「痛み学」NOTE41. 遅発性の関連痛を考える
「痛み学・NOTE」は、日々の臨床で痛みと向き合っている医師や日本を代表する研究者の著作あるいはホームページを通して学んだり考えたりしたことを、私の「学習ノート」としてまとめ、書き綴るものです。

41. 遅発性の関連痛を考える

関連痛とは、障害部位から離れた健常部位にも現れる痛みのことである。その機序についても諸説あり、未だ決定的な仮説が見当たらない。謎だらけの痛みである。これまでと同様に小殿筋を例にして考えてみよう。Travell& Simonsの「トリガーポイント・マニュアル」に記載されている小殿筋トリガーポイント(TP)は、概ね次の点で特徴的である。

1.小殿筋TPは「坐骨神経痛の成り済まし筋」として知られている。だから根性痛として診断されることが多い。
2.小殿筋TPの関連痛は耐えられないほど持続し、そして非常に激しいものがある。
3.関連痛の範囲も一般的には足首までで、足首を超えるケースは稀である。
4.痛みを鎮静化する歩行をとる。そのため段階的な跛行あるいはステッキを用いての歩行と成らざるを得ない。
5.小殿筋は殿筋の中でも最深層の筋で、その前方部は大腿筋膜張筋と中殿筋が三層に重なり合い、後方部では中殿筋と大殿筋の三層で構成されている。
6.痛みの関連区域に痛覚の変化や感覚異常または麻痺が診られることもある。
7.小殿筋の活性TPが単一の症候群として現れることはほとんどなく、梨状筋、中殿筋、外側広筋、長腓骨筋、腰方形筋、時に大殿筋と関連してことが非常に多い。

この小殿筋のTPの特徴からも窺えるように、個別の筋におけるTPの特徴を押さえておく必要があるが、かと言ってマニュアル通りのTPが必ずしも存在するというわけでもなさそうだ。ここは身体の機能的側面を膜系および筋系の連続、運動連鎖の視点を捉え直すことが肝要だと思う。

こうした関連痛が遅れてはじまるケースによく遭遇することがある。
この遅発性に始まる関連痛の機序もよく分からない。
広く知られている関連痛のメカニズム仮説は、Ruchの「収束―投射説」である。この仮説は、脊髄後角に収束する同一のニューロンが存在しなければ成り立たない。
近年、こうした収束するニューロンが脊髄だけでなく、より上位の痛覚伝導路にも、また一次ニューロンにも収束ニューロンが見つかっているのだそうだ。
と言うことは、どの神経レベルでも収束現象が起こりえる、と言うことなのだろう。

皮膚は身体内部と外界の境界をなしている。したがって、常態的に情報のやり取りが行われている。一方、内臓からの情報は皮膚と違って明確な定位はない。だから、脳は内臓からの痛み情報を皮膚から入力と勘違いして投射する、というのがRuchの収束―投射説である。

では、なぜ障害部位から遅れて関連痛が起こるのか、というのは謎である。
「収束―投射説」では、この遅れを説明できないからだ。したがって、この収束説の仮説は筋・筋膜疼痛症候群(MPS)の説明にはならない。

そもそも関連痛に関する仮説は「末梢説」と「中枢説」に大別され、19世紀後半から諸説が出始めた。そのいずれもが遅れてやって来る関連痛の機序を説明しきれていない。

そんな中で。明治国際医療大学生理学ユニット・川喜田健司教授の論文「筋硬結の基礎最前線」に興味深い仮説が紹介されていた(下図は川喜田健司「筋硬結の最前線」より転載)。Peter E. Baldry の仮説である。脊髄レベルでのニューロン・ネットワークにおける可塑的変化と新しい受容野の広がりについて、「眠れるシナプス」の結合という視点から仮説が構築されている。これはRuchの「収束―投射説」を発展させたものである。
c0113928_22295429.jpg

端折って分かりやすく説明すると、例えば、小殿筋を支配する神経回路を「A」としよう。
この神経は脊髄の特定の二次ニューロンとシナプスしている。
そこに小殿筋に損傷が加わると、痛みの信号が「A」の回路を伝導する。
この「A」の回路は、「B」の回路と連絡がある。
「B」の回路を、遠隔筋であるハムストリング支配としておこう。
ところが「A」と「B」の結合は、形態学的な連絡があっても機能していない、
言わば「眠れるシナプス」である。

眠れるシナプスは、損傷による化学反応によって機能し始める仕組みである。
また、「A」と結合した皮膚との神経回路「C」も「眠れるシナプス」である。
更に、遠隔筋であるハムストリングと、「A」の神経が収束する二次ニューロンとのシナプスする「新しい受容野」が作られる。これを「D」とする。

こうしたサイレントなシナプスからの脊髄レベルでの収束があり、更には新しい受容野の発現まで、ニュラル・ネットワークから関連痛の機序を明かしている。
新しい受容野の発現までは5分以上かかるとされている。

さて、ヒトでの遅延は10数秒単位とされていて、この仮説ではその時間差をどう解決するかが課題でもあるようだ。サイレントなシナプスが機能する化学反応系も、今ひとつ明らかではない。
サイレントなシナプスが同定され、それを機能させる化学反応系が明確になる必要があるのだろう。
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by m_chiro | 2011-06-08 22:25 | 痛み学NOTE | Trackback | Comments(0)
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