カイロ創世③ D・D・パーマー 
カイロ創世③ D・D・パーマー(Daniel David Palmer 1845-1913)

D・D・パーマーは1845年3月7日、カナダのオンタリオ州ポートペリー(Portperry)に生まれました。彼は20歳の時に、生まれ故郷を出てア メリカに移住しました。イリノイ州ニューボストンに居をかまえたD・Dは、あるひとつのテーマに没頭していきます。

それは、ごく素朴な発想からでした。「同じ親から産まれ同じ食物を食べ、なぜひとりは強く、ひとりは常に病弱なのか」 「同じ身体で、なぜある臓器は弱く、ほかは正常なのか」等など・・・・。そして、一人の独立の思想家として「イネイト(INNATE)」という先天的な人 体の自然回復力を使って、薬を使わない病気の治療の方法を発展させていきました。

内臓のどこかが悪いかもしれないという時に、全身に投薬を試みる医学界の短所にD・D・パーマーは異議を唱え 始めたのです。そして、脊柱の異常あるいは不整列を前提として、それが人間の神経組織に悪影響を及ぼし、病気を起こす(サブラクセーション)という「背骨 の異常と病気との関係」を理論的に考察していきました。

D・D・パーマーは頑強な風貌ではありましたが、円満な人柄で、科学的な教育を受け入れた人でした。彼は痛烈 なユーモアと皮肉を交えた鋭い主張をする人でした。それはむしろ、彼の個性をより一層、魅力あるものにし、多くの人々に強烈なインパクトを与えていったの です。

1885年、D・D・パーマーは「イネイト治療」の理念を追究するために、アイオワ州ダベンポート (Davenport)に引っ越し、セカンド&ブラディストリートの一角にあるライアンビルディングの4階にオフィスを開業しました。

D・Dは病気を治すのが天職であると悟り、病気の背後には共通する一つの原因がある、という考えにとりつかれ て、寝食を忘れてそれを探究する生活が続いたのです。既存医療と医薬品の氾濫するこの世界の中で、それはまさしく医療界のターニングポイントでありまし た。しかし、D・Dが発見したカイロプラクティックというものが発展するためには、さらに長い年月を必要としたのです。
[PR]
by m_chiro | 2010-03-16 12:24 | カイロプラクティック | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : http://mchiro.exblog.jp/tb/13958255
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
<< カイロ創世④ 最初のカイロプラ... カイロ創世② カイロプラクティ... >>



守屋カイロプラクティック・オフィスのブログです
外部リンク
カテゴリ
以前の記事
お気に入りブログ
最新のコメント
最新のトラックバック
ほとんどがMPSなんだけ..
from 心療整形外科
月経が再開した
from 心療整形外科
TPは痛みの現場ですらな..
from 反証的、鍼灸・手技・心理臨床
脊椎麻酔後頭痛について
from 反証的、鍼灸・手技・心理臨床
起立性頭痛
from 反証的、鍼灸・手技・心理臨床
「5%の中に本当の椎間板..
from 心療整形外科
髄液循環系と揺らしメモ
from 反証的、鍼灸・手技・心理臨床
医師はユニコーン(架空の..
from 心療整形外科
末梢神経の周膜と上膜にも..
from 反証的、鍼灸・手技・心理臨床
また勉強になりました。
from 漢のブログ
ライフログ
検索