「プルーストとイカ」 
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「プルーストとイカ」―読書は脳をどのように変えるのか?― 
この本、最近とても面白く読んだ本でした。
書名にある「プルースト」とはフランスの作家マルセル・プルーストのこと。「失われた時を求めて」という代表作がある。伝記研究書の最も多い作家なのだそうだ。
なぜ、プルーストなのか。
プルーストは著書「読書について」の中で、本を読む行為とその影響について書いた。読み取った文章から、情景をありありとイメージすることについて掘り下げたのである。

このプルーストの書いた内容を、認知神経科学者メアリアン・ウルフが脳の発達や読字・言語という視点から説いたのが、この本である。
文字を読む脳の発達と進化に関するものだが、特に著者の専門の領域であるディスクレシア(読字障害)や発達心理学に触れている。

一方、イカは20世紀後半の神経科学者の研究素材にされた。
ニューロンの発火、興奮、情報伝達の解明に、イカの長い中枢軸索が研究対象とされたのである。
この科学者たちの研究心を煽ったイカは、読字のプロセスの解明に相補的な役割を演じた生き物だという訳である。

本を読む行為では、人の認知プロセスがフル稼働する。
注意、記憶、視覚、聴覚など、言語システムが使われる。
文字が作られ、文章化され、大作の物語が書かれるまでの人の発達の歴史は、そのまま脳の進化の歴史として辿ることができるのだそうだ。

ところが昨今、読書離れが指摘されている。
そうなると、文字や読書によって発達・進化した人間の脳はこの先どうなってしまうのだろう。読書脳は衰退してしまうのだろうか。
この本のサブタイトルである-読書は脳をどのように変えるのか?-が推論されて行くわけで、とても面白い。

私たちは何気なく読み書きしているが、実はこの行為、そんな簡単に括れる話ではない。ディスクレシア(読字障害)の存在を知ると、そんな思いを強くする。
ところが、この障害は特に珍しいわけでもなさそうである。エジソン、ダ・ヴィンチ、アインシュタインは、ディスクレシアの三大有名人だそうだ。ロダンもピカソ、ジョニー・デップなどの芸能人、ガウディなどの建築家、技師や医科学、財界などあらゆる分野にいるのだという。彼らはパターン認識などに独特の脳の働きを持っているようである。特に右脳の使い方に特徴があるようだ。

ところが読み書きは、遺伝子が決めているわけではない。
生後5年間が、読み書き脳を作る重要な時期なのだそうだ。それを怠れば、読み書きが出来ないままで終わってしまうし、読み書きをすることで脳のシナプスの結びつきが発達する。人の成長の歴史は、そのまま脳の進化の歴史だとする所以でもある。

ところが、文字によってそのシナプスの配線も違ってくるらしい。アルファベット、漢字、カナ、ひらがな、シュメールの文字とエジプトのヒエログリフでも違ってくる。
特に注目は、日本人が漢字、カナ、ひらがなを用いることである。
これらの言語は、それぞれ別々の脳の回路を使っているのだそうだ。
この独自の脳の使い方が、その文化、世界観や感覚に大きく影響しているのだろう。読書は脳の発達・進化に大きな影響を持っている。本を読むことは、「奇跡のような体験」なのだと著者は強調している。
その奇跡が本離れで衰退すると、どうなるか、とても深刻な問題である。
「読書脳」は、今や「検索脳」あるいは「google脳」に変えられようとしている。
その行き着く先に、脳の進化はどんな様変わりをするのだろう。

著者は、最終章「結論―文字を読む脳から“来るべきもの“へ」の中で、「オンライン・リテラシーの進展によって何が失われるのか?」と問いかけている。
リテラシーとは、「読み・書き・そろばん」のようなもので基本的な能力のことであるが、今日では教養や理解力、知識を操る能力といった幅広い意味合いを持っている。

より多く、より速い、情報オンラインに慣れ親しむことで、文字を読む脳が育ててきた「一連の注意、推論、内省の能力」が衰退しないかと危惧もされる。
しかし、「オンライン・リテラシー」が新たな脳の進化をもたらす可能性も否定できない。
この膨大な情報を瞬時に受け取る新しい情報社会に生きている。このスピードと量は更に進むことは確実である。
そうなると、読字、文章化といった文字文化によってもたらされた推論し、考察する時間をどのように築くべきなのだろう。
オンライン・リテラシーが、更に新しい脳細胞の再編成をもたらされることで、未だ見ぬ能力が得られるのだろうか。また、それによって失うものとは何だろうか。

この辺を考えるヒントが読字文化の構造を脳科学の視点から紹介しているが、ここではこれ以上は触れない。是非、この本を読まれることを勧めたい。
なぜなら、著者は文末に「読者へ―最後に考えていただきたいこと」として一言添えているからである。
「人類が文章を超越する術をいかに学んだかという本に最終章はない。結末はあなた、読者の筆次第だ...」。
いろいろ考えされられた本であった。
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by m_chiro | 2009-05-13 10:14 | Books | Trackback | Comments(0)
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