「痛み学」NOTE 76.機能性身体症候群(FSS)は慢性痛症を統括するのか
「痛み学・NOTE」は、日々の臨床で痛みと向き合っている医師や日本を代表する研究者の著作あるいはホームページを通して学んだり考えたりしたことを、私の「学習ノート」としてまとめ、書き綴るものです。


「痛み学」NOTE 76. 機能性身体症候群(FSS)は慢性痛症を統括するのか

本来、痛みは生理機能的に誘発されるものである。
ところが、その原因を器質構造に求める時代が長く続いた。
それを反証するかのように筋・筋膜にスポットが当てられ、「筋筋膜疼痛症候群(MPS)」が提示されたのである。1952年、Travellらによるものであった。

筋筋膜痛そのものは、ヒポクラテスの時代にまで遡ることができる古い疾患名でもある。
それでもMPSの概念とは違う。
MPSは筋・筋膜に起因する関連痛などの複合的な関連症状を特徴とする症候群である。
だから筋・筋膜が傷害された病態とは概念的に異なるのだ。

MPSはトリガーポイント(TrP)の存在がひとつの指標になっている。
それは押圧刺激などによって他の部位に関連痛を誘発する特徴があり、少なからず自律神経症状を伴うこともある。
それでも診断の指標となる臨床検査値は見当たらない。
症状も一様ではなく、全身性に発症する。面倒なことに、TrPができる機序も仮説の域を出ていないのである。それに押圧によって痛みを伴うからといって、必ず関連痛が生じるわけでもない。筋・筋膜という視点で考えると、「線維筋痛症(FMS)」と重複する要素もありそうだ。

線維筋痛症は、1990年に米国で診断基準が発表されている。
初期症状を圧痛点に求めていることもMPSと重なるところではあるが、関連痛が指標になっているわけではない。
圧痛点による決定的な違いは、MPSが一側性に出現するのに対して線維筋痛症では両側性に顕れる。
4㎏/㎝2での触診で圧痛点を確認することになるが、全身18ケ所のランドマークのうち11ケ所以上に存在が認められる病態を初期症状としている。

ところが次第に自律神経症状や精神神経症状が顕著になり重症化する。
ドライアイ、ドライマウス、不眠や鬱など、多様な随伴症状から受診科目も広範にわたっている。
ともかく複雑で厄介な病である。
今では下降性疼痛抑制系の障害を重視しているようだが、この病態の詳細については日本線維筋痛症学会が「線維筋痛症診療ガイドライン」を発刊(2013)していてネット検索で読むことができる。

近年また新たな概念が提示された。
それは「機能性身体症候群(Functional Somatic Syndrome;FSS)」とされる疾患である。
世界疼痛学会(IASP)では、2009-2010年のスローガンに「世界運動器痛年」を取り上げた。
その運動器痛のカテゴリーのひとつとして「機能性身体症候群;FSS」を提唱しているのである。
ところが「またもや」である。
FSSは適切な診察や検査を行っても、病理学的所見の存在を明確に説明できない病態とした。
医学的に説明できない身体症状は、今に始まったことではない。
それだけに痛みは複雑であることになるが、FSSは痛み症状だけでなく慢性的な疲労感、動悸やめまい、過敏性腸症候、ムズムズ脚症候、線維筋痛症など、これも症状が重ね合わされて表現されるという。

FSSは、A. J. Barsky教授(ハーバード大学・精神科)が1999年に定義した。
当初は批判的な意見も多く、その拡散には時間を要したのだろう。
‟The Lancet” 誌にレビューが掲載されたのは2007年だった。
批判が多かったのも分からないでもない。
何しろパンドラの箱のように、いろんな疾患や症状が詰め込まれている。
そのような「医学的に説明困難な身体症状(Medically Unexplained Symptoms)」は、以前から「MUS」として一括りにされてきた。
ここにきて「FSS」を新たに一つの疾患概念にしようという狙いなのだろうか。

FSSに含まれる病態には、それぞれの診断基準に類似や合併疾患が認められること、精神症状の随伴が高率で、しかも発症率も女性に多いことなど類似点も多い。
このこともFSSとして一括りにした理由らしい。

医学的診断とは、病因を病理学的に推測・確定することにある。
が、痛みなどの感覚機能の病態を確定的に断定することには困難が伴う。
そもそも生きものは複雑系にあるからだ。
だからこそ、腰痛などの痛みは自己限定疾患とされ、2012年の国際疼痛学会では90~95%の腰痛を非特異的であるとした。

背景には心理・社会的要因があるとする。
要するに訴える症状は氷山の一角であり、底辺には心理・社会、経済など身体機能的に関連する大きな問題が眠っているということだろう。

だからと言って心理的な理由をあげつらい、臨床の現場で患者を説き伏せても、あるいは気休めの言葉を投げかけても、解決に繋がるわけではない。
まして不安を増長させる物言いはノーシーボ効果をもたらす最悪の対応になる。

そうなると「病の物語」に耳を傾け、納得いく説明と理解から治療がはじまるのだろう。
そこから集学的アプローチが望まれるのである。
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by m_chiro | 2017-01-07 21:43 | 痛み学NOTE | Trackback | Comments(0)
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