膜の話③ ニモの疑問
ニモ(Raymond L. Nimmo,D.C.)は初期のカイロプラクターであるが、その考え方は当時とても斬新だったと思う。
そのニモのテクニックや考え方も、カイロプラクティックにどれだけ浸透したかは疑問符がつく。
むしろ他領域のボディワークに多く取り入れたようにも思うが、どれだけ正確に伝えられたか、それも疑問である。
何しろテクニックの形は押圧であるから、誰にでも簡単に真似のできるものなのだが、ニモの狙いを確実に実行しているかは分からない。
それでも、ニモの概念はトラベルのトリガー・ポイントに内包されて広がって行った。

ニモの経歴を辿ると、カイロプラクティックのテクニックに対する疑問を繰り返しながら辿りついたものであることとが分かる。

ニモは1926年にパーマー・カイロ大学を卒業している。
開業してBJパーマーの「上部頸椎テクニック」を使っていたようである。
これはホールインワン・テクニック(HIO)とも呼ばれ、全ての身体的問題を上部頸椎の変位に還元している手法である。
ニモの最初の疑問は、「姿勢がよいのに痛みに苦しめられる人がいる。逆に姿勢が悪いのに痛まない人がいる」、「収縮させたわけでもないのに、緊張した筋肉の人がいるのはなぜだろう」、「なぜ緊張した筋が作られるのだろう」、というものだった。

次に、ニモはローガン・ベーシックを学んだ。ローガン・テクニックは、端的に言えば極めて軽微なタッチ仙結節靭帯周囲に触れて身体の律動を促すものである。
だが、何十キロもの重い物を持ち上げたり、体重が90kgもあるような人が歩いたり走ったりするのに、軽微なタッチが身体にどのような恩恵をもたらすのか? ここでもニモの疑問はぬぐえなかった。
それにローガンは、ヒーリングの教室に学んで、その原理を借用していたことも疑問を大きくしたのだろう。
更に、いろいろな技法にかかわりながらも疑問は消えないままだった。

最終的には、筋膜リリースの「マッキントシュ・システム」に学んだことで、ニモの手法が完成されて行く。
そして、カイロ大学の卒業から25年以上経って(1954年)、レセプター・トーヌス制御法(RCTM)がニモの治療法になったのである。

ニモの概念には独特の用語が使われたようであるが、概念的に同じ一般的な用語がある時は自らの用語を惜しげもなく放棄したようである。

ニモが行き着いたのは「トリガー・ポイント」と同様の概念だった。
それは、筋・筋膜あるいは靭帯には痛みの神経メカニズムが働く配置があるというものであった。
そのポイントこそ、中枢神経系に押し寄せてバランスを覆す有害なインパルスを生成する部位だとしたのである。

カイロプラクティックが「関節面のミスアライメント」を盛んに主張していた時に、ニモは筋・筋膜の末梢と中枢を結ぶ異常な焦点に注目した。そして、「ザ・レセプター」という雑誌を発行して主張し続けたのであるから、まさにカイロプラクターとしては異端だった。

参考文献:R.Cooperstein,B.J.Gleberzon(伊藤彰弘監訳):カイロプラクティック・テクニック・システム.218-225、エンタプライズ、2005.
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by m_chiro | 2010-06-09 00:05 | 膜の話 | Trackback | Comments(0)
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