気の毒な経過
「今のままでは大変なことになりますよ!」
痛みに関するマニュアルが間違っているのです。それに早く気づいてほしいものです。他人の人生がかかっているのです。

加茂先生の嘆きが分るような気がします。

一昨年前に、治療にみえた初診の患者さん。
40歳の女性で、椎間板ヘルニア手術後の下肢痛である。
この女性は医療従事者で、2月頃から腰殿部痛になった。
病院で脊椎外科医の診察を受けたところ、L5-S1間の椎間板ヘルニアと診断されて、それから2ヵ月後の4月に手術を受けている。
確かに腰の痛みは楽になったが、術後、手術痕から仙腸関節部、左大腿後部、ふくらはぎ、踵、第3~5趾にかけて痛みとしびれが出る。また、不眠、頭痛、めまいも起こるようになり、神経内科で自律神経失調症とされる。
神経根ブロック注射、デパス、メチコバール、ロルフェミンを処方されたが改善には至らず、6月に再びMRIを撮った。
解消しない下肢痛は、「椎間板ヘルニアの再発」と診断されている。

それでも春から職場復帰をしたい、と治療にみえた。
治療の結果、痛みも半減して家事もこなせるようになり、意欲的に活動できるようになった。下腿から第3~5趾にかけて痛みとしびれが残るものの、職場復帰に向けて気持ちも前向きになっていった。
術後のCRPS(複合性局所疼痛症候群)であれば難治性である。
「腰痛は脳の勘違いだった」の本も貸し出して、痛みに立ち向かう気持ちを強く持たせた。椎間板ヘルニアと痛みやしびれは無関係なこと、などなど治療のたびに話をした。
予定通り、春には職場復帰を果たした。

ところが、数ヶ月経って、彼女は悲痛な面持ちで再び来院した。
何でも、職場でギックリ腰になったらしい。
また、脊椎外科医に診てもらったところ、「椎間板ヘルニアの再発」とされ、勧められるままに再び手術を行ったそうである。
再術後は腰の痛みも楽になったが、退院すると、今度は最初の術後の下肢痛よりもひどい痛みとしびれに悩まされるようになったらしい。座ることも苦痛になった。

あまり長引くので担当医に訴えると、「交感神経ブロックをしましょう。これで治まるでしょう。今までほとんどの患者さんが治っています」と説明されたらしい。
結局、ここでも勧められるままに4日間の入院で、L1,2,3から交感神経ブロックを行った。
退院して帰宅すると、左下肢が熱を持って腫れ、足の指から足底、足背も腫れて赤くなり、指も曲げにくくなった。
それから、2ヶ月ほど経過して腫れは多少引いたものの、痛みやしびれに加えて腫れや熱感が消えない。指の屈曲/伸展での左右差もこんな感じで、左の趾は曲げれない。
少し腫れ気味に血管も浮いていて熱っぽい。下腿がこんな状態である。
c0113928_0452331.jpg

あれほど、椎間板ヘルニアと痛みは無関係だと説明していたのだが、私の説明など何の説得力も持たかったようだ。
それに、私が聞き取りした限りでは、気圧や天候に痛みが左右されていたとも思えない。

CRPSに、必ずしも交感神経依存があるとは限らない。
そもそもは1986年に、アメリカのロバーツ医師がRSD(交感神経ジストロフィー)とされる患者さんに交感神経ブロックを行ったようであるが、結果は思惑通りにはいかず、効果的なケースと変化しないケース、そして悪化するケースが出た。ここに至って、交感神経の異常興奮を論拠にしてきた痛みの概念は破綻してしまった。
つまり、交感神経の「依存性疼痛(SMP;sympathetically maintained pain)」と「非依存性疼痛(SIP;sympathetically independent pain)」を分ける必要が出てきた。
更に、交感神経ブロックで悪化する「ABC症候群(angry backfiring C-nociceptor syndrome)」という概念も生まれることになった。
ABC症候群とは、C線維の侵害受容器が過敏になりバックファイアーを起こす症候群で、軸索反射や後根反射などの逆行性興奮が関与していると考えられている。神経の損傷や糖尿病性ニューロパシーなどの神経因性疼痛で、自発性の灼熱痛があり、痛みの部位に血管拡張と皮膚温の上昇など炎症性の所見がみられるものである。

どうも、印象的には「ABC症候群」のような経過である。

ところで、彼女は私に何を期待してみえたのだろう?
聞くと、「何でこんな状態になったのか知りたくて...」と応えた。
「それは私に聞くのではなく、あなたが信頼して任せたお医者さんに聞くべきです」。
お医者さんには聞いたと言う。「RSDになったのでしょうか?」って。
すると、そのお医者さん、「RSDを治すためにやったのに、RSDになるわけないだろ!」と怒ったらしい。「時間が経てば腫れも痛みも治ると説明されたが、もう2ヶ月も経ったのに...」と悲痛な表情である。

「それなら、お医者さんの言葉を信じて、もう少し様子をみてみたら...」という言葉をかけるのも、むなしく思えた。
気の毒と言えば、気の毒な経過を辿っている。
最初は、ありふれた腰殿部痛だったのだろうに。
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by m_chiro | 2009-07-24 00:56 | 症例 | Trackback(1) | Comments(2)
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Tracked from 心療整形外科 at 2009-07-24 22:08
タイトル : 痛みに対する正しい知識が広まるように
気の毒な経過 ①神経が圧迫を受けても痛みやしびれが生じることはない。 ②構造異常が痛みの原因になることはない。 画像診断は除外診断のために行われる(悪性腫瘍・感染症・骨折・リウマチ周辺の炎症性疾患の有無)。 ①②は痛みの生理学では常識です。 構造異常がたとえば脚長差を生じたり跛行を生じさせたりするのなら、筋肉の異常緊張が生じるのでめぐりめぐって構造異常が痛みの原因となっているとはいえる。 このような痛みの常識がしれわたればどれだけ医療費が少なくてすむことだろうか。 ...... more
Commented at 2009-07-24 14:58 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by m_chiro at 2009-07-24 23:18 x
鍵コメ様、とても心強いアドバイスを有難うございました。
私も、知り得る限りの情報を与えてはおきましたが、鍵コメ様のようなアドバイスこそ力になるものと思います。
きっと又みえると思いますので、必ず伝えます。
ホントにうれしく思いました。
無力感にやや凹みかけていましたので、私まで勇気をもらいました。
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