ込めている」とみる。サヴァンの場合は障害のため鍵が外れ、脳がのみ込んだ情報を抽象化も取捨選択もしていないナマの状態で出し入れできるというわけだ。実際、脳機能の一部を抑える実験でサヴァン的才能が現れた。
 ニコラス・ハンフリー英ロンドン大教授(進化心理学)は「進化の過程で人類はサヴァンのような能力を積極的に放棄した」と考える。人類は集団を形成するようになったが、社会生活を送るうえで「あまりにも大きな能力」はかえって邪魔になる可能性がある。人類は、より抽象的で総合的な言語能力、対人能力を優先させたというのだ。
 絵画の才を示すサヴァンもいる。幼児、自閉症と診断されたイギリスの人気画家スティーブン・ウィルトシャー氏(33)は2005年に来日。六本木ヒルズ屋上から東京を30分ほど眺めて景色を頭に焼き付けるとスタジオに1週間こもり、縦1メートル、横10メートルの細密なパノラマ画をサインペンで描き上げた。
 膨大な記憶力、細部へのこだわり、忠実な再現力は現代の科学者や熟練技術者や芸術家にも有利な資質だ。人並みはずれた資質が人類の知的遺産の創造に寄与してきた側面もある。
 仁平義明・東北大教授(認知心理学)は言う。「だが、人間が作る社会は実に多様な能力を人間に要求する。大切なのは異なる能力間のバランスなのだ」

識者に聞く
 「無我の境地」古来の知恵
                    東京大学名誉教授 養老孟司氏

 人間の脳は言葉を話し、聞き、かつ読み書きもできる。一方、特定分野に突出して能力を持つ「サヴァン症候群」の人たちにとっては、この聴覚と視覚の間の連携がうまくいかない。だから音楽(聴覚)、絵画(視覚)など単体で飛び抜けた能力が現れる。コミュニケーションとは違うものをつなぐ能力だ。当然、他人とのコミュニケーションがうまくいかない。言葉もうまく出ない。
 サヴァンの脳は異質な部位の連合ができないだけで、恐らく特別なものではない。脳の能力をフルに使えば、あれだけの驚くべき能力が出るということだ。我々は自分の脳のことを意識のもとですべて把握しているわけではない。
 ところが現代人は脳で考えたことを外の世界に投影し、意識を中心にして人工物を営々と作ってきた。論理によって組み立てられたこの一面的な世界が「脳化社会」だ。文明、都市と言ってもいい。
 そこでは「脳も体の一部に過ぎず、無意識が人間の行動を左右している」という重要な事実が忘れ去られてしまった。
 人間は自分の脳のことはせいぜい、「眠い」とか「頭が痛い」ぐらいにしか把握できない。意識は決定的ではない。その証拠に、大事なことは論理で進まない。感情で決まる。誰が「あなたと一緒にいるのが論理的に得と判断した」と結婚を申し込むだろうか。
「衣食足って礼節を知る」ということわざの意味は深い。「頭ではなく、体を優先せよ」ということを教えているわけだ。
 生物というのはもともと、次の瞬間にどう動くのか決まっていない。最も抵抗なく次の行動に移れるのは、ふわっとした状態だ。どこかに力が入っていると、ある方向に動きやすくても、別の方向には動きにくくなる。
 剣の極意は「心をどこにも置くな」という教えだ。相手や自分の剣に集中しピンと神経が張っている状態ではなく、無心で構えている一見無防備な状態が、すなわち「隙がない」状態になる。日本人は古来、無意識の重要性をよく知っていたのだ。
 キリスト教、ユダヤ教など一神教の世界の共通基盤は旧約聖書だ。天地創造という始まりと、最後の審判という終わりが決まっていて、すべての死者は最後に神の前で裁かれる。だから「不変の自我」という概念が、文化の根本に据え付けられてしまっている。
 対照的に、禅宗などは昔から「自我を捨てろ」と説いてきた。無我で良かったのに、日本人は西洋流の自我を輸入し、「頭で考えれば何でも解決する」「みんな自我を持っている」と錯覚し始めた。
 人間の知性を考える時に、体や無意識を含めずに考えても意味がない。知性とはそういう総合的なものだろう。

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by m_chiro | 2008-01-18 22:45 | 雑記 | Trackback | Comments(2)
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Commented by syaruruk at 2008-01-19 08:39
サヴァン症候群、人間の脳の機能を包み隠さず見せてくれる、貴重な方々ですね。
私たちは、誰でも、一度見たものや聞いたことは、記憶の中に入っている。ただ、それを、取り出せないだけだと聞いたことがあります。
サヴァンの方々は、ある部分の掛け金が外れた状態なのですね。
無意識の部分、上手に働きかけたいです。
座禅でもしようかしら・・・。腰が痛くて立てなくなりそう・・・とか、思っちゃうからだめなんですよね。
Commented by m_chiro at 2008-01-19 23:04
syarurukさん、人間にはまだまだ未知の部分が沢山ありそうですね。
スティーブンさんの東京パンラマの絵には圧倒されました。
30分間の記憶だけを頼りに描いたなんて信じられません。
なんか実際の写真と比べてみたくなります。
でも、そんなことを思うだけでも、なんて他愛もない頭なんだろうと思ってしまいます。
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