盟友・荒木徹先生逝く
この業界に入った頃に知り合い、その後も長く業界活動を共に頑張ってきた盟友・荒木徹先生が6月6日に亡くなられた。

彼は鹿児島県在住で「せぼね研究所」を開設し、壮年期に大病をした。
そのために業界活動も退いて、それからは自適に仕事と趣味を楽しんで生きた人だった。
それに、とにかく多趣味な人だった。
カメラなどのメカニックが好きで、写真はとても感性のある撮り方をしていた。
最近も、散歩しながら見かけた路傍の花々を撮ってFacebook上にアップし、見る友の眼を楽しませていたものである。

業界活動時代には業界誌の編集にも、その能力を発揮していたのである。
いつからか、「ゴム銃」や「紙ヒコーキ」の製作をはじめて、仲間をつくりイベントや競技会を開催していた。
地方のマスコミにも登場するほど、趣味が高じて楽しげな様子を時に報告してくれていたのだった。

また、彼は鹿児島からカイロプラクティックを志す青年を、私のところに研修生として2人派遣してくれた。
あれから、もう20年を過ぎたんだね。
その彼らも独立し、今では業界を牽引する役割を担っている。

その昔、鹿児島の自宅にお邪魔したこともあった。
一晩泊めていただき奥様も交えて語り合った夜のことも、ついこの間のように鮮明である。
この時、確か子供さんが幼稚園に通園している年頃で、半ズボンに上半身裸のいで立ちで朝の通園時刻に騒々しいひと時だった。
裸で過ごす教育方針の幼稚園なのだ、と教えてくれた。
その子も今では成人し、お父さんが遺した「せぼね研究所」を継承することになったそうだ。
他人事ながらも、よかったなぁ~と思う。
そういえば、「息子が後継することになった」と手元に置いて育てることにしたと話していた。
そんな境遇に至ったことも、うれしそうだった。
私には「まだ仕事してるの?」などと、からかい半分に電話し来たこともあったね。

手作りのゴム銃やら、紙トンボ、用済みのクラシックなカメラも治療室の飾り物にして、と送ってくれた。
そんな「荒木コレクション」を写真におさめた。
c0113928_1854918.jpg

ステーブ・マックインが「拳銃無宿」で使ったモデル、ジェームス・ボンドの愛用ベレッタ、一番精度の高いゴム銃などなど、子供心に帰る時間を楽しませてもらった。
ありがとう!

最後の言葉も交わすことなく、さよならも告げずに旅立ってしまったね。
そんなことを思っていると、「また逢えるよ….」という声が聞こえてきそうだった。
そうだね荒木先生、また逢う日までの「さようなら」にしよう…..。
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by m_chiro | 2015-06-17 18:54 | 雑記 | Trackback | Comments(0)
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