奈良を往く(2.2~2.5) ②
奈良を往く(2.2~2.5)
②元興寺(がんごうじ)、興福寺、新薬師寺へ


奈良町のほぼ中心部に「元興寺(がんごうじ)」がある。
元興寺は、南都七大寺のひとつ。
南都七大寺とは、平城京の南都・奈良周辺にあって朝廷の保護を受けた官寺のこと。756年の所見だそうだ。
興福寺、東大寺、西大寺、薬師寺、元興寺、大安寺、法隆寺の7大官寺のことであるが、歴史的には変遷があり、法隆寺の代わりに唐招提寺を、西大寺の代わりに弘福寺を入れて数える向きもあるらしい。
その元興寺は、古都奈良の文化財として世界遺産に登録されている。
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2月3日は、ちょうど節分の準備で、朝からたくさんの世話方さんや裏方さん達が忙しく動き回っていた。
元興寺は飛鳥時代の法興寺(596年)を前身とする。
その法興寺は日本最古の本格寺院というから、元興寺は仏教の聖地に当たるお寺なのだろう。
そして平城京遷都と共に飛鳥から新都に移転し(718年)、「元興寺」と改まったのである。
当時は6町四方(654m四方形)という広大な境内を有していたようであるが、明治の廃仏毀釈の頃には衰退し無住の時期もあったという。

c0113928_12172090.jpg飛鳥時代の屋根瓦も移転し、今なお元興寺の瓦に使われているのだそうだ。千数百年の空気を感じて、そこに在り続けたことを思うと、その場にいるだけで歴史の重みを感じて凛とさせられる。

元興寺には妖怪伝説があるらしく(「日本霊異記」など)、お化けを意味する児童語「ガゴゼ」「ガゴジ」「ガンゴジ」は元興寺由来らしい。
が、柳田國男はこの説を否定しているのだとか。なんとも奥の深い寺である。

大陸から伝わってきた仏教の受け入れを巡って争いが起きた。
仏教容認派の進歩派である蘇我氏、そして廃仏派である日本古来の神道を尊重すべきとした物部氏、この両氏の政権争いである。
この政争は次の世代にも引き継がれることになった。
最終的に両氏の息子たちである蘇我馬子と物部守屋に引き継がれ、蘇我氏が勝利して仏教を受け入れることになった。よく知られる歴史的場面である。
蛇足ながら、ちなみに私は性が「守屋」であるが物部氏とは関係ない。

こうして正式な仏教寺院が初めて飛鳥の地に建てられることになったわけである。
それが「元興寺」の前身である「法興寺」である(現在は「飛鳥寺」と呼ばれる)。

寺務所で「散華」を買った。
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元興寺の赤鬼、青鬼は「元興寺(ガゴゼ)の鬼」と呼ばれ、杉本健吉画伯の描かれたもの。節分の絵馬の原画でもある。
もうひとつ、地蔵菩薩御影は棟方志功画伯奉納の版画である。
新薬師寺まで歩き「薬師如来と十二神将」を拝観、そこから奈良公園を渡って興福寺まで。興福寺の国宝館で有名な阿修羅像、千手観音像などなどを拝観する。
古都の町家づくりの町並みを散策しながら、文化や美術の香りに酔いしれたひとときであった。
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旅が無事でありますように!
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by m_chiro | 2014-02-11 12:12 | 雑記 | Trackback | Comments(0)
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