桐子の初七日に
愛犬・桐子が亡くなって一週間が過ぎた。
少しずつ私の心も平常になっているのかな….。 治療室にも桐子の写真を飾った。 空の一次預かりのご一家から送られた献花が、まだ綺麗に咲いている。 せっかくなので治療室の片隅に、私が「かな頭」に般若心経を描いた拙い絵を背景に置いて、桐子の写真を飾った。 まだ花が綺麗に咲いている間は、桐子の写真にでも見せてあげよう。 献花には、こんな言葉が寄せられている。 「桐子ちゃん、幸せな、幸せな17年間だったね。空の優しいお姉ちゃんでいてくれてありがとう。可愛い桐子ちゃんのこと忘れないよ」 初七日に、供養のために家内が献句を詠んだ。 桐一葉(きりひとは) 愛犬(まないぬ)の老い 深まりぬ 山茶花(さざんか)の 零れ(こぼれ)散る日の 別離かな 愛し犬(ご)の 野辺への街道(みち)や 懸大根(かけだいこ) 郁子 私にとっての「桐子の教え」 桐子は運動機能が衰えて歩行が困難になっても一歩前に出ることを止めなかった。 転んでも、転んでも、泣き言も言わずに立ち上がろうと懸命に動いた。 排便・排尿は自分で立って済まそうと、紙おむつに用足すのを嫌がった。 その気持ちは、亡くなる前日まで変わらなかった。 その心情や様子を見るにつけ、 「動きを止めてはいけない。一歩でも半歩でもいいから前に進める! 動物が動きを止めることは死に等しいのだ」という桐子の教えだ、と私は受け取った。 私も老いの身に鞭打って活動を続けなければ桐子に笑われる…と、そう思わざるを得なかった。 リハビリで足をうまく着地できず、たびたび転倒した桐子。 最初はバスタオルで作ったベルトで胸部を支え、体を浮かせながら着地の練習をした。 すると次第に体幹を持ち上げなくても歩けるようになった。 家の中では農作用の敷物を敷いて桐子のリハビリロードを作った。 これだと独り歩きでも歩きやすい。 ひと足ひと足、手取り足取り、着地の在り様を伝えた。 桐子はそれを素直に受け取って、足の運びを自分で再現してくれるようになっていった。 これも桐子の教えである。 「伝えることだ。押し付けるのではなく、伝えるだけでいい。どう受け取るかは相手の問題だ。伝えない心は、自分を守っているだけのことなんだ」、と胸に響いた。 これからは私も治療に関する技術的なことを、学びたいという後進に伝える機会を持たなければ….と、思っている。 今は桐子の教えを、そう受け止めている
by m_chiro
| 2017-11-25 17:34
| わん・にゃん物語
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