25年間消えていた匂いが蘇った
劇的な変化ではあるけれど②

農家の婦人が慢性的な右腰下肢痛で治療にみえた。
無理を承知で農作業に精を出している。痛みも常時同じというわけではなく波がある。
農閑期になると楽になるのだが、それでも右大腿外側部に握り拳ほどの広さで違和感と冷感は常に消えることがない、という症状を訴えていた。

触診すると、確かに右腸脛靭帯の上三分の一のところに冷たさを感じる。そこが常に重苦しく感じるのだそうだ。
右腸脛靭帯は左側と比べても過緊張していて、一本のベルト状態であることを触知できる。ストレス軸も右側にできていて、左腸腰筋は筋始動が遅れている。右脳への情報伝達系の信号が遅延するのだろう。左脳からの信号系が優位になり、右半身が主導して動作せざるを得ない状態と思われる。その信号系をリセットした。
右腸脛靭帯の緊張はかなり強いので、遠隔を使わずに直接リリースした。
上手くいったようで、違和感も消えて運動分析でも問題なくなった。

この患者さんを診ていて、とても気になったことがあった。顔面の正中ラインがジグザグに歪んでいるのである。
そのことを告げずに、治療の最後に頭蓋と顔面頭蓋の調整を行った。
可動のリズムと打診を頼りに、ほんの軽いタッチで反応点を同調させる方法で調整した(この方法をシンパシティック・タッチと呼ぶことにしている)。治療にもよく反応し、こんなにも変化するんだなぁ~、と思うほど顔面の正中ラインが随分と真直ぐになった。

この患者さん、3日後にまたみえた。
何度も「この間と同じ治療をして欲しい!」とリクエストしてくる。
どうも劇的に変化したらしい。
腰下肢痛だけではなく、25年間も全く感じなかった匂いが戻った、と信じられないといった口調で興奮している。
治療した日に、夕食の準備でご飯の炊ける匂いがして気がついたのだそうだ。
それまで25年間どんな匂いも感じなくなっていたらしい。
当初は耳鼻科の治療を続けたが一向に変化がなく、もう諦めて治療もしていなかったようである。

初診時に、匂いのことは申告されていなかったので、私は意図を持って治療したわけではない。したがって、劇的な変化と言われても何が功を奏したのか、これといった確証があるわけでもない。
思い当たることと言えば、顔面頭蓋の前頭洞と上顎洞周囲のジグザグになった歪みを調整したことだろうか。思いがけない副産物に過ぎない。

嗅覚は味覚同様、内臓感覚に分類されている。匂いのある物質は約40万種にもおよぶとされる。嗅覚も味覚も化学受容器だが、嗅覚は遠隔受容器である。しかも伝導路は視床で中継されない上に、新皮質に投射路をもたない。とても原始性を残している面白い感覚である。
嗅覚理論もさまざまである。最も新しい理論は、1982年に栗原堅三博士の提唱した「脂質膜吸着説」というものである。
匂い物質の分子が嗅細胞膜の脂質二重層の間隙に吸着されると、膜構造の変化が生じて膜電位が変化し、嗅神経に活動電位が発生する。
人工的な匂いセンサーはこの理論に基づいて開発されているのだそうだが、そうなると顔面頭蓋を調整したことで、嗅部(嗅神経領域)の受容器部分である篩板の周囲に変化が起こり、受容器の閾値が低下したのだろうか。
嗅覚は面白い感覚である。

余談だが。生命科学者のライアル・ワトソンが、「匂いの記憶」という著作で「ヤコブソン器官」について詳細に論じている。この本を読むと、ヒトの不思議さにあらためて驚かされる。いつか機会を得て紹介することにしたい。
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by m_chiro | 2008-12-05 00:03 | 症例 | Trackback | Comments(4)
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Commented by yahapooh at 2008-12-08 08:54 x
先日も札幌でお世話になりました。テクニック的になかなか上達できず、先生のレベルまで技術をもっていくのは非常に難しいですが・・・!でも、自分のレベルで是非一歩一歩前に進んでいきたいと思っておりますので、今後ともよろしくお願いします。

また、この度の患者さんも非常にびっくりするような事が起きて、私も本当に驚いています。先生この様な事が実際おこりうるのですね〜!人間の身体ってすばらしいです。

Commented by m_chiro at 2008-12-10 00:18 x
yahapooh先生、札幌ではお疲れ様でした。
使っているうちに、いろいろな壁にぶつかることもあろうかと思いますが、そんな時はいつも基本に返ることが肝要だと思います。
身体への介入を最小限にして、身体の動的平衡をダイナミックに活動させるか、それが治療の極意のような気がします。

こちらこそ、よろしくお願いします。
Commented by uruu at 2008-12-12 23:04 x
先日はご心配をおかけしまして申し訳ありませんでした。
先日のお話しと頂いた御本からかなりのヒントを得まして、頭蓋や膜の同調から誘導が可能になりました。ありがとうございました。まだまだ覚えたいことはいっぱいありまして、毎日解剖学書等と照らし合わせているところです。
焼酎は赤芋が作りたてとの事でそちらにしました。ご賞味下さい。
Commented by m_chiro at 2008-12-13 18:57
uruu先生、こんばんわ。
先日は、羽田空港までの道すがら、私と一緒になったばっかりに話込んでしまい、結局、飛行機に乗り遅れてしまったようですね。申し訳ないことでした。

でも、あの時の話が何らかのお役に立てたのであれば、先ずは良しとさせてください。
お詫びに贈った本も参考になったのであれば、よかったですね。

鹿児島は焼酎がうまいですね。却ってお気を遣わせてしまいました。
重ね重ね、申し訳ない!
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