終末の迎え方を考えさせられる記事
医師である宮本顕二・礼子ご夫妻が、北海道で「高齢者の終末医療を考える会」を立ち上げている。
その両氏が“yomiDr”に書かれているブログ記事「今こそ考えよう 高齢者の終末期医療」を読んだ。
例えば、「欧米にはなぜ、寝たきり老人がいないのか」

その理由を次のように書いていた。
高齢あるいは、がんなどで終末期を迎えたら、口から食べられなくなるのは当たり前で、胃ろうや点滴などの人工栄養で延命を図ることは非倫理的であると、国民みんなが認識しているからでした。逆に、そんなことをするのは老人虐待という考え方さえあるそうです。

要するに自然に任せることを優先するということだろうが、では食を絶つことで餓死の苦しみを強いることになりはしないか、という問題にぶち当たる。

それでも介助によって固形物から流動物にすると、摂食が可能になるのだが....。
ところが脳細胞が減っていくと、口や喉の筋肉の動きをコントロールできなくなる。
病気の進行に伴って食事の認識もできなくなり、食欲もなくなって、やがて寝たきりになる前に死を迎えるという。
餓死は飢えに苦しむからで、飢えが起きなければ苦しみを起きないのだろう。

人それぞれの終末の迎え方にも、個々人の希望もあることだろうが、死を身近に考えながら自分の終末の在り方に心しておきたい。そう思った記事だった。
こうしたお二人の医師の意見を一冊にしたのが、「欧米に寝たきり老人はいない」(中央公論社)である。

今年の夏は、酷暑続きである。
そして暑い8月になると、亡父のことを思い出す。
早いもので13回忌が過ぎた。
父は85歳で食道がんになった。ステージ3だった。
積極的な治療を避けて放射線療法を受けたところ、食道を半分ほど占領していた腫瘍が一時消失したのだった。
ところが数か月後に再発、今度はステントを入れることになった。
それでも反回神経麻痺のために誤飲や摂食障害が高じて、担当の医師からは胃瘻も勧められた。
が、父はそれを拒否した。
父は意識も意志もしっかりしていて、新聞を読み切るのを日課にしながら自適に病院で過ごしていた。
点滴は受けたが、食べ方や飲み方も自分なりに工夫をして、時間をかけながら可能な努力を怠らなかったし、そのための泣き言など一言も聞いたことがなかった。
それでもやはり寝たきり状態が続くようになって間もなく、8月の末には静かにこの世を去った。

ホントに強い人だった、と命日が来るたびに思い出す。
宮本先生ご夫妻の記事を読みながら、亡き父のことと重ねて、自分の終末の在り方に思いをつないでみた。
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by m_chiro | 2015-08-05 11:34 | 雑記 | Trackback | Comments(0)
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