「慢性痛症」という病い
急性痛がなかなか治らず、長引いている痛みをこれまで「慢性痛」と称してきた。
「急性痛」と「慢性痛」は時間的要因で分けられ、3か月あるいは6カ月以上続いている痛みが「慢性痛」とされてきたのであるが、それはコホート後ろ向き調査の結果によって、単純に時間的に区切られているにすぎない。
そうなると治癒が長引いているだけでの話で、痛みの機序にかかわる根拠に基づいたものではない。

では、なぜ長引くのか、これが問題である。要因はいろいろあるだろうが、治療者の立場から言えば、痛みの原因となる機能的因子にアプローチできていなかったと言うことにもなろう。何しろ腰痛の原因でも85%は不明とされているわけであるから、原因因子に辿りつけなかったという治療者サイドの反省も心しておかなければならない。

ところが近年になって「慢性痛症」という概念が出てきたことで、これまでの「慢性痛」に対する認識が一変することになった。
「慢性痛症」は、いわゆる「慢性痛」の概念とは全く違っている。
最近の神経学的研究がこうした「病としての痛み」の存在を明らかにしたのである。

1980年代半ばから、新しい概念が提出されたとされている。
いろいろな種類の病態痛モデルが実験動物につくられ、こうした研究から病態の機序が明らかになった。この慢性痛症の病態は痛みの強さや長期化などの要因で、痛覚系以外の神経系、例えば自律神経系や触神経が痛覚系とリンクされてしまう歪んだ痛みのことである。
従来の痛みの発症機序とは全く違っている。したがって「慢性痛症」は病気としての痛みというわけである。

かつて「慢性痛」とされたものが、新たな概念として「慢性痛症」という病名がつくられ、何となしにややこしい話になった。
ここは従来の「慢性痛」の概念を捨てなければならない。捨てると言っても、時間的要因以外に大した意味を持たない名称なのだから、そんな深刻な話でもない。
それでも急性痛が長引く「慢性痛」は存在するわけで、これには従来の痛みの機序が通用する。
「慢性痛」という言い方に、これまでの概念もイメージも固定されているので、「慢性痛症」の名称はホントに紛らわしい限りである。

さて、最近「慢性痛症」と思われる女性の患者さんがみえた。
数10年も腰痛、背部痛、頚部痛、頭痛と痛みを抱えてきたようであるが、3年前に転倒して骨盤部の亀裂骨折を負い、療養生活に入った。
外傷が癒えて動き始めたのだが、あちこちの痛みに加えてめまい感が出始めた。
動けないので寝ることが多くなって、痛み行動が顕著になった。
寝ていても、布団に背部が触れていることで痛むようになった。車の背もたれでも痛い、と言う。
加えて動悸がするようになり、不眠や頭痛、耳鳴り、耳の閉塞感、手足の痺れ感、など様々な症状に悩まされるようになり、日常の行動はますます制限された。
車の運転もできなくなり、仕事も辞めた。
あらゆる精密な検査を受けたが異常はみつからない。
結局は、心療内科に行きついて精神安定剤等を処方されているが、症状は一向に良くならず、本人は不安を抱えて暮らす羽目になってしまった。そんな状態が3年も続いている。

「慢性痛症」には、こうしたあらゆる症状がでても不思議ではないのである。
痛み系と他の神経系がリンクされ、歪んだ症状が出るとされている。
どの神経系とリンクされるか、また、どこにどのような症状が出るかは予測できない、とされる。
精密な検査でも問題が指摘されるわけではない。

残念なことに、こうした新しい痛みの概念が医療者全般に理解されているとは言えない現状なのだそうだ。
先月、愛知医科大学の熊澤孝朗先生にお話をお伺いする機会があったときに、この事態を大変憂慮されておられた。そして、「慢性痛症」は多方面からの学際的アプローチが必要だと強調されていた。医師にこの対応を求めても難しい局面があるので、コメディカルの人たちの活躍を期待している、とも話されていた。

慢性痛症の治療は、まず患者さんにこの病態を理解してもらうことから始めなければならない。
患者さんが理解しただけでも、病状は好転することがあるとされている。

先の患者さんにも、慢性痛症に関する情報を出来る限り与えた。「はじめて聞いた」と言う。
そういう病態があるということを知って、自分の中に巣くっていた不安も大分消えたようである。
痛み行動から抜けようとする意欲もみられた。
気圧の変化や気温の変化でも痛み系やその他の神経系が作動するので、事前の対応や心の準備が必要であることもアドバイスした。例えば、首にマフラーを巻いて過ごしたり、気温の低下には衣類を一枚多くしたり、そんな対応もするようになった。
突然、動悸に襲われても冷静に対応できるようになって行った。
もちろん可能な限りの身体の機能性の問題を、私の守備範囲のなかで治療した。
1か月ほど経って、2次的な症状が随分と軽減した。それだけでも日常の生活に余裕も出てきたようである。車の運転も出来るようになり、散歩も日課になった。雨の日は、家の階段を昇り降りして体を動かすようになって、痛み行動から積極的に抜け出そうという意欲が現実の生活に反映されるようにもなった。

慢性痛症の患者さんには、どんな症状でも起こり得る。
たとえ痛みや他の症状が出ても、恐れずに動けるお手伝いをしなければならない。
こうした変化をみると、治療者も慢性痛症には視野を広くして幅広く対応することが肝心なのだと実感させられている。
痛みを知ることは、治療者の必須のアイテムでもある。
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by m_chiro | 2010-05-27 22:00 | 痛み考 | Trackback(1) | Comments(1)
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Tracked from 心療整形外科 at 2010-05-29 15:35
タイトル : あらたににできた「慢性痛症」という病気
「慢性痛症」という病い 痛みが長く続くと新たに「慢性痛症」という痛みそのものが病気になってしまいます。 これは痛み系が調子が悪くなってしまうものです。(可塑的変化) たとえて言えば、火災報知機そのものが不具合を起こし、火事でもないのに鳴り響くようになってしまうようなものです。 だから、痛みはなるべく早く止めてしまうことが重要だと言われています。 構造の治療と痛みの治療は別問題と理解しなくてはいけません。 骨折や捻挫などの損傷の治療と痛みの治療は2本立てです。 ...... more
Commented at 2010-05-28 13:40
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